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混迷と狂乱と生徒会選挙

 聖桜高校の生徒会選挙、現状を一言でまとめると『ヤバい』。


「前代未聞だ。生徒会長の立候補が50人を超えた。十人に一人、クラスに三人は立候補している」

「生徒の自主性を考えれば素晴らしいことじゃないですか?」

「なぜ我々が普段より多く残業しているか分かっていますか月山先生? もう……めちゃくちゃですよ、この制度」


 月山光子や蔵馬秋良だけではなく、多くの先生が職員室で普段取らない時間まで使って話し合っているのは、専らそれ、生徒会選挙についてである。

 会議の主導は会津(あいづ)(つよし)、体育と生徒指導を受け持つ精悍なおっさんである。


「会津先生、ごちゃごちゃ言わせずに全員黙らせましょう。軽い気持ちで立候補して、誰が一番票が多いか競うつもりの生徒だっているそうです」


 遊び半分の会長立候補、もはや従野の意図から離れたところにある生徒の暴走は、本来の計画通り浮動票の一切排除に役立っていた。

 ふざけた馬鹿者を罰することこそ生徒指導、と蔵馬は思っているかもしれないが。


「生徒がふざけているかどうか、どうやって判断する? 滅多なことを言うな」


 生徒のことを決める生徒会選挙は子供のことと言えど『選挙』である。公平でなくてはならず、適当に済まされてもいけない。


「辞退ならば許されるんでしょう。生徒の自主的な辞退」

「ああ」

「わかりました」


 蔵馬が何やら悪い顔をしているが、会津にはそれを制止するつもりはない。むしろ蔵馬がそういう黒い役割を担ってくれないと困る状況であることも確かだった。


「毎年、一人出るか出ないかだった立候補が増えたことは良いが、行き過ぎた状況も目に余る。一度、全員教室で伝えた方がいい。いかに生徒会長というものが多忙で、生半可な気持ちではやってられないか」


 抑圧や強制にはならない程度に、現実というものを教えてやろう。

 教師としては、むしろ厳しいくらいの気持ちで臨んだのである。

 が、現実。

 朝のホームルームで語っても長くて五分。しかも他の今日の授業や事務についての話も挟まる。

 全体的に話が薄くなってしまう。

 そして。


「や、先生ああ言ってたけどどうなんだろうね? 私は、まあみんなが辞めたら辞めようかな。ま部活とか入ってないし最悪他の生徒会の人が教えてくれるだろうしね」


 毒にも薬にもならない話を少しした程度で、校内に広まった毒をすべて取り除くことはできない。

 毒は逐次、投入され続けている。


――――――――――――――――


「我々は権力による暴力を受けているーっ!! 生徒の自主性を奪う、教師として最低の行為だーっ!! 我々は断固反対し! 授業のボイコットと購買の焼きそばパンの値下げを要求するーっ!!」

 

 天知りんご、言うまでもなくカスである。

 毒島が立候補したにも関わらず、自らも生徒会長に立候補し、今朝の話を受けての行動が購買部前に立っての演説である。

 目立つために大堂の肩の上に乗っては校内を練り歩き大きな声で騒ぎ回る。

 流石にそれを止めに来たのは風紀委員長である藤岡であった。


「いい加減にしろお前ら!! 授業中にも出回っていると聞いたぞ!」

「む、風紀委員! テメェ対立候補だからって潰しに来たか!? おれは正当な権利を主張している! あんな話を聞かされてお前はどー思ってんだよ! お前真面目に生徒会長する気あんのか!? 風紀委員の癖に!!」

「そ、それは……」


 教師の話は、不真面目なものほど聞かないのに、真面目な奴が真に受けてしまう。

 元々頼まれて立候補しただけの藤岡が、その言葉に真面目に言い返すことができなかった。


「そもそも最初から立候補してたの夜行って奴なんだろ~? なんでお前らがよくておれらがダメなんだよ~?」

「生徒会長は、早い者勝ちでは……」

「だったらおれらだって立候補するくらいの権利はあるだろうがっ!!」

「今はお前らが騒いでいることを注意しにきたんだ!」

「はーいわかりました~、じゃあ休み時間ごとにうるさくない程度の声で校内練り歩きま~すよ~」

「っ、いやそもそも肩に乗るな! なんで急に騒ぎ出したんだお前ら……」

 

 風紀委員として意欲的に活動してきた藤岡は毒島組のことをよく知っている。確かに校内レベルの問題を起こすことも多かったが、今回は何か毛色が違う。

 藤岡の直感としては、美陸に頼まれた時のような『舞台に乗せられている感覚』、誰かの意図通りに動いている気持ち。


「……従野か」


 自分の邪魔をするためか、夜行を生徒会長にするためか。回りくどい手段のせいでわかりづらいが、彼女の目的はきっとそうだろう。

 自分の全力は、果たしてどこまで通用するのか。

 藤岡は既に挑戦者としての面持ちで、一年一組にと向かう。


――――――――――――――――


「だ、だからね、従野さんが言ってくれたら、軽い気持ちの人たちも辞退してくれると思うんだけど」

「いやー、やる気ある人を辞めさすなんてできませんって。それならむしろ投票する側に呼び掛けた方が良くないっすか?」

「え、えっとね、その、立候補者が多すぎると……」

「や、それは先生側の都合っしょ。コウちゃん先生の腕の見せ所じゃん。かっこいいところ見せてくださいよ」

「え、えっと、時間が……」

「あれ、もしかして生徒のチャレンジを時間が理由でダメってしてません?」

「う、う……」

「じゃ頑張ってくださいせんせー」


 月山が何も言い返せず涙目になっているのを放置して従野が逃げようとしたとき。


「おい従野」

「おい従野ォ~、お前良い度胸してんじゃねえか? アァン?」


 藤岡とほぼ同時、蔵馬秋良が教室に来た。そして彼女の目当ても従野で、その敵意と怒りが満ちた表情に藤岡が怯むほどだった。


「何しに来たかはわかるな。今すぐ生徒指導室に連行だ。みっちり話すぞ」

「いやわからないですけど。私なんかやっちゃいました?」

「いいから来い。全部白状させてやる」

「あ、秋良ちゃん、あんまりひどいことは……」

「まーいーですけど。何したって変わりませんよ? もう誰にも止められないし」

「あ?」

「こんな熱狂、止められるわけないでしょ。なんだっけ、こぼしたミルクは戻らないってやつ」

「覆水盆に返らずか……! お前、取り返しのつかないことを……!」


 従野ひより、あんまり知識はないけど最近英語の文法で出てきた英語のことわざを言ってみた。

 そんなインテリジェンスを見せつけながら連行される従野だが、実際のところ彼女に汚点は一切なく、その行いにも間違ったところはない。

 生徒会長になればどんなメリットがあるかを学校中に広めたのだ。選挙に無関心な生徒の気を引くには充分だった。

 それが良いように脚色されていて、デメリットを全く伝えなかったという点を除けば、悪事ではない。


「あ、そういえば最近祢津さんとかよくサボりっぱなしですね」


 ふと従野が呟くのを、藤岡は聞き逃さない。無論、聞こえるように言ったのだが。

 従野がよく祢津がサボっている場所を教えてくれたり、そもそも遅刻やサボりをしていたのを根来を使って出席くらいさせていたのは従野の手柄である。

 それが最近サボりっぱなしというのは、従野が持つ藤岡への対抗手段ということだ。


「従野ひより、お前は……!」

「藤岡センパイが生徒会長になって、よりよい風紀を守るのも期待していますよ」

「ふん、減らず口を。叩けば埃のありそうな奴だ、余罪全部引っ張り出してやる」


 最終下校まで残されたが、従野から有効な校則違反は一切引っ張り出せなかった。

 彼女は選挙活動に従事できないが、そもそも従野は生徒会長になる気がないまま立候補したので、痛くも痒くもない。

 勝つ気がない、というのは時に恐ろしいほどの効果を産むのである。


「……おー前はぁ、何がしたいんだ従野。先生の仕事を増やさないでくれ……」

「生徒会選挙の制度とか変えた方がいんじゃないの? 今のルールじゃ全校生徒が立候補したら生徒会長出ないじゃん」

「全員が立候補するわけないだろうが!!」

「でももう60人くらいは立候補したんしょ?」

「……クソ、もう帰れ。お前こんな調子なら殴るからな」

「はあ。何が悪いかわかりませんけど」

 

 従野ひよりは悪びれもせずに言い放つ。

 だが職員室の前に立ちはだかる美陸が、その帰宅を邪魔した。


「従野さん、話があります」

「最終下校時刻だってのにずっと待ってたんすか? ヤバ、ストーカーじゃん」

「これが美空のためになると思っているのか?」


 美空の名前が出た途端、従野の顔がますます険しい表情になる。


「アンタのそれは神崎のためってわけ? シカトが?」

「君よりかはマシだ。まるで美空の奴隷のように……、家のことなんて考えなくていい!」

「ウッザいなぁ……。私が! 家のためにやってると思ってんの!? なワケねーじゃん!! 私は! 私がこうしたいからしてんの!! 知った口をきいてんじゃねえよ!!」


 職員室がどよめく。だが従野は思うままに怒り、美陸は表情を変えず――悲嘆に満ちたまま、従野を見つめている。

 誰とでも仲良くできる、器用でひょうひょうとした人間、そう誰もが評する従野ひよりの怒りを、冷静に受け止められる教師はいなかった。

 だが、従野がその気まずい空気に気付かないわけもなく、すぐに落ち着きを取り戻す。大嫌いな人間を前にしても、そこは人たらしのなせる技。


「……第一、私は別に神崎の幸せなんて願ってない。したいようにしているだけ」

「……だったら猶更、負けるわけにはいかない」

「せいぜい頑張れば。候補が乱立してるせいでアンタの地盤もだいぶ崩れたし」


 従野はそのまま美陸の傍を横切り、改めて帰宅した。

 残された美陸は、場を騒がせたことを謝罪し、同じように去ろうとするが。


「……おい、今の話って、まさか従野のお母さんが自殺したことと何か関係あるのか?」

「いくら先生でも、他人の家庭事情についてみだりに話はしませんよ」

 

 そういう美陸の視線は、どこか先ほどまでの従野に似たようなものであった。

 強い拒絶感、排斥に敵意すら込めた様子は、温厚な生徒会長からは想像もできないもの。

 ただの生徒会選挙にはならない。事態が狂い始めていることに教師陣が気付くのは遅かった。

 生徒会選挙まであと三週間。

今回の総括

生徒会選挙はヤバい。

従野ひよりは神崎美空の幸せを願っているわけではない。

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