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従野ひよりのお見舞い・中編

「お、……何しに来たん?」

「お見舞いですよ、従野さん」


 そろそろ人も来なくなってきた病院に、やってきたのは神崎美陸と夜行月だ。

 こんなことしでかした以上、なんか嫌味でも言われそうだし嫌になる。とっとと帰って欲しい。


「……体は大丈夫ですか?」

「ちっすヤコセン。体は大丈夫ですよー」

「……何から言うべきか、悩んでいます……。諸々の事情は聴いています。月が方々で話を聞いてくれたので」

「……ああ、幽霊と。それで」

「…………いえ、今は、いいです。話があるのは神崎先輩からです」

「マジ? なに?」

「急に態度悪くなりますね……」


 ヤコセンからお叱りが来るっていう予想はあった。なにせ六華たちクラスメイトと違い、一番巻き込んでしまった人だから。複雑な気持ちになるだろうし、私に対して怒っていてもおかしくないし。

 だが、神崎美陸に関してはもう今更とやかく言われる筋合いはない。大昔に袂を別った相手だからだ。

 私は、美空を死なせないようにずっと傍にいた。あいつは、美空を死なせないようにと孤独にしていた。

 目的は同じだったかもしれないけれど、やり方も何もかも違った。一応、考えをわからないではないけど。

 死なせないために美空の思う通りじゃないようにする、というのなら私もこいつもやっていたことは同じだから。

 けれど、美陸のそれは美空にとってきっと良い方法じゃなかった。だから守られていたはずの美海ちゃんだって、結局は私に懐いたわけだから。

 ――今の私の選択は、美海ちゃんを傷つけただろうけど。

 

「……ひよりさん」

「美海ちゃんもやっぱ来てたんだ。……ごめんね、なんか」


 私の方を見ようとせず、力なく自分の腕を抱いて所在なげに立ち尽くしている。

 あー、悲しませようとしたわけじゃないってのは確かなんだけど、何言っても仕方ないし。

 本当に、こっちも顔を合わせづらい。


「……で、猶更アンタがなんか話す筋合いはないと思うんだけど」

「これでも、君には感謝しているんです。美空の傍に居続けてくれたこと、美空を守り続けてくれたことに」

「皮肉じゃん。結局死なせようとした奴に言うことじゃないし」


「そう。だからこうしてやってきた。美空を死なせないために」


 その言い切る態度は、今までのなよなよした生徒会長という感じではなかった。

 男らしい、なんて感じがする。


「……今更、何なわけ?」

「今になって対策する必要が出てきたからそうしている。美空を死なせないために協力してもらうよ、従野ひより」

「……なにそれ? ずっと無視し続けて」

「君は美空を死なせたいのか?」

「アンタが言うことはいちいち癇に障る……! 本当にアンタが嫌いだ……!」

「嫌いでいい。無視してくれも構わない。ここで美空を助けるための作戦会議を始める。美海、夜行くん、いいね」

「……じゃ、無視すっけど」


 話には何もついていけない。私が入院して寝ている間に、この二人、いや夜行姉妹と美空の兄と妹で何かの話し合いでもあったんだろう。

 美空が学校に行っていないという話も聞いたし、実家に連れ戻されたと考えて、それを連れ戻すとか。

 それで美陸が主導しているのも腹立つけど……ま、話聞かんかったのは私だし知らん。こいつの話は聞いているだけで腹が立つし。


「作戦で重要なのは二つ。

 美空の傍にいる三人の傭兵の祓い師を倒して助けること。

 人質になっている僕らの父親を捜して助ける。

 この二つだ」


 ……急なことで頭は追いついていないけど。

 美海ちゃんとヤコセンが頷いているから、きっとその辺りの話は三人でしていたんだろう。

 あるいは幽霊も合わせた四人で。

 美空のお父さんの話はあまり聞いていない。お祖母さんの介護をしたり忙しい、みたいな話を聞いて家にあまりいないとは聞いていた。胡散臭い話だとは思っていたけど。

 でも人質とは。


「父さんは神崎家の実家にいる。ここには複数人の祓い師とお祖母様がいる。広いお屋敷の使用人全員が霊能力の心得があって、簡単には太刀打ちができない。しかも、父さんはその使用人の一人として働いている。どこでどんな作業をしているかは不定期に変わり、簡単に見つけることはできないし、全員がお祖母様に忠実だ。拉致する形になる。

 美海と僕でこれを成功させる。僕ら二人は実家に呼ばれているから、警戒されずに屋敷を見て回れるし、それで父さんを探すことができる」

「……お父さんを助ける必要ってあるのー?」


 急にヤコセンが気の抜けたような声を出す。棒読みで間延びした声は、文章をそのまま読み上げたような――、ああ、夜行星の声を代弁しているんだ。

 こういう会話の方法もやってきたのだろう。

 話している内容も大方二人には説明が済んでいて私に聞かせる目的なのかもしれない。


「神崎の家は、『霊祓い師』という特殊な家系だ。幽霊を使い、幽霊を祓う除霊術を使う」

「……それがどうしたのー?」

「神崎の家は家系を重んじ、代々女性がその能力を受け継ぎ、男はそれほど重要視されない。力を継承する女性が生まれた後、男は普通に働く場合と……幽霊として使役される場合がある」

「……殺して幽霊にするということですか?」

「そういう歴史もあった、という話だけれど。あのお祖母様ならやりかねない」


 ああー、確かにやりかねないかも。

 私はその辺の、神崎の家のことはよく知らない。霊媒師とか胡散臭いし霊能力者って言われてもピンと来ない。だから今美陸が言っている内容の半分も理解できていない。

 ただ知っているのは、美空のお婆ちゃんはかなりヤバい人間で、美空に凄く執着していて、そのためなら何をするかわからないってことだ。

 だから、お父さんと美空の安全を確保する、二人をあのお婆ちゃんの手の届く範囲から逃がす、っていうのは真っ当に思える。


「ただ、連れ出そうと思えば連れ出せるはずだ。お祖母様の目の前でもない限り、他の使用人も父さんに頓着はしないだろうから」

「……承知しました。……星、静かにして。おかしいのはわかったから」


 夜行先輩が迷惑そうに虚空を見ている。大変そうだ。美海ちゃんも耳を塞いでいる。凄い騒いでいるんだろうなぁ、幽霊。


「問題は美空の傍に居る祓い師の方だ。父さんがいなくなったと気付いたら、お祖母様はますます美空を逃がさないようにする。ついている護衛の数が増える前に、助けたい」

「……三人だけなら、少し強引な手でも」

「二人は僕でも顔を知っている、強力な霊能力者だ。問題は、人の体にも影響しうる能力を持っている『炎と煙を操る二人組』、危険だ。正体不明の一人も……」


 ヤコセンと美海ちゃんはふんふんと話を聞いているけど、私はちょっと面倒臭くなってきた。

 そもそも美空がそいつらについていったって話なんだから助け出すとか勝手に盛り上がってわざわざ美空に危険が及ぶようなことになったらどうするよ?

 ま、私は今は怪我して動けないからどうしようもないけど、動けるようになったら真っ先に美空に連絡とればいいし。


「あんさ、長い話だったら帰ってやってくんない? あのお婆さんは確かに信用できないけど、要は私が美空死なせようとしてこんな騒ぎになったから保護してんでしょ? 美空を死なせないってためならあの婆さんに任せといた方が良いでしょ」

「……最悪の場合は、美空を助ける前に、護衛の三人から美空が逃げ出してどこかへ行くことだ。未練もない、改めて死のうとした美空を、再び止める術がない」

「ほん、なるほど。ま、頭の片隅には入れとくわ。今はとにかくアンタが不快。いられるだけで怪我の治りが遅くなるから」

「ひよりさん……私は」


 美海ちゃんが食い下がるように私に声をかけてきた。まだ弱々しい瞳だけど、きちんとこっちを向いている。


「……私は……危なっかしくて姉貴と一緒にいないと不安だし! ひよりさんが姉貴と一緒にいないと不安だし!」

「……まー、確かに。美海ちゃんまだ私のこと信頼してくれてんだ?」

「……っ、それは、だってひよりさんは」

「美海ちゃんはそこまでお人好しさんじゃないでしょ。……ま、好きにしたらいいよ。その救出作戦? がんばってね」


 美海ちゃんはまだ何か言いたそうにしていたけど、二人を待たずに部屋を出て行った。

 泣かせたなら申し訳ないけど――いや泣いてなくても、同じようなことしているけど。

 でも私の立場は変わらないし意見も表明しました。じゃあこの二人が残っている理由もない。


「……美陸、アンタは美空がどうすれば幸せになれると思う?」

「……わからない」

「私もあんまわからないんだよね。死ぬか死なないか、以外できちんと話した方がいいかも。……きっとヤコセンとキスした時は、幸せだったんだろうけど」


 言って、ヤコセンの方を見る。ただ、表情は変わっていないし、どうも雰囲気が掴みづらい人だ。

 私はヤコセンのことを何も知らない。


「……美空にとって、それだけ夜行くんは特別な人になっていたんだね」

「まー、そーね」

「なら、美海もいないことだし、大事な話をさせてもらうよ」

「なに、まだあんの。ってかもう充分お腹いっぱいなんだけど。デカい話ばっかりで」



「夜行星と、母さんは同じ事故で死んだ」



 少し、その言葉の意味を理解するのに時間がかかる。

 ただ理解しがたい、言葉の意味を理解しても。


 確か幽霊は、美空が年長さんの……幼稚園の時に事故ったって言っていたっけ。美空のお母さんが死んだのはも幼稚園の頃だから、…… 時期は、合う。

 同じ事故で……なんて事実は調べればわかるだろうか。ただ私も美空も、おそらくヤコセンも昔のことだからきちんとわかっていない。

 実の妹や母親が死ぬような事故、幼稚園の時に目の当たりにしていたなら、記憶を無理にでも忘れようとするかもしれない。そうでなくても、二人とも事故で死んでいるんだ。轢いた車の加害者は忘れなくても、同じ事故の被害者なんていちいち覚えていることはない。

 そしてこの話は、ヤコセンも初めて聞かされたらしい。

 ――この人がこんなに動揺しているのは、初めて見た。


「……事故の原因は子供の飛び出し。それで、母が助けようとして道路に飛び出した。美海も美空もこのことは知らない」

「……なんで今、そんな話するわけ? ヤコセン、ヤバそうだよ」

「二人には知っておいてほしい。美空にとって夜行くんが大事な人であればあるほど、それを知った時の美空はショックを受けるだろう。ずっと隠し通すつもりだったが……この際、美空が気付かないか、美空に気付かれる前に、二人が話してくれれば……」

「……テメェ一人で抱えきれないからってぶちまけたわけ?」

「……そう取ってもらって構わない」

「……はぁ、それは、こっちでも考えとく。どうしようもないけど」


 本当に知ってしまってもどうしようもないことを話された。

 っていうか、こいつが持ってきた話題はそんなのばっかだ。私にどうしろって?

 ……いや、ただヤバいな、そうかこれはヤバい。

 美空のお婆さんが美空の身辺事情を調べてヤコセン達との付き合いがあるって知れば、お婆さんに保護された美空にそのことを話す可能性は大いにある。ってか絶対に聞くでしょそんなん。不意にでも話すでしょ。

 それで美空はショックを受けるか? 奇妙な縁ですね、で済みゃいいけど。ただあの事故の原因は飛び出し。

 子供の飛び出し、当時幼稚園児だった夜行月の飛び出しのせい。


「……私のせいで、先輩の、先輩のお母さんまで……死んでしまっていた……んですか……」

「……僕は気にしていません。最初から知っていたので」

「でも……でも!」

「ヤコセン、責任は今はいいっしょ。問題は……話すか、隠すか、だけど」


 お婆さんの元から引き離してしまえば、隠し通せるかもしれない。けどそれでヤコセンとかが協力したら結局バラされる可能性はある。

 夜行先輩のせいで美空のお母さんが死んだ。その事実を美空が知った時にどれくらいショックを受けるかっていうのは、私にもわからない。

 人はいつか死ぬからお母さんもいつか死んでいたし、と平然としている可能性はないだろうか?


「先に言っとっけど、美空はお母さん大好きっ子だったから、たぶん相当にショックは受ける。……それは知られない方がいいっぽい」

 

 自分の命に頓着しない奴だけど、幼稚園の頃の美空ならそれで平気だったかもしれないけど。

 今の美空は、それなりに常識とか倫理観を弁えるようになっている。

 大好きな夜行先輩が大好きなお母さんを間接的に死なせてしまった、っていうのに何も揺らがないほど、無感情じゃない。


「……でも、知らせるならヤコセンからお願いします。私が言うよりも、たぶん……」

「……う、う……」


 ダメだ、ヤコセンがグロッキーだ。

 そもそも、ヤコセンは目の前で美空が飛び降りるのを見ているはず。それが、事故の場面までフラッシュバックしてしまっているだろう、この数日で精神はズタボロ。

 となれば、解決してやろうじゃん。

 よっこらせ、と重い腰を上げる。別に管が繋がっているわけじゃないし、動くなと言われているけど動くことはできる。


「ヤコセン、大事な話あんだけど」

「わ、私は……」


 ええい問答無用、と私は強引にキスをかました。

 ……まあわかっちゃいたけど私はヤコセンにチューしても何も感じないわ。


「……!? な、何するんですか!?」

「いや、脳味噌空っぽなったでしょ? クールダウンできないならいっそ最後まで暴走させるってわけ」

「それは…………い、一応、感謝します」

「どーも。……ついでに、ベッドで横になるの手伝ってくれる?」


 首はできるだけ安静に、ってことなんで動かさずにベッドに座るのも大変だ。先輩も一所懸命に気を遣って動かしてくれる。


「いや、どうもどうも。ありがとございます」

「……はぁ」

「眼の前の作業に集中すると、変なこと考えずに済むでしょ」

「……! そのために、こんな……」

「や、ついでにキスしてみたいってのもありましたよ。あんだけ神崎が熱心になるんだし」


 ヤコセンは困った風に黙る。ま、もーしわけない。


「……とりあえず、お婆さんから話されるよりかは私らで話した方がいいっしょ。でも今は助けることに集中、みたいな?」

「……協力してくれるんですか?」

「いや、どうだろ。今の私にできることはたかが知れてるし。とりあえずそっちで話進めといてくださいよ」


 なんて、言うだけで二人はとっとと帰らせた。

 こういう話をしている間に美海ちゃんが戻ってきても困るし、実際に私にできることは少ない。

 動けないから連絡もそんなに取れないし、今の私に協力してくれる人もいないだろう。

 なんせ、ねぇ。協力させて、私と美空で死のうとしたわけだし。

 まあ、できる限り、はしてみるよ。そのできる限りが全然ないけど。

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