キャラエピソード・四月某日の従野ひより
従野ひよりは、神崎美空の幼馴染。
それが聖桜高校一年一組内の評価である。それ以上でもそれ以下でもない。
なにせ神崎美空のインパクトが強すぎて、ひよりはそれを庇う大悪人の手下だと思われていた。
そんな中ボスのひよりが、クラスで馴染むのにかかった時間は一週間。
朝、気だるげに一人で登校するひより。
教室でたむろする生徒が一瞬言葉を止めるが、彼女は特に挨拶もせずにくぁ、と欠伸をしてブックカバーのついた本を読みだす。
ただでさえ神崎美空の手下なのに、その外見もまた警戒心を抱かせる。
明るい金色の、染めた髪。頭の後ろのところで二つに縛っているものが腰ほどまでに伸びているのも近寄りがたいし、美空と喋っている時のやや冷たい表情が少し怖い。
美空がいなくても、ひよりの雰囲気は近寄りがたいものがあった。
だからこそ。
「あ、それやっぱオロデルの話? そのボスは睡眠でハメれるよ」
「よっ従野さん!? ソシャゲとかやってる、んですか?」
「別に従野でもひよりでもいいよ。同級生なんだし。あ、このキャラで余裕じゃん」
オタクに優しいギャル、という言葉がある。都市伝説のようににわかに語られるそれは決して嘘ではない。
誤解や様々な条件が絡み合って発生するのだ。
従野ひよりは面倒見がいい。まずはソシャゲで悩むクラスメイトの女子と簡単に打ち解けた。
「リズムゲーとかもやるんだぁ」
「そんなに熱心にはやらないけどね。適当にプレイして、メインストーリーが追加されたらやるだけ、みたいな」
楽しそうに話しても、彼女はやがて美空が来ると離れてしまう。
その姿が返って「普通の女子なのにクラスメイトのために美空と一緒にいる」ような錯覚さえ覚えさせる。
あと、美空以外にはすごく笑顔を向けてくる。人の心を掴むのがうまい、というのもあるかもしれない。
本来、ひよりはよく笑う子であるのだ。
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サブカルチャーからスポーツ、家事に音楽、映画にドラマ、網羅できていない趣味がないというほどに多趣味だ。
けれど、体がいくつもあるわけではない。
だからこそ、逆にひよりに何かを教えたり共有する会話が増える。もはやクラスの中心人物と言ってもいいほどにひよりは溶け込んでいた。
それなのに、属する場所は美空の傍であった。
あれだけ恐ろしい事件を起こした神崎美空であったが、ひよりがいればほとんど無害な女子でしかない。
どころか、ひよりがあれだけ世話を焼くのだから、気にしなくてもいいのではないか。
そんなムードが漂い始める。
最後まで硬かったのは、キスされてしまった女生徒・護道六華だ。
だがそんな六華も、ひよりに文句を言ってやろうと近づいた時。
「……それ、アーロンの香水だよね」
「っ、わかんの?」
「わかるよ、高級ブランドだし、そんな何度も嗅いだことないけど、めっちゃ高い奴でしょ!? 間違えないってそんなん! 護道さんすげ……」
人たらし。
六華は心からそう思う。緩む頬を、歯を噛みしめて耐えた。
「なんで、あんたは神崎と一緒にいんの?」
「……心配なんだよね。何しでかすか分からないし。近くにいたらわかるから」
「あんたがそんな面倒見なくたってさぁ」
「いないでしょ、私以外」
そう言ってひよりは力なく笑う。諦めたようにも見える態度は、その境遇が悲しい風に見える。
「ごめんね、護道さん。あいつにはきつく言ったし、もう嫌がる人には絶対キスとかしないから。初日のは悪質なパフォーマンスみたいなもんで」
「……いいよ。もうあんたが良いなら」
「ごめん。ありがとう」
思わず、何かしてあげたい表情。
快活で人懐こく、面倒見がいい、そんなひよりがクラスでは見せないような態度に、六華だけでなくその場にいるもの全員が「神崎美空許さない!」という気持ちになるほどだ。
だが、実際に美空が教室に来て、そこにひよりが行くと。
二人はキスをして、互いに当然のように会話をする。
笑顔を浮かべない熟年夫婦のような所作、すっかり慣れ親しんだ態度。
美空の傍にいる時にだけ浮かべるアンニュイな安心感。
(付き合ってるんだ……)
と、誰もが思ってしまうのであった。
今回の総括
従野ひよりは顔が広い。
従野ひよりは趣味が多い。