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キャラエピソード・五月某日の朝明日向

 従野いわく、朝明(あさけ)日向(ひなた)は面白い変な人、である。

 そんなやつ同じクラスにも何人も思い当たるが、説明されるより見た方が早いという。

 

「あれが朝明さん」


 一目見た美空の第一印象は、キラキラ女子。

 夏が近づき髪をポニーテールにした朝明は、ストラップのたくさんついた鞄を抱きながら背中でクラスメイトの声を浴びている。


「ひなー、生徒会長頑張ってー!」

「まだなってないよー! でも、ありがとう!」


 悪く言えばどこにでもいる、そんな普通の印象。別に悪く言ったわけでもないが、特徴がないと言ってもいい。

 

「まあ、なんでもいい。星、あれに張り付いて何か弱みを探すんだ」

「わかった! つーちゃんのためならエンヤコラー!」


 よくわからない掛け声を上げて星は朝明の方へと向かった。自分が見えない人のそばにいるのは久しぶりだと郷愁しながら。

 

―――――――――――――――


 数日前。


「朝明さん、生徒会長に立候補してくれませんか?」


 驚天動地ってまさにこのこと! 

 生徒会長の神崎先輩は、今までずっと会計の夜行さんが生徒会長になるのを応援していたのに、どうしてそんなことを言うんだろうって思った。

 でも、でも先輩はそんな意地悪や冗談を言う人じゃない! だからきっと本気で言っているんだろうってわかった!


「夜行さんじゃダメなんですか!?」

「……理由があって、夜行さんに生徒会長をしてほしくないんだ。僕も立候補する予定だけど」

「……わかりました! 立候補して、頑張ってみます!」


 私は思いきり言った! 言ったし、その通りに行動するつもり!

 先輩が少し面食らってたけど、私だって馬鹿じゃない。先輩のことを信じているから、それが夜行さんの為だって思うから!


「生徒会長になった暁には……この学校をよりよくして生徒たちを導いていきまぁす!!」

「あ、うん。よろしく頼んだよ、朝明さん」

「はいっ!!」


 こうして、私は生徒会長を目指すことになった。

 けど、ああ、どうしよう!!

 あの夜行さんの夢を、邪魔することになるなんて!

 私は、神崎先輩も夜行さんも大好き! だって同じ生徒会の仲間で一緒に頑張ってきた友達だから!!

 そんな板挟みになりながらも、私は切磋琢磨して、よりよい生徒会長になれるって信じている!!

 

―――――――――――――


「変な人ー」


 朝明日向報告会、メンバーは美空、従野、夜行姉妹の四人。

 夜行星が言うまでもなく、もはや見張るまでもなく、朝明日向は変であった。

 よくも悪くもマンガ的、しかし明るく元気で誰に対しても同じように接してくれる朝明を悪く言う者はいない。

 ただ、あまりにも活発。

 その面倒臭さは毒島大仏や根来雌子の行動力をも上回る。

 

「おはようございます! 朝明日向です! 来月の生徒会選挙に立候補します! よろしくお願いいたします!」


 まず朝、校門であいさつ。

 昼には校内放送で演説。

 放課後にはまた校門であいさつ。


 地道な活動のようだが、きちんと先生にも許可を取っての行動である。こんな風に活動する人は、今まででも類に見なかったというが。


「ふむ。星、家での彼女は?」

「勉強したり遊んだりしながら、スピーチの内容を考えたりクラスメイトに投票を約束させたり。すっごい真面目って感じ」


 なるほど見れば彼女も夜行星のようにキラキラと輝いている印象がある。だが違うのは、星がその瞳に生気を持つのに対して、朝明日向はあまりに華美。一挙手一投足にキランっ☆ なんて効果音とエフェクトが出そうなほどだ。

 近寄りがたさすらある。だから校舎の二階の窓から、校門付近で挨拶をしている朝明を見ていた。


「彼女は昔からああでしたが、裏も表もないんですね」

「ブレーキのない天知みたいなやつだ。バイタリティが良い方に向かっているから安心だが」

「……あれほどのバイタリティを悪事に向けている人が?」

「話逸れんなし。このままじゃヤバいってわかってんの?」


 美空と星はボーっと聞き流しているが、月と従野はきちんとその危機を理解している。


「浮動票、ですね」


 友達や応援している人に投票されるのが固定票として、誰でもいいやというのが浮動票だ。

 誰が生徒会長でも構わないという人は学校の半数以上いるが、そういう人が誰に投票するかと言えば、知ってる人とか、朝明のように目立つ人になるのである。


「生徒会選挙に真面目な奴とか聞いたことねーし、下手(へた)し全部持ってかれない?」

「充分ありえます。少なくとも手をこまねいていれば生徒会長は朝明さんでしょう」

「ふむ、それは、マズい」

「ど、どうするの!? どうするのさ二人とも~!」


 危機に気付いた二人がようやく露骨に慌てて見せるが、その反応自体が遅い。既に二人は対抗策を考え始めている。

 

「とりま浮動票の独占はさせないから、ヤコセンはヤコセンでなんかやってよ。たぶんあーしと同じことはしないと思うし」

「……私は地道な手段しか思いついていません。……私だけでは勝ち目が薄いです」

「ま、そこは信頼して。むしろ浮動票は叩き潰すからアンタは地盤固める根回しに集中して」

「…………」


 夜行月は美空に視線を向けた。表情も目も変わらない彼女だが、何を訴えたいかはわかる。

 信頼できない。それに尽きる。


「ま、そりゃそうか。私の作戦もうまく行くかどうか半々だし、ま先に説明するわ。かくかくしかじかってね」


 そうして従野ひよりは口を開く。

 その策は、あまりに無謀にも聞こえるが――


「浮動票を叩き潰す……確かに、その作戦なら全部叩き潰せるでしょう」 

「だからかったい地盤が必要なわけ。もう朝明も根回ししてるし、ヤコセンもやった方がいいっすよ」

「……その、ヤコセンって」

「呼びやすいんで。藤岡先輩の足を引っ張るのもこっちでなんとかするんで、引き続き幽霊ちゃんには朝明の弱みになるような情報調べてもらっていい?」


 八面六臂の活躍を確約する従野は、何もない中空を見る。

 見えないものを信じる無謀も、選挙には必要なのかもしれない。

 今回の策は、運も絡む。


「来月、来月ねぇ……」

「従野、私にできることはないか?」

「ない。神崎は投票当日にヤコセンに票入れるだけでいいよ」


 従野はそれだけ言うと、足早に歩き始める。


「じゃ、早速やることやるんで。ま、ま、見ててくださいよ。私たちの友情パワーってやつ」


 意味ありげな笑みを浮かべながら従野ひよりはその場を去る。残されたうち、星はぴゅんと飛んでいく。


「わ、私も頑張って弱みを握り潰すよ! エンヤコラだよっ!」

 いてもたってもいられなくなったのだろう、残されたのは二人となる。


「……従野ひよりを信じても、構いませんか?」


 夜行月はそんな風に不安を口にする。従野の人脈を頼り根回しをしようと思ったのが、月の策の一つだったのだ。

 だから従野の能力や策というものが優秀なのかどうなのかはわからない。


「従野は、できないことはできないという。……あいつが私を困らせたことはない。信じていい」

「……歪な関係みたいですね」

「夜行姉妹には言われたくないな。……私は従野に好きだと伝えられる。星にも」


 美空が月の顔を見下ろす。追い詰めるように足を出して、それこそ美空が普段するキスのように顔を近づけてプレッシャーを与える。

 けれど今はキス以上に言葉を与えた。

 月を責めるような言葉を。


「……伝えたところで、どうなると? 私がどう思っているか、言葉にして、それを星が聞いて、意味がありますか?」

「大いにある。ないと思っているのなら……、まあ、いい。生徒会長になった後、言葉をかけてやれ」


 もし、言葉を伝える意味がないと思っていたのなら。

 そんな稚拙な、狭窄な、自分本位な、周りの見えない愚か者だったならば――美空が月に執着するようなこともないだろう。

 だが、そんなわけはないのだ。

 月は十年ほど、星が幻覚か何かだと思っていて避けていた。幻覚ならば確かに言葉を伝えることに意味は全くない。

 でも星は本物の幽霊だった。その彼女に言葉を伝えることは、気持ちを伝えることは、あまりに意味合いが強すぎる。

 生徒会長になれずとも、言葉を伝えるだけで十分なのではないかと思うほどに。


「……私は」

「あっ! つーちゃん! 美空! 今あの子服をパタパタ~って涼んでたよ! スカートつまんでさ! これって弱みじゃない!?」

「…………星、DIOが時を止める能力を持っているくらいの秘密以外は報告しなくていい」

「そんなに!? そんなになの!?」

 

 あまりに能天気な星のせいで、その場の空気が一気に緩む。

 また、ぴゅんと飛んでいく星を見送って、二人は顔を見合わせた。


「……必ず、きっと話します」

「……だろうな、わかっている」


 わかりきっていたことだった、星を放っておくわけがない。

 ……真正面から向き合えば、話してしまう。今、その姿を見ただけでどれだけ月は自身の気持ちが緩んだかを理解した。

 話したい、伝えたいと思う自分の気持ちの目覚めに気付きつつ――今はできない。

 生徒会長になった暁には――その気持ちがますます月の目標への意識を高めるのであった。

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