会計と書記と生徒会選挙
校内の喧騒も、実際の祭りを待たずして落ち着きを取り戻す傾向があった。
夜行月などは兼ねてからの公約を発表し、いかに彼女らが真面目に取り組んでいるかを理解して辞退する者が増えた。
この暴走の揺り戻しで、会長候補は百人を切るほどの事態となった。きっと蔵馬秋良の暴走も一因だろう。
しかし、増えた以上に数が減らないのにもまた理由がある。
「な? だんだんみんなやめてんだよ。生徒会長なんて仕事は多いし楽しくないしお前もやめちまえよ……」
と蔵馬が無辜の生徒を捕まえては悪魔の囁きで誘惑する一方で。
「生徒指導の蔵馬秋良はーっ! 生徒を選んで自分の好ましい生徒会長を選ぼうとしているーっ! 不法選挙だーっ! 我々は屈してはならなーいっ!」
天知の校内練り歩き演説が良い具合に作用していた。
「天知ィ、お前はエロ本の授受で権利剥奪だろうがァーッ!」
「証拠がどこにある! 弁護士連れてこい!」
「だったら逃げんなぁーっ!」
お祭り騒ぎの気は抜けきらず、であったが、実際に選挙まで辿り着ける候補はさらに減ることになる。
体育館で、全校生徒の前での演説である。
―――――――――――――――――――
「あー……演説どうしよ」
放課後、朝明日向は注意散漫で廊下を歩く。
選挙の日に立候補が生徒会長になるにあたっての意欲や目標をスピーチするのが習わしになっている。内容に関しては事前に先生に目を通してもらうことまで決まっている。
夜行など真面目に取り組んでいる生徒は既に手をつけているが、朝明はそもそも美陸に言われて立候補したため、わざわざ言う内容はない。
この問題が他の大量の立候補者にも重くのしかかった。従野が適当に書いたよと言ったところで、蔵馬のガードが硬く、立候補を辞退するものは後を絶たない。
朝明でさえ悩まされるのだから無理もない。
「朝明さん」
ふと声をかけられると、前にいたのは夜行月だった。
朝明は雷に打たれたような感覚で、思わずまじまじと見つめる。
奇しくも周りに人はいない、こんな風に二人きりになるのは前の生徒会で作業していた時以来で対立候補になってからはまともに喋ってもいない。
自分が無意識に彼女を避けていたと思い知らされる。月の目標を知りながら、それを邪魔することを選んだ自分と向き合えていないから。
月が近づいてくると、逃げ出したい衝動に駆られながら、気丈に振る舞った。
「どうしたの、夜行さん」
「これ」
月が大事そうに抱えていた書類を手渡す。
それは朝明の選挙ポスターの束であった。
ままむ、まさか全部剥がして宣戦布告!? なんて戦々恐々ビビって見せるが。
「落ちていて、たぶん壁に貼ってなかったもの。……勝手に捨てると、人のポスターを剥がして捨てるとかって変な噂が流れるから気をつけた方がいいですよ」
「……え、じゃあ落ちてたポスターを全部拾って持ってきてくれたの?」
「処分に困るのなら、捨てておきますが」
朝明は声をかけようとして言いよどむ。
手に持たれたポスターは全てが綺麗なものではない。落ちていたのだから、誰かに踏まれたり、少し破れているものもある。
どころか、外に捨てられていたのかゴミや泥がついていたり、雨か水たまりかで濡れているようなものもある。
それを、夜行は後生大事に抱えている。
「汚いよ、落ちていたんだから」
「大事なものですよ。……捨てられていいものでもないでしょう?」
綺麗ごとのようにさえ聞こえた。クラスのゴミ箱に、自分のもの問わずそういうものが捨てられているのは見たし、効果があるなら軽い気持ちで刷ってみたという程度のものだった。
それでも、夜行はそれを大事にしていた。
彼女は一切そんなポスターを作っていないのに。
「どうして……私、敵、なのに」
「……敵。対立候補ならそういうんでしょうか。私にはそうは思えません」
「な、なんで」
「一緒に生徒会で頑張ってきたじゃないですか」
同じ一年生、書記と会計、二人で喋ったことも、一緒に居残ったこともある。
自分が夜行月を過剰に怖がっていたのは……何故か。
「私、夜行さんが生徒会長になりたいって知ってて、立候補したんだよ? それでも……敵じゃない?」
「神崎先輩に頼まれたんでしょう?」
あっさりと看破されてますます朝明は言葉を失くす。けれど顔色を悪くする朝明に対して、夜行は優しく微笑んでいた。
「意外と、細かいことを気にするんですね。あなたなら全力でぶつかるのも親友の役目だとかいうと思っていました」
「それは、そうだけど、ちょっとは気にするよ、私だって……」
「……神崎先輩の知らないあなたの顔を知りました。それを迷う人には、きっと先輩は頼まないから」
そんな高い評価を受けている神崎美陸だが、実際のところ藤岡も朝明も最後まで非情に徹することはできなかった。
それは、二人の意思が弱いのではない。
夜行に対する信頼が厚いからだ。
「……悲しくない?」
「……悲しくない、と言えば嘘になります。けれど、そんなことで生徒会長になることを諦めたりはしません。神崎先輩とは完全に決別してしまいましたが」
悲しいし、厄介だとも思った。だが生徒会長になるための障害がいくつあろうと、選んだ道を変えることはない。
目的と、そこへ行くべき強い意志が、どんな障害にも耐えさせる。
「……それに、朝明さんや藤岡くんなら、私の代わりに生徒会長になっても立派にやり遂げてくれるでしょう?」
「そんな……、夜行さんが、一番」
「それ以上は聞きたくありません。……こちらはお返しします」
夜行は手に持っていたポスターを押し付けるように返すと、そのまま踵を返していった。
その場に残された朝明は、その背中を見送ることしかできなかった。
彼女にできることなど、何一つなかった。
――――――――――――――――――――――
生徒会選挙が近づき、演説の手稿を用意できない候補がどんどん弾かれていく。
教師側の激しい催促にも遭い、100を超えていた会長候補も、選挙一週間前にして半数である50を切っていた。
「それでも40人。ひよりも上手くやったものね」
「まね。まー問題はこっからだけど」
護道は素直に感心していた。一体この少女にどこまでできるのか。選挙の直前になって再び教室に集まった一組生徒たちは、その軍師が今度は何をするつもりなのかと期待するような、怯えるような雰囲気だ。
「ってか、毒島も六華も辞退しないんだねぇ」
「ひよりにとっても、その方が都合が良いんじゃない? ここまで来たら最後まで付き合うし」
護道はそう快く返事するが、毒島は何を考えているか分からない表情で眼鏡をすちゃとかけ直す。どこか演技めいた動きはシリアスさに欠けるので放っておく。どうせ何もうまく行かない男なのだ。
「ん。ぶっちゃけここまで来たら私が一発やってそれでおしまいだから、ご協力ありがとうございました、って感じ。今度クラスで打ち上げとかする時そこそこ奢るよ」
従野はそれだけ言うと、かいさーん、と力なく言った。これだけ学校を揺るがしておいて、特にすることがないというのは。
ただ、これ以上できることがないというのが現状であった。
残るは演説と投票のみ、この時点で足掻いても仕方ない。
戦う前から勝つのが軍師というものなら、従野はこの時点で勝利している、そのつもりなのだ。




