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護道六華・本心を

 これでもかというくらいクラスの空気が悪い。

 原因はわかりきってる、神崎、ひより、影山、土愚さんの四人がいなくなったからだ。特にひよりと影山はこういう時にムードメーカーになる人だった。

 それにコウちゃん先生も見るからに元気がない。

 でも一番は、私の態度のせいだった。それが一番雰囲気を悪くしているくらいだ。

 誰も、私に声をかけてこないほどに。


「お前なんでそんなカリカリしてんの? 生理?」


 そんな私に平気な顔して声をかけてきたのは天知だった。

 それも、最低な内容だ。


「っ! あんたねぇ!」

「図星だった? なら、おれが生理が来ないように……」


 いつもより強い激情で大きく手を振りかぶったけれど、小さな頬を打つ直前で手を止めた。

 虚しい。あまりにも。だるい。


「……わかってる、あんたに当たっても仕方ないってくらい……」

「まあなぁ。人を叩いても軽くならないもんなぁ。なんだっけ、チョコラとか良いらしいぞ」

「従野さんを怒っていたけど、今は、自分が許せない。私がしたことは、ただ従野さんを追い詰めただけで」

「なんで従野の話が出てくるんだ?」

「ふざけてると次は殴んぞ」

「はいすみません」


 こいつは。

 私より頭が良い。それは事実だ。

 これだけの出来事があっても普段と変わらない調子でいられる胆力もある。ただ馬鹿なだけって断じることはできない。

 

「でもお前、前にクラスで言ってたじゃん。死んでも話したくないこともあるみたいなこと」

「……私が子供だった。そんなことなかった」


 天知の言葉が刺さる。

 言いたくないことは誰にでもあって、死んでも言いたくないのかなんて言ったけれど、それは言葉の綾でしかなかった。私自身それで納得できるわけもないのに。

 今でも自分の愚かさに涙が出そうになる。


「本当は、私が一番許せないのは私だから。適当なこと言って、全然受け入れられてなくて、それで」

「そりゃそうだろいきなり死ぬなんてわかんねーんだし。別に協力しようがしまいがこんなことになってたんだし考えるだけ無駄無駄。あいつの一番の友達でもなけりゃ保護者でもねーんだから」

「そんな言い方!」

「じゃ何ができるよ?」

「私は…………その通りかもしれない」


 結局他人ができることなんて限られていて、秘密に立ち向かうとかぶつかるなんてことは出来ない。私が責任を終えるわけでもないし、そんな勇気がない。

 ダメだなぁ。私。


「その上でやれることやれよ。本音で話すとか思いをもっとぶつけるとか。案外思い切ったことできるんだぜ、熱いハートがあればな」


 天知は、自分の胸をどんと叩いた。こいつの熱いハートはいつも間違った方向に動いているけど、確かにバイタリティは凄まじい。


「お前にも熱いハートがあんだろ!」


 天知が素早く手を伸ばしたのは、私の胸の方だった。

 まあ、こいつはそういうやつだから。

 胸に触れる前に天知の手を取る。白くて細い、すべすべの指。相変わらず男とは思えない生まれたてのようなきれいな指だ。

 力を込めていると思えないくらい弱々しい子供の手。


「いや、おれは熱いハートがあるかどうかの確認を」

「……そ」


 私にこいつみたいな熱いハートがあるかどうか、か。

 思えば、確かに私は逃げてきたのかもしれない。


 そのまま、天知の手を、私の胸に押し当てた。


「おえ、おま」

「ある? 熱いハート?」

「…………」


 天知の表情が固まったまま、頬が朱に染まる。名前の通りりんごみたいだ。


「……確かに、確かに中途半端だったかも。いろんなことにマジになれてなかった」

「そ、そうですか? いやあの、手を」


 気付けばクラスのみんなが私達の方を見ている。自暴自棄に思われているかもしれないけれど、私なりに踏み出したい気持ちがある。多少は変な道でもこの際構わない。


「天知は別に私のこと好きじゃないでしょ」

「そ、それは、まあ、たぶん」

「私もたぶん天知のこと好きじゃないし」

「そうですか、じゃあ手を」

「でも、嫌いでもないわけ」


 こんな戸惑う天知を初めて見た。怒らずに接すると、こうなるんだ。


「今日、二人で帰らない?」

「わ、わか、わかりました」


 私は向き合うことを決めた。

 天知の調子はこんなんだけど。


ーーーーーーーー


「だ、大丈夫なの!? 変なことされそうになったら……」

「大丈夫。天知が私をどうこうできるわけないじゃん」

「でも、突然すぎ。さすがに心配だよ、六華」

「雷愛も私がどうこうされるって?」

「そうじゃなくて、気持ちの問題」

「それを解決するためだから」


 みんなに色々と聞かれたけど、ちいも雷愛も私のことを心配してくれていることが伝わってくる。

 銀子と都がそれほど口を出してこないのは、私を信頼しているからか、心配することを二人に任せているからか。

 天知と二人きりの女子、なんて以前の私が聞けば同じ反応をしただろう。下手な不良よりも厄介で恐ろしい、事件発生率100%みたいな男だし。

 それでも私にとってのわだかまりを解決するには避けて通れない相手だった。


ーーーーーーーー


「帰ろ、天知」

「まだ有効だったのかそれ……」


 中学が同じだったから方向はだいたい一緒だ。電車で降りる駅までは一緒だろうが、彼の家がわからないからどこで別れるのかは不明。

 

「一緒に帰ってどうすんだよー。なんも話すことないぞおれは。エロゲーの話とかできんのかよー」

「なんで女子に嫌がらせしてんの? 体触ろうとしたり」

「リビドーがね、溢れてんだ、熱いハートがね」

「嘘つくな」

「嘘だとして正直に話すと思うかよ?」

「そういう話がしたいんだけど」

「おれはその気がない。エロゲーで好きなヒロインの話する方が良い」

「……じゃあ教えて、そのゲーム」

「……マジですか」


 ただ真剣だった。下品な話題だろうがなんだろうが、むしろ普段の天知と違うドン引きの今だから引き出せる何かがある。私はそれが欲しかった。

 天知のことが好きとか嫌いとか些細な問題。

 

「……護道とそんな話できね~。なんかもっと普通の話から始めてくれ」

「そう……じゃあ、坂井とはどうやって仲良くなったの?」

「ん~。入学式でばったり出会ったから」

「……は? それだけで?」

「おれと大堂で入学式ぶち壊そうとしてたところにな、毒島と同時にばったり出会ったんだよ。運命的だったねあれは」

「坂井は何してたわけ?」

「なんも。確かちょっと遅刻してどこから入ったらいいかわからないって舞台裏に来てただけだったらしい」

「……すっごい不運」

「なんでだよ。おれたちと仲良くなれてラッキーだろ」

「それは……そうかな? なんだかんだ楽しそうに見えるかも」

「うんうん。嫌よ嫌よも好きのうちってやつだよ。あいつもかなりエグイ趣味してるしな」


 天知と毒島の二人とやっていけている時点で、坂井も既にまともなやつじゃないっていうのは普通の考え方だ。俺は普通だ、と主張するけれど、実は大堂の方がまともっていう認識も既にできている。


「そういやなんで毒島にはへりくだってんの?」

「へりくだっているわけじゃない。尊敬だよ尊敬。おれたちより先に入学式をめちゃくちゃにしようと乗り込んでいたからな、心の先輩だ」

「なんで失敗したんだっけ」

「や、普通に坂井が騒いだせいで先生が来てバレて」

「……もうこの話やめていい?」

「自分から聞いておいてなんだよ」


 馬鹿な話しか出てこないと、喋る意味すら感じない。こいつに何か妙な魅力を感じていたことすら無駄な気がする。

 一方で、天知と談笑しながら駅まで歩いたこの時間の、奇妙な高揚が立ち上ってくる。

 中学の時から知っている彼が、私に笑いかけたことがあっただろうか。こうして隣を歩いて笑顔で話すことがあっただろうか。

 青天の霹靂。ひよりのことを理解できていなかった自分が、改めて彼女を理解できる可能性というものに、手を伸ばせる気がする。


「あんたは降りる駅どこ?」

「西大川」

「一緒」

「ま、そーなるか」


 ほんの二駅の短い時間、天知が私が端に座れるように少しズレた位置に腰を下ろす。


「隣の車両に大堂いるぞ。あいつデカいから目立つんだよな」

「嘘、気付かなかった」

「おいおい」

「そういえば大堂とはどうやって仲良くなったの?」

同中(おなちゅう)でなんで知らないんだよ。あいつがいじめられてたから助けたんだよ」

「嘘!? 本当に知らないそれ!」

「っかー! これだからお嬢サマは。あいつ体はデカいのに気が弱いもんだからすぐ嫌なイジられ方するんだよ。おれはそういうのわかるからな。全員に犬のウンコ投げて黙らせた」

「それ知ってる。それ大堂を助けるためだったんだ」

「んにゃ。助けるためって言うよりムカついたから」


 天知らしい。武勇伝を自慢げに語る姿に、思わず微笑んだ。

 天知も、最初の緊張なんかが抜けてきたのか自然な笑顔が見える。友達の話は、変な関係に見えて彼にとっても大事な関係なんだって実感ができる。


「お前こそ市ヶ谷と岬は高校で仲良くなったよな。どういうあれ?」

「あぁ。都が神崎を嫌いだから仲良くなって、それでちいを連れてきたって感じ」

「嫌いなやつが共通だからってなんか女って感じだな」

「その言い方ムカつくんだけど」

「でも事実そうだろ」

「そうだけど」

「はぁ……だからおれを攻撃するコンビネーションがいいんだな」

「それは別に。あんたが弱いだけ」

「なんだとぅ?」

「事実でしょ」


 天知の手を取ると、その細くて軽い力が思わず心配するほどだった。成長期がまだ来ていないって言われても信じるくらいだ。声も高いし、実は女子だって言われても信じる。

 この非力で弱々しいのに元気だけはある姿が、本当に小学生の子供みたいで。


「事実だぁ」

「攫われないように気をつけな」

「そこまで言うかぁ?」


 降車駅についた。


「どっち方面?」

「家バレは怖いかな~」

「どっち方面?」

「右の方。お前は」

「一緒」

「ちっ」

「……ひよりのことどう思ってる?」

「あいつは良いやつだな」

 

 天知は即答した。

 私は、正直ひよりについてどう考えるかで答えに窮していた。神崎の幼馴染で、クラスのムードメーカーで、頭が回って、勉強は苦手で。


「んで怖いやつでもある」

「……どっち?」

「どっちもだよ。良いやつだけど怖いやつ」

「それ両立すんの?」

「だってそうじゃん。あんな誰とでも仲良くできる癖に、いろんなこと自分の思い通りにして。今は反省してるって言っても話半分で聞いているぞ、おれは」


 ――信用できない。それは私も共通の見解。

 けれどひよりの言葉は信じたくなる。彼女が今まで積み上げた関係はまるで長年の信頼のようで、そのひたむきな姿に応えてしまいたくなる。


「嘘を吐くやつじゃあないから、反省はしてるんだと思う。ただ隠し事は多いやつだからなぁ」

「……反省はしてる、って?」

「その代わり、また突拍子もないこと言い出しかねないぞ。生徒会長に立候補してくれの一段階上が来るかもよ?」

「……あー、そういうパターンもあるんだ」

「俺は従野に誘われて異世界に転生してハーレム作るくらいは覚悟してる」

「それはありえない」

「ありえるかもしれないだろ! 前の選挙の時はいっぱい活躍したからな。もしかしたら……ぐふふ。クラスごと転移ってのもありだなぁ。でも変なやつ多いからおれが目立てないかもしれない」


 ひよりを応援する姿勢が、あまりにも低い志のせいで霞んで見える。選挙の時に授業を放り出してまで頑張っていたのは、そんな夢物語をひよりに向けていたからだったんだ。くっだらね。

 一方で、ひよりに対して無私にも近い精神であれだけ協力していたとも受け止められる。このバカが異世界転生とか本気で信じているわけないし、自らを省みずに手伝っていたと考えるのが妥当だけど。


「天知はそれで頑張ってたわけ? 授業放り出して、限定のゲームグッズとか先輩に譲って、それだけひよりの手助けしてたのに、その結果ひよりは」

「協力するって決めたのはおれだ! ……死ぬ、って決めたのは従野! そこに因果関係はない! そりゃ思うところはあるけど、おれの気持ちと、従野の気持ちは真剣だったはずだ。そこに嘘はないはずだ。だから、そこは気にしない。前だけ見る」


 天知は前だけ向いていた。

 私はその横顔を見ている。

 ああ、やっぱり。

 天知は私より先に進んでいた。

 受け止めてなお、平然としていられるなんて。


「……ごめん」

「……気にしてねえ」


 気にしてない人間の表情じゃなかった。可愛らしい顔でも、口元は引き結んで、まっすぐと前を見据えた表情の確固たる決意は、自分の生き方、気持ちを固めるための強い意志が感じられた。

 それだけの気持ちがあるから、熱いハートがあるから、天知はそう言えるんだ。


「……死んでたら、きっと後悔くらいはしてる。それでも過ぎたことにいつまでも執着はできないだろ」

「……じゃあ、これからはどうする? これから、ひよりとの関係は」

「今できる自分の精一杯をするんだ」


 ぴたりと天知は足を止めてこっちを向いた。


「悩んで、迷って、それでも精一杯自分が良いと思うように、精一杯行動する。そういうことだろ?」

「…………そうかもね」

「そうなんだってマジで! そんなもんだって!」


 断言する天知の言葉を私は噛みしめる。

 彼にとっての熱いハートはそういうことなんだ。確かに真似するのは私には難しいかもしれない。迷い苦しんで選んでいくことは、成熟した心でやっとできることのように思えた。

 それはそれとして。

 天知が止めた足、後ろにある『天知』という表札の一軒家。


「……な?」

「なんの『な』?」

「ビシッと決まったな」

「家バレしたけど」

「気付かれたか。ま、いいや。また明日な」


 家の中に入ろうとする天知の手を取った。


「……家、入っていい?」


 天知は口をぽかんと空けた。

 私だって、こんなこと男子に言ったのは初めてだった。

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