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一年一組と生徒会選挙

 生徒会長に立候補した者は、最終的に111人に及んだ。全校生徒のおよそ五分の一にも当たる数だ。

 これは、辞退はいつでも可能だが、立候補は五月中までというルールに際して「とりま立候補した方が得じゃん?」と従野が吹聴した結果である。


「公約だよテメェ! 生徒会長になったらこういう学校にしますくらいの目標があんだろ普通はよぉ!?」

「い、いえ……」

「なんもねえ奴は私が立候補なんてさせねえええええ!」


 蔵馬などは完全に暴走する結果となり、今日も何処かで誰かに叫んでいる。

 従野も三日間ほど最終下校まで残されることになり、ボーッと過ごしたそうだ。

 

―――――――――――――――


 授業中、体育館の中の体育倉庫。

 その中、跳び箱に囲まれた一角は、今の季節では授業でも触れられず、部活動で使う物品も近くにない。

 体操用のマットはやや薄汚れているようだが、これでも簡単に掃除機をかけて消臭剤まで使っている。

 祢津航のガチサボり空間である。

 行儀良く正座している彼女の太腿には貴田瑪瑙の頭が乗っており、健やかな寝息を立てている。祢津はそんな状況で居心地良さそうにスマホを見ていた。

 事の発端は、根来雌子があまりに強引に一緒に走ろうとするためで、彼女から逃げるために様々な場所を探したのである。

 サボり三十六景、それが授業中でもサボっていられる祢津の隠れ家であった。

 と、そこへ。


「あ、航さん」

「ひよりさん? 珍しいね」


 体育館というのは授業中も休み時間も人が来る場所で、見つからずにここを隠れ家とするのは結構な努力が必要だ。そんな中で三人も集まれたのは奇跡かもしれない。

 従野は貴田が静かな寝息を立てているのを見て少し驚いた顔をして、その隣に座って起こしてしまわないよう小さな声で話した。


「仲良いね」

「君のせいだよ。朝走るのに慣らされちゃった」

「浮雲って言うより飛行機雲だ」


 自然、言葉数が少なくなるが、二人の柔らかい雰囲気は秘密を共有する小気味良い愉快さに満ちていた。

 が、従野は喋りに来たわけではない。


「最近、先生に目をつけられててさ、休みにきた」

「ふぅん。さ、どうぞ」


 言うと、祢津は空いた方の太腿をぽんと叩く。


「……航さんの膝枕? 全男子の憧れの的じゃん。ヤバ〜」

「ん」


 茶化すでも煽るでもない、小さな相槌とともに祢津はぽんぽんとただ急かすように太腿を叩く。男子生徒憧れの的、というのは何の誇張でもなく、自分が男子なら、以前に女子同士でもめちゃくちゃ恥ずかしい。


「ヤバ恥ずかしいんだけど」

「瑪瑙さんは平気だよ?」

「こいつ図太いし。私は意外とシャイなん」

「そっかぁ。……いい匂いするかもよ」

「それどういう誘い方?」


 と言いながら、結局従野はお言葉に甘えることにした。意外と祢津が踏ん張るものだから、のらくらと躱し続けるのも悪い気がしたから。

 スカートの生地越しに祢津の体温が伝わってくる。真正面から見下ろしてくる祢津の顔は、髪の毛が影を射しながら穏やかに微笑んでいてさながら聖母の慈愛のようにも見える。

 この女は本当に美少女だった! と息を呑む束の間、左からそよそよと風が当たる。


「いや貴田の鼻息当たるし」

「あはは」


 言って、結局従野はそこら辺に寝転がった。程なくスヤスヤと眠りに落ちると、また祢津はスマホの画面を見る時間に戻った。


――――――――――――――――――――――


「さあて、今日もいっちょ選挙活動、勤しみますか」

「は? アンタ選挙権失ったでしょ」


 ビクリ、と天知は露骨に鹿目を恐れてみせる。

 演技がかった豪放磊落、漫画みたいなバカ、とたまに言われる天知であるが、鹿目だけはどうも苦手であった。彼女に女性的な魅力を感じないのも理由である。美人だったらイジメられるのもアリ!


「いや~、お祭り騒ぎ、踊らにゃ損だし……」

「それだけ?」

「焼きそばパン安くしてほしい」

「従野のためじゃないの?」

「そりゃまあ元々はそういう流れが」

「違うでしょ」 


 鹿目がしつこく問いただすと、天知は困ったような表情で頭をかきながらため息を吐く。


「ぬぁんで、おれが従野のために。Dカップ以上ならともかく」

「茶化すな」

「これで茶化してるって思われたらもうおれとなんも話せねえぞ!」

「威張んな!」

「カナーン、そのくらいにしときなよ」

 

 満仁が、天知の方に助け舟を差し出す。クラスで見ても突然の言いがかり、と言っていいほどの状況だった。

 天知の奇行は今に始まったことではない、それを見咎めるのは無粋というか、今更というか。

 それでも鹿目が言い出したのは、従野が心配だから、と言ったところであろう。


「っしゃ行くぜ大堂!」

「えー……」


 明らかにやる気のなさそうな大堂を引き連れて、立候補の意味がない選挙活動に彼は勤しむ。

 残された鹿目は明らかに不満そうだが、その肩を宥めるように満仁が叩いた。


「どしたのさ、本当に」

「……従野はなんか隠してる」

「……それはもう、最初からじゃない? 今更考えても」


 満仁の諦念の沁みた声にふっと鹿目が顔を上げる。満仁の力ない笑顔は、自分と同じ考えであることを如実に伝えている。

 いや、正しくはもう満仁の考えは先に辿り着いている。


「……鹿目は純粋すぎるよ。天知を見習ったら?」

「何を……!」

「誠意見せて話し合ったって解決しないことくらいあるよ」


 考えが近しいからこそ、満仁には手に取るように鹿目の気持ちがわかる。

 従野が悩んでいて、その正体をみんなに話してほしいと言ったところで、彼女はきっと言わない。

 従野ひよりというのが、そういう人間なのだ。

 今、友達としてできることはきっと従野に言われたまでのことで、それ以上のことができる奴が、例えば天知のように、他のことをしている。

 従野に頭を下げられて、協力すると言った時点で、それ以上何かを聞き出そうというのが無理な話なのだろう。


「……満仁」

「二人とも、岬さんが怖がってる」


 鹿目の目がますます細くなるのを、止めたのは護道の声であった。

 鹿目と満仁の一触即発のような重い空気に岬は涙目にもなるが、護道は反対に冷静さを失くしてはいない。


「護道は……今のままでいいの?」

「話したくないことを、無理に話させる気はないけど? ひよりだって子供じゃないんだし」

「でも……」

「友達だからってなんでもかんでも言うわけじゃない、でしょ? 来るべき時が来れば話してくれるかもしれないし、……一生、死んでも誰にも話したくないことだってあるかもしれない」


 鹿目はきっと、もっと仲良くなりたいからきちんと話し合いたい。

 けれど護道は、大人なんだからそんなに無理して話す必要はない。

 そういうスタンスの違いが余裕となって表れている。満仁だって、本当は鹿目と同じ気持ちなのに。


「……でも、毒島は部下が良いように使われているのは平気なわけ?」

「天知か? あれは使う使わないじゃない。トロッコのレールを切り替えるようなものだな。従野ならば上手く御せるだろう」


 突然護道に話を振られた毒島は、そんな風にわけなく言うと、教室から出て行った。

 護道たちに比べて関係が密でない、と言ったところか。そんな彼らの方がうまく回っているように見えた。


「……ちなみに市ヶ谷さんはどう思う?」

「え? 私そもそも従野さんそんなに好きじゃないからな~、どうでもいい」


 もちろん、そういう人もいる。

 学校の状態が狂えば狂うほど、藤岡頼人のように自分の行動に違和感を持つ者も増えてくる。

 鹿目や蔵馬のような者から、そしては立候補した生徒会長たちまで。


『六月の二週目に入ったら、立候補辞退していいよ』


 毒島と護道が、従野ひよりから言われた言葉であった。

今回の総括

市ヶ谷都は従野ひよりが好きじゃない。

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