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キャラエピソード・四月某日の神崎美空

 神崎美空はキス魔である。

 容赦なく、果てしない、キス魔である。


「従野、おはよう。んっ……」

「ん……っ。……おはよう」


 前の席に座るのは美空の幼馴染である従野(よりの)ひより。挨拶を交わしながらキスを交わす姿に、クラスメイトは大きくどよめく。

 しかし二人はキスに対して何の反応もなく挨拶をして、そのまま日常的な会話を始める始末である。


「で、夜行先輩はどうだったん」

「ああ。そっくりな幽霊に間違えてキスしてしまって」

「うわ、神崎から幽霊見える話久々に聞いた」

「そう言うな。幽霊と言えど悪くなかった。夜行月の連絡先も手に入ったし」

 

 美空は少し頬を綻ばせてスマホを嬉しそうに握った。画面には月の連絡先が映っており、それを見るだけで表情が緩むのだろう。まるで恋する乙女だ、とひよりは思った。

 美空は釣り目でやや凛々しい表情だし、普段から顎に手を当てて「ふむ」と前置きをして話すものだからクールビューティな風に見える。キスせずに黙っていればの話だが。

 やや色が抜けた赤毛がうなじを隠すほどに伸びている、すらっとした体型に男子より高いほどの身長も、本人が意識しなければ宝の持ち腐れかもしれない。


「ま、楽しそうで何よりだよ。精々がんばんな?」

「うむ。従野の協力に感謝する」


 ガサツそうで面倒見がいい従野ひよりと幼馴染であるというのが、人間性の破綻した美空の幸運と言えるかもしれない。

 ほら早速、二人に近づいてくる気の強そうな女子が一人。


「あのさ、そういうのよそでやったら? クラスで堂々と」

「ふむ、そういうのとは?」

「わかるでしょ。そんな……」


 むちゅう、と一発。

 美空のキスが女子を襲う。慌てて離れた女子であるが、唇を拭う手は震えていた。


「キス魔なんだ。許してほしい」

「許してって……さ、最低! なんなの!?」


 と、女子が助けを求めるように周りを見回すと一人の勇敢な男子が歩いてくる。


「キス魔っていうなら、男でも平気なのかな?」

「ああ」


 その挑発的な男の態度に、平然と美空は近づく。

 ズンズンと近づく。ぐいぐいと寄る。

 男の方が気圧され思わず退歩するが、美空が歩く方が早い。


「ちょ、ま……んっ!!」

「ん」


 男でも容赦なく。唇と唇が重なる。


「ん、ふ……ふふっ! 男は中学の時以来だな」


 男は絶句して肩を落とす。羽田蒼康、人生十五年目のファーストキスであった。

 くるり、と美空が見回すと、もう反論する者はいなかった。その敵意のような目に囲まれながら――


「あー。そいつの変なキス欲は私が請け負うから許してやって。どうか私の顔に免じて一つ」

「……変態」

「マジごめん。変態でいいから。近づかなければ一応無害だから」


 人に慣れているひよりがそんな風にカバーするも、入学当初のこの時期でそんな暴挙を簡単に認められる人はいない。

 教室に先生がやってくると、すぐにキスされた女子が告げ口をする。

 そして、その先生に近づいていく神崎美空……。

 むちゅうと一撃!


「っ!? ひっ、先生~! 会津先生~!」


 先生が先生を呼びに行く事態になったのである。担任の月山(がっさん)女史は涙目であったという……。

 

―――――――――――――――――


「噂は聞いていたぞ、神崎。案の定問題を起こしやがって」

「……ふむ、会津先生でおられない? 先生は?」


 職員室で美空を怒っているのは女性の蔵馬(くらま)秋良(あきら)である。


「男の先生だとまずいかもしれないから私が呼ばれたんだ。それより、あまり度が過ぎると停学や退学も十二分にありえるから、今後はしないように」

「そうおっしゃらずに。ぜひ今後ともごひいきに……いたっ!」


 べし、と秋良がそれなりの力を込めて鼻先に教本をぶつけた。紛れもない体罰である。


「先生、それはいけないことでは?」

「お前が言うな。生徒との接吻と体罰のどちらも問題なら私は迷わずお前を矯正できる方を選ぶ。私を犯罪者にしたくないなら今後一切そういうことをするな」

「ふむ、上手な言い訳を見つけましたね」

「お前がちゃんとしないと月山先生が泣いちゃうんだぞ。かわいそうだと思わんのか」

「可愛いですよね、あの先生。キス出来て満足です」

「最悪ブチ殺すからな」

「せめてオブラートに包んでください」


 ストレートな脅迫に、流石に美空も手が出せなくなる。

 これが女性の生徒指導教員である秋良との長い付き合いの始まりであった。


―――――――――――――


 今日も教室で美空とひよりはキスをする。

 そんな光景は日常的になりつつある。

 案外みんな、慣れるのが早いというわけである。

 男でも女でもデカい男の教師でも可愛らしい女の教師にもキスをするため、美空にとってのキスが本当に変な挨拶みたいなものだと理解できたのも理由であるし、それをひよりが請け負ってくれるからというのも理由かもしれない。

 ただ、全員思うことはあって。


(絶対、あの二人付き合ってるよなぁ……)

「んっ、ちょ、少し待って神崎、んむっ」

「腹癒せだ。もっと、ん……」

(付き合ってないと嘘だよなぁ……)


 たまに美空のキスが暴発することもあるが、彼女は見た目が悪くないし悪意もないのでそれほど嫌悪されることはなかったという。

今回の総括

神崎美空はキス魔である。

従野ひよりは神崎美空を庇い続けている。

蔵馬秋良は生徒指導教員である。

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