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従野ひよりのお見舞い・前編

なんか話の毛色

「ひより、体調は大丈夫? リンゴとプリン、お見舞いの品」

「六華! いやー超嬉しい。私も愛されているって感じしてきたよ」

「そう? 私は……その怪我がなかったら、まず思いきり叩いているけど」


 護道さんといつメンが来てくれたけど、護道さんは笑顔はなく淡々とお見舞いの紙袋を傍の机に置いて、椅子に座って私の顔を覗き込んできた。


「怪我、痛い?」

「そうだね。まだ首動かないし」

「でも死ぬのってもっと痛いんじゃない?」

「あはは……怒ってます?」

「……雷愛、銀子、私がなにかしないように抑えてくれる?」


 相当に怒っていらっしゃることは確からしくて、声をかけられた二人が少し怯えながら、六華の傍に控えた。

 瞬きする瞬間も見えないように、心の底まで見通すように見つめられている。


「死のうとしたのは本当なのよね」

「……えっと、はい」

「まず理由、教えてくれる?」

「……それコウちゃん先生にも聞かれなかったんだけど」

「聞けないくらい、の仲だったってことでいいなら、いいけど」

「……その言い方はズルいよ、六華」

「……自分のことばかり棚に上げて」


 鹿目さんがそっと、六華の手を握った。怒りで震える手は、今にも動き出しそうな雰囲気があった。けれどそれを諫めるためというわけではなさそうだ。

 六華の表情は、どこか弱々しかった。強い六華が、今にも泣きそうなくらいに。


「凄く――腹が立っているの。神崎が、夜行先輩と屋上にいて、それで飛び降りたって。それって夜行先輩が生徒会長になったからじゃない? 夜行先輩が生徒会長になったから、神崎が飛び降りた。それで、アンタが巻き添えで死のうとした。……だとしたら、私は、私たちはアンタたちの心中に付き合わされたってことじゃない?」

「……そうなるね。そうなります」


 苦しそうな息遣いが聞こえてくると、今度は岬さんが六華の首に抱き着いた。

 聞きたくないことを聞いている六華の姿はもう痛々しささえあった。私だって答えるのを少し躊躇うし、答えていいのか、とさえ思う。

 ただ、私にも誠意くらいはある。


「……ふざけっ……ごめん、ちょっと出る」


 そのまま六華は言い残して、地面を踏み抜くくらい強い足取りで部屋から出て行った。

 それに、岬さんと市ヶ谷さんがついていく。

 で、残った鹿目と満仁が私の方を詰るような目で見る。


「……言っとっけど、みんなマジでキレてるからね」

「……ちょっとくらい心配してくれても良くないかな?」

「ここに来るまでは心配半分怒り半分だったよ。でもアンタ見てると、そのつもりだったってわかる。何もかも最初から知っていながら、悩みもせずに堂々と死のうとしていたんだなぁって。

 ……幻滅したよ、従野」


 鹿目さんは強い言葉を言って、護道さんを追って部屋を出た。

 全くその通りだから、何も言い返す言葉はない。

 誰か人に知られない苦しみがあった、だから悩み苦しんで助けを求められずに自殺をしてしまった、そういう人ならきっと心配されるだろう。

 けれど、私がしたことは遠回りなクラスや学校を全て巻き込んだ自殺……、それも、こうすれば神崎が死ぬだろう、と見込んでの行動だった。

 態度としてあまりに不誠実なのも、みんなに見透かされているだろう。私の意味深な行動やひょうひょうとした姿も、全部こんな目的だった、と知られれば、幻滅もされる。


「……満仁さんは? どしたの? まだなんか言うことある? 結構凹んでるけど」

「いや私は、あー、カナーンとか六華ほど真剣に受け止めてないっていうか、いやヤバいけど! ヤバいことだけど、そんなによりのんを責める気はないっていう感じだから」

「そう? 私、最低だよ?」

「自覚あるんだ!?」

「まーねー」


 こっちは神崎が死なないように十年以上立ち回っていたのだから、そりゃ急に死なれたら困るっていうか、怒るでしょ。


「……でもさー、死ぬとかって言われてもまだ実感として受け止めきれてないのよ。影山とかドグドグとかも神崎も急に学校来なくなるし」

「あれ、影山と土愚さんもガッコ来てないの? なんで?」

「わかんね、二人とも行方不明。その辺のもヤバいから、よりのんの顔を見れてむしろ安心したって感じなんよ」

「へー、二人が行方不明……それはヤバいね」

「でしょー? クラスもよりのんいなくて空気クッソ悪いから。早く退院してみんなに謝ってよね」

「……うん、そうだね。そうするよ」

「お、素直じゃん」

「みんなの顔を思い出したら、やっぱり死にたくなくなってきた」

「なにそれ? 覚悟なさすぎじゃない?」

「あははっ、覚悟なかったわ。……やっぱ神崎に私の我儘に付き合ってもらお」

「……うん、またその辺の話もしてよ。私じゃなくて六華に」

「うん。そーする」

「……大丈夫そうだね。じゃ、私も帰るわ。他にも見舞いに来たいやついっぱいいるだろうし」

「おっけ。ありがとね銀ちゃん」

「おーす」


 そんな挨拶を済ませると満仁さんも部屋を出て行った。

 六華や鹿目さんは真面目だから、私みたいなのにああいう風に憤りを感じるのかもしれない、というよりかは結構満仁さんが軽く受け止めてくれているんだろう。市ヶ谷さんもたぶん同じ感じ。

 怒る奴と怒らない奴はいるだろうけど、私としては心配されるよりかは怒ってくれる方が正しい気がする。影山は、どうだろう。神崎は、どう思うだろう。

 なんて、周りのこと考えるなら最初からやるなって話なんだけど、さ。


「……神崎と直接話してみないとダメだよなぁやっぱ」


 変に声かけて考えを変えるのもダメだと思ったけど、失敗して知られた以上、もうどうにでもなれ。

 私は神崎が生きていて一緒にいる方がいいから、そっちの方でまたお願いしてワガママを言おう。


―――――――――――――――――――――――――――


「おはよう。プリンあるね、食べて良い?」

「いいよ。航さんと瑪瑙さんか。仲良くなったねぇ」


 次にお見舞いに来てくれたのはポンコツヤンキーズのお二人だ。根来さんはいないみたいだけど。


「潰されて死ぬってなに? 一緒に堕ちるじゃダメなわけ?」

「貴田さんのツッコミどころはそこなんだ」

「変すぎる」

「いや、それは、神崎に言ってなかったし」

「……じゃ神崎が飛び降りることは知ってたんだ」

「うん。それで下に検討つけてスタンバってた」

「……変すぎるでしょ。なんだよそれ」

「あはは」


 貴田さんはベッドの脚を蹴って、部屋を出て行った。

 相当お気に召さなかったらしい。

 で、祢津さんは椅子に座ってプリンを食べていた。


「……航さんが何考えているのか気になっちゃうなぁ?」

「ん? このプリン凄く美味しいけど。食べる?」

「それは……じゃあもらおうかな」


 はいあーんと掬ってくれたプリンを食べると、確かに滑らかな舌触りを口の中に広がる甘さ、すごく高級そうなプリンで美味しかった。

 それを一口だけくれた祢津さんだけど、後は全部食べられた。


「ズルい」

「死のうとしたんだったら良くない? プリンとられるくらい」

「……意地悪じゃん」

「事実、事実」


 確かに、祢津さんはそれ以上特に何か言いたい様子はなく、表情も普段と変わらない涼しげなもので、貴田さんや六華がしていたみたいな明らかな憤りはない。


「死のうとしたって聞いて驚いて、……なんでそんなこと思ったんだろうって考えて、……うーん、それくらいかな」

「それはそれでショックかも。私ってどうでもいい?」

「ひよりさんがしたいようにした結果なんだろうって考えたら、私がなにか言うことじゃないよ。私はそんな風に考えているから」

「……前から思っていたけど、やっぱ航さんぶっ飛んでるね」

「そう?」


 彼女は、ただそうしてきただけなんだろう。

 自分は何者にも縛られない浮雲のようで、誰かを縛り付けることもしない。

 人が死のうとかまわない、は言い過ぎだろうけど、曲がりなりにも私のしたことを尊重してくれているような態度だった。

 神崎にキスされても平気そうだったのは、そういう変なこだわりがあるからなんだろうか。関係ないか。関係なさそう。ただ平気なだけっぽい。


「うん、ぶっ飛んでる」

「そっか。じゃ、お大事に。プリン美味しかったよ」

「それは護道さんにお礼言って」

「……あ、リンゴもらってっていい?」

「いいよ。それも護道さんにお礼言ってね」


――――――――――――――――――――――――――――――――


「おうおうおーう! 元気してっかぁ!」

「アンタも元気そうじゃん。毒島達は?」

「おれだけじゃ不満かぁ~?」


 やってきたのは天知と大堂の二人だ。毒島と坂井はいないが、この二人でお見舞いというのは想像していなかった。


「で、なんできたん?」

「早く戻って来いよ~ってはっぱかけにきた。お前がクラスにいないとなんか全体的にダメなんだよな。影山もいないし空気が悪くて悪くて」

「それは申し訳ない……こともないか。神崎いない分マシになってない?」

「いやもう神崎いた方がマシ。それならまた護道とイチャイチャしてちょっとマシになりそうなもんだけど」

「そうかな……そうかも」


 なんて、他愛もない会話をする。

 実に他愛もない。


「……用件ってそれだけ?」

「それだけっちゃそれだけ」

「それだけじゃないっちゃ?」

「おれだってどうして死のうとしたのかな~って気にはなるんだって。毒島とかは気にしないようにしてたけど」

「野次馬根性? ま、そりゃ褒められたことじゃないしね。毒島が正しいよ」

「でも気になったからな、どうせなら土産話にしてくれよ。死のうとした理由」


 先生にもしていないけれど、こうも明け透けに尋ねられると、つい話してみたくなる。

 私も、一人で抱えるよりかは誰かと共有したいみたいだし。


「神崎が……昔からよく死のうとしていたから。私はずっとそれを止めていたんだけど……、神崎のしたいようにさせてあげたくて、それで一緒に死のうかなって」

「クソ重い恋愛の話か?」

「うーん、そうかもね。神崎大好きだ」

「死ぬなんていつでもできるだろうに……それ神崎に言ったのか?」

「いや、言ってなかった」

「まず言った方がよくね?」

「……うん」

「ほんっとにバカだなぁ従野は」

「天知殿」

「お? なんだよ。おれは間違ったことは言わねえぞ。クラスメイトに頭下げて生徒会選挙でなんやらかんやら協力させた奴ができないことじゃねえんだよ。自分がしたいことをきちっとできる奴だと思っていたんだけどなぁ。やっぱ地頭の差があるな、おれと」

「はは、反論できないわ」

「言えよ、おれくらいには」

「口説いてる?」

「ま、おれは彼氏持ちの方が燃えるからな」


 どこまで本気でどこまで冗談かはわからないけれど、天知なりに励まそうとしてくれているような気がする。いやわからないけど。

 最初に言ったクラスの空気が悪いから帰ってこいっていうのも本音だろうけど、私の居場所を用意してくれているような気がするし。


「アンタ、案外良い奴かもね」

「お前も寝取り趣味に理解があるのか……嬉しいぞ」

「その話じゃなくて。……はあ、いいよ、もう。すっかり毒気は抜けたから。ちゃんと神崎と話し合う、んでクラスでまたいい感じの空気作って、ちゃんと生きていきます。これでいい?」

「別に結論が生きていけませんなら、おれはそれでいいけどな」

「天知殿!」

「うっせ。……クラスメイト全員動かせるんだから何かしら言うだろ。結論づける前に、困ったら。そこは従野のこと信用しているからな」

「……アンタも人に優しくできるんじゃん」

「そりゃおれだってそれくらいは」


 はぁー! とデカい溜息を吐いて、天知は恥ずかしそうにして、踵を返して部屋の扉を開けた。


「じゃあお大事に!」

「うん、ありがと」


 案外あっさりと、自分の考えを変えたのには理由がある。

 いろんな人が自分のところに来てくれると、自分の選択を見返す機会ができる。自分の存在を見直す機会になる。

 神崎のためを思って、きっと神崎はそうする方が良いと思っているからと選んだ私の選択は、私がしたいようにした結果なのか、神崎がしたいようにしただけで私のことを考えていなかった、とか色々と考えてしまう。

 そこを、もう一度考えてみたい。

 もしそれで同じ結論になるのならば、それこそ天知の言う通りでもいいかもしれない。同じことを、神崎と合意の上で行うという結果で。

 ……ま、そもそも私はそこまで死にたいわけじゃないしなぁ。

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