努力と策謀と生徒会選挙
従野ひよりの八面六臂の活躍、というのは確かだが、あまりに強い影響は弊害も生み始めていた。
「ごめんね~夜行さん! アキラが立候補したから私もそっちに投票しようかなって……」
「……そうですか。構いませんよ、気にしなくて。お友達を大事にしてあげてください」
夜行月の笑顔は崩れない。それこそ、焦りと不安が発生していると誰にも気づかせないほどだ。
高校生の口約束程度の支持など、すぐに緩んで当然だ。
――突然立候補を表明した者などは特に。
「ぎゃあああっ! また約束がなくなっちゃった!! ど、どうしよう私……いやでも、挫けちゃダメ! 地道な行動が実を結ぶんだからっ!!」
朝明日向が連絡し、声を上げた分だけ、丸ごと投票できなくなっちゃったなんて連絡がひっきりなしに届いてくる。
家でも学校でもそんな連絡ばかり聞いているのだから、普通の人なら疲れてしまうだろうが。
朝明は自分の頬をパンパンと叩き、自らを鼓舞した。
「でも私、負けないっ! 真剣にすることが、夜行さんのためにもなるし、生徒会長の期待に応えることになるんだから! 行くわよ! やるわよ! エンヤコラーッ!」
「独り言すごい」
自分の部屋で騒ぐ日向を、幽霊がただ見ていた。
時を止める能力レベルの秘密は、当然ない。
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中間、期末考査が終わった後に制作される期ごとに二度出版される新聞部の『学内新聞』!
一言で言えば、ヤバい。
「もうやめませんか? 四コマ漫画しかできてないですよ」
「何を言うかァ! ジャーナリズムの敗北だ!」
「なにがジャーナリズムだか……」
漫画担当の副部長は、長い髪を撫でながらうるさい部長を睨みつける。
だが部長は変わらない勢いで騒ぎ続ける。
カメラしか興味のない奴とか今もインタビューに向かっているうるさい女子とか、ここも個性豊かな面々が揃っているが、しかし活動の憂き目に合っていた。
入学式後の号外の後、中間テスト後に出すつもりだったのは『新生徒会長候補、夜行月について』だ。ある程度のインタビューは済ませて、写真まで撮らせてもらった。
それが今、どういうわけか生徒会長に立候補した生徒は70を超え、『誰が候補!? 投票予測!』とインタビューにインタビューを重ねるつもりが、候補者は次から次へと増える始末。
そもそも、それなりに時間をかけて生徒が自主的に作る新聞だ。目立ったイベントについて書いておけばまあまあの出来にはなる。
しかし今回の生徒会選挙は前代未聞のお祭り騒ぎ、これを記事にしないのは記事として弱い、でも記事を作るには情報が更新され続けている。
時間が経過しても変わらないことで、生徒が注目することは何か、妙案が部長に湧いた。
「マニフェストだ……」
「はい?」
「インタビューの情報が古くても構わないから有力候補五名ほどに、どんな生徒会長になりたいかをインタビュー! その内容を載せる!」
「あぁ、なるほど……、本物の新聞っぽいですけど、いいんですか?」
副部長の危惧は、力を持つことだ。
それなりに人の目に入る新聞で印象操作をすることは、この部のモットーに反する。大した考えもなしに生徒会選挙の結果を変えるなど、恐ろしいことだ。
が。
「いいんだよ! そもそも神崎も夜行が生徒会長になるって話してたのになんであいつ立候補してんだ! 俺たちは夜行を応援していくぞ!」
「めちゃくちゃ私怨で権力奮ってんじゃないすか……、まあ気持ちはわかりますけど」
三年の彼らは、神崎が生徒会長になることを記事にし応援していた過去があり、そして同様に夜行が生徒会長になるというバトン渡しを見守る立場でもあった。
一人しか立候補しない生徒会長選挙、そんな形骸化した儀式をそのまま大事にしていたのだから、今のお祭り騒ぎ以前、神崎率いる三人の対立候補が出た時点で怒りを持っている。
「よし! 夜行さんを応援する記事にするか!!」
「そうですね。選挙の結果より、誰かを応援する記事がいいでしょ」
こうして夜行月は徐々に人気を伸ばしていきながら――部長は普通に神崎美陸のネガキャンも記事にしたため、差が発生することになったのである。
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六月に入り、選挙まであと二週間となった。
新聞部が調査したインタビューの結果が既に張り出されている。
それを教師がわざわざ貰い受けて、教員一同会議する結果になった。
一位 夜行月 22票
二位 朝明日向 20票
三位 天知りんご 17票
四位 従野ひより 15票
五位 神崎美陸 14票
「異常事態だ」
「三位の天知ですか? 四位の従野ですか?」
インタビューの内容は不完全で、現状はまだまだ誰が勝つか分からないという状況である。
生徒指導の会津がそれを見て異常だと言ったのは、誰がどれだけ票を獲得しているかではなく。
「以前までなら、たった一人に全ての票が集中していただろ。神崎だって、当日休んだ生徒を除いて全校生徒に投票されていた」
「それは、対立候補がいないからでしょう」
「ああ、その通り。……問題は、候補が横ばいすぎる。立候補したのは何人だ? 投票用紙の名前記載だって……それに演説の時間が一番問題だ。今の規定だと一人一分から五分、全員がフル尺だと一日の授業が終わるぞ、演説だけで」
そんなに全員が真面目なわけがない、杞憂と言っても差し支えない会津の心配に、蔵馬は押し黙る。
可能性の話をしているのだ。従野が言ったように全校生徒が生徒会長に立候補すれば、結果として選挙自体が不可能になる。
穴だらけのルール、非現実的で不完全な体制を、今つつかれて学校は混迷の極みにある。
「ルールの改正は」
「今回の生徒会選挙が終わり次第、だろうな。今からじゃ無理がある。はぁ」
有事というのはその時が来なければわからないものである。今までそれでうまく行っていたのだから、とは誰もが考えるだろう。
だからこそ、そんな脆弱を見逃さない者がいるのだが。
「校内のポスターもひどいものです。……朝明に許可をしたのは三今先生か、それは悪くないけど他の生徒はほぼ無断で刷ってはゴミが増えて」
「三今先生が問題じゃない、こういう事態を予測しないままに作られたルールが悪いんだ。蔵馬、従野はどうだ」
「それが……あいつにはもう何もできませんよ。油撒いて火をつけておしまい。消す手段がない」
「……少し寝ていいか?」
「仕事中ですよ。三十分くらいなら」
疲労感が漂うのは職員室だけではない。先に述べた新聞部や、風紀委員もひどいものだ。
お祭り騒ぎの生徒だけが楽しんでいる。
策謀を張り巡らせている従野や天知でさえ、普段よりどこか疲労しているようであった。
そんな中。
「失礼します。……生徒会の公約なのですが」
「ああ、夜行か。なんだ?」
「生徒会選挙当日の演説の内容を相談してもいいですか?」
(あとにしてほしい……)
蔵馬も疲れているが、夜行月は相談相手だった神崎美陸と敵対してしまった。なので、先生方に聞くほかないという状況だ。
やむなくその手稿を手に取ってみると――
「……生徒会選挙のルール改正?」
「今回の件を見ると、不備が多いように感じます。そういう地道なところ、目立たないところを是正することが大事かと思いまして」
「夜行!! 私は……お前が大好きだーっ!!」
熱い抱擁に夜行が目をぱちぱちと白黒させる。流石に先生方の窮状までは知らなかったわけだが。
票にはならなくとも教師からの信頼を受けるのも生徒会長には重要な資質であろう。
もちろん夜行月以外の人間にもそれはある。それこそ生徒会の面々などは。
逆に、信頼されていない奴は。
「へへへ……『ドキドキヌいちゃおっ』の特典リーフレットと票を交換だぜ……」
「ご、ごくり」
「風紀委員だ! 天知りんご! 不正選挙の現場を押さえたぞ!!」
信頼以前に、まあ悪事は実らないと言ったところだろうか。
天知りんごは、その場に集まっていた『神崎美陸のクラスメイト』である三年生数人を道連れに、生徒会長になる権利を失ったのであった。




