キャラエピソード・六月初頭の月山光子
飛び降り自殺と飛び降られ自殺、その衝撃的な話をクラスのみんなから聞かされて、瞬く間に校内はその話題で持ち切りに――なりませんでした。
「コウちゃん、神崎美空について何か知ってる?」
「何か……って?」
「連れていかれた。保護者に」
生徒が学校で自殺、なんていうことになれば、まず保護者に連絡して、担任の私や生活指導の先生に話してもらうのが流れです。
けれど、秋良ちゃんが話をしている最中に『神崎家のゆかりの者』を名乗る二人の男性が神崎さんを連れていき、それきり。
「お兄さん、ではなくて」
「お兄さんは神崎美陸だろ。別人、大人の男が二人。っていうか来るのが早すぎる。それに明らかに堅気の人間ではない感じだった」
「そんな人たちに、神崎さんを連れて行かせてしまったんですか……?」
「神崎が自分からついていく素振りを見せたからだ。電話して保護者の祖母に確認も取れたからな。お祖母さんは男三人だ、と言っていたが」
神崎さんのことを、私はよくわかっていません。ただ保護者のお祖母様がそういうのだから、ということでその件は保留されることになってしまいました。
ただ問題はそれだけじゃありません。
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「従野さん、お体は大丈夫ですか?」
「コウちゃんセンセ、ほらこの通り、首ヤバいけどげんきげんきー」
従野さんは頭と首を痛めたらしく、二日間ほど眠っていて、今は首を固定して入院しています。ギプスは痛々しいですが、後遺症などはなく一ヵ月もかからずに退院できる見込みだそうです。
私は担任だから特別に早く会うことができましたが、明日からは他の生徒たちも面会ができるそうです。
ただ、彼女も自ら死のうとしていた、という話は藤岡くんの話から知れ渡っているので、あまりいいムードや純粋な心配はされないかもしれません。
「……死のうとした、っていうのは本当なんですか」
「やー……そうですね。私も反省してますよ。もう死ぬとか考えませんよ」
「本当ですか? それならよかったぁ! ……ってすぐには信じませんよ~?」
「あははっ、コウちゃん先生厳しい~」
従野さんは、簡単に笑います。普段通りに、楽しそうに、何をしたかも、入院していることも感じさせないような朗らかに。
何より、空元気に見えない、むしろ憑き物が落ちたような表情は、それが嘘の笑顔じゃない気がして、私にも彼女が何を考えているのかさっぱりわかりません。
「……あの、そういえば神崎さんのことなんですけど、聞いてもいいですか?」
「え、神崎のこと? いーけど。私の話すると思った」
「あ、っと、それは後で……」
「遠慮しなくていいけど。で、神崎のなに?」
「神崎さんの家について……私は何も知らなくて。保護者のお祖母様と、見知らぬ男の人が保護者として連れに来たっていう話です。……あまり、普通の風体じゃなかったって蔵馬先生から聞いています。端的に聞くと、どういう家庭なのかな、って」
こんなことわざわざ生徒に聞くことじゃない、とはわかっています。
私たちの方でもある程度の話は聞いていると思っていましたが、神崎さんのお母様が既に亡くなられていて兄弟三人と父親だけで暮らしているという情報とかけ離れた現実が、こうして従野さんを頼らせている。
それを従野さんは、普段と変わらぬ調子で、あっさりと理解しがたい真実を告げてくれるのでした。
「先生って幽霊とかって信じる?」
「……えっと、あまり信じていません。って、いや! 今は神崎さんの家の話を……」
「オッケオッケ。じゃいったん先生は私の言うことを全部信じて。地球は青いし宇宙は空気がない、嘘は言わないから」
「え……えっと……、はい」
「幽霊はいる。神崎の家は御三家とも呼ばれる政府御用達の霊祓い師の家系で、そういう霊媒師を取り仕切っている権力者なわけ。神崎はそういう才能がズバ抜けているから自由にやっていたけど、死ぬ死なないの騒ぎをしたからお祖母さんが本気出して囲いに来たんだと思う」
従野さんは素面で嘘を言うことができる、と思う。でも彼女がそういう嘘を吐く姿は見たことがない。
意外と正直で、本音で挑んでくれるから。神崎さんを大事だと言って憚らない姿もまた、どこか好感が持てると思っているから。
ただ、私も悩んだ。従野さんが言っていることが全然理解できないから。
「……すみません、よく、わからないです」
「……あ、そう。じゃ簡単に言うと神崎は凄いお金持ちなんだよ。お祖母さんのグッドルッキングガイが神崎を守りに来たって感じかな」
従野さんは残念がる様子もなく、軽い調子で言いました。それは、結局私が求めていた答えではなくて。
考えれば考えるほど、そんな超権力が現実にあるとも、幽霊をどうにかする力があるとか、何もかも信じられないのですけれど。
「……気にしているのは、神崎さんのことなんですが、学校に来なくて……」
「……うん、最悪退学させられるかも。それは、まあ自殺とかしそうだったわけだし、あの婆ならそういう強引なことするかもしれない」
「そ、それは……説得します。私に至らないことがあったのは重々承知で……」
「や、違う違う。もうそういう話じゃないの。恋に勉学に悩んで思い詰めて死ぬだとかって学生とか、学校が悪いから転校させようっていう保護者の話じゃなくて。たとえ話にはできないけど、先生が悩んでも仕方ないことだよ」
「……じゃあ、私はどうすればいいんですか……? 土愚さんも、影山くんもいなくなってしまって……」
クラスで、神崎さんと従野さんだけでなく二人の生徒もいなくなってしまった。
土愚さんは行方不明で、住所は誰も寝泊まりしていないペットショップがあるだけだった。どうしてそんなことになっているのか誰もわかっていません。
影山くんは校庭で倒れているところを病院に搬送されましたが、そこを抜け出してどこかへと失踪してしまいました。
二人とも、警察は捜査をしてくれているそうですが、あまりにも立て続けに問題が起きていて、私自身とても落ち着いていられない。
「……ニュースや取材みたいな、そういうことも何もないんです。まるで、世間から隠されているように」
「わかりやすいでしょ。デカい権力って」
「……すみません、一旦帰ります。……自分の中で落ち着いてから、また話を聞いてもいいですか?」
「うん。待ってる。あんま深く考えなくていいよ。ゆるくゆるく」
従野さんは平然としています。そのあまりに堂々とした姿に、私は一種の感動さえ覚えました。
きっと、私とは学んだ常識自体が違うのでしょう。だから慣れ切っていることに今更驚かない。
私が、それを受け止めるのにどれくらい時間がかかるのか。
受け止めたとして、何ができるのか。
……少し時間はかかりそうですが、決して逃げることはしません。
私の生徒たちのことですから。
今回の総括
神崎美空、土愚犬犬、影山登の三人は無断欠席している。
三人の男が神崎美空を連れて行った。
従野ひよりはしばらく入院の必要がある。




