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キャラエピソード・五月某日の藤岡頼人

 風紀委員長・藤岡頼人。

 昔気質の頑固者で、ついたあだ名は番格、男百段、ヤクザインテリと名誉不名誉が乱れ舞う。

 その地位に見合った学力以上に、喧嘩伝説が数多くあり、密かに女子に人気がある甘いマスクからは想像のできない膂力があるという。

 彼の日課は朝夕の校門見回りで、生徒の遅刻を取り締まったり、帰る時に気が緩んだ生徒を注意することであるが、最近は悩みが多い。


「あ! 藤岡先輩、さようならー!」

「根来、さようなら。明日の朝はちゃんと登校するんだぞ。あと授業中に走るな」


 ポンコツヤンキーズと命名された三人がいる。

 眠りの貴田は藤岡が監督する必要はないから置いておいて。

 毎朝校門をぶち壊さんばかりの勢いで人間二人を引っ張って突っ込んでくる根来雌子。

 気がつくといなくなっている祢津航。

 この二人の存在について、教師からも強い要請を受けて見張るようにしていた。

 毒島組を入学式で捕らえたのも藤岡の功績だ。そっちは表立ってやんちゃをするとすぐにクラスメイトから制裁を受けるからと問題にはなっていないが、この女子三人はそれがない。

 しかし授業中に問題になるならば自分にも止めようがない、そんな風紀の心配をしている最中であった。

 頼人の少し型の古いスマホが震える。通話の相手は何度か風紀の相談をした元生徒会長の神崎美陸である。


「もしもし、藤岡くん、今大丈夫ですか?」

「はい。珍しいですね、何かありましたか?」

「単刀直入に言います。生徒会長になってみませんか?」

「お断りします。では……」

「悪い話ではないですよ。君の望んでいた……」

「夜行が生徒会長になると言っていただろうが。つまらん喧嘩のあてつけか何かか? 不快だ」


 怒りの沸点が低い頼人はすぐにキレる。だが慇懃無礼なわけではなく、丁寧な時はきちんと相手に敬意を持っている。キレやすいだけである。

 そもそも、大事な話なら直接会って話すべきだし、それでも一年の頃から生徒会長に憧れていた夜行月を差し置いて生徒会長に立候補するなど道理が合わない。同じ学年で夜行月は知らない顔ではないのだ。

 生徒会長は、やりたいものがやるべきで、けれどその職務に見合うだけの能力が必要でもある。

 夜行月はその両方に適う、そう頼人は思っている。

 嫌なことは忘れて学園の秩序を守ろう、と思っていくらか経つと、その神崎美陸が姿を現した。


「直接話す必要がありますか」

「逆に聞きますが、どんな理由があれば今更俺を生徒会長にしたいと?」

「君じゃなくてもいい。夜行月でさえなければ」

「……楽しみだ。殴られずに済む言い訳があるんだろうな?」


 これを外道と言わずなんと呼ぶ。高い志を超える嫌がらせでなくてなんであるのか。怒りを通り越して冷静になった頼人は、話は聞くが既に殴る気満々で、美陸についていき二人きりで話をする。

 喧嘩っ早く、喧嘩が強い、そんな厄介な男であるが、聞く耳を持っているのは確かでありーー

 ーー理不尽な暴力を振るわない男でもある。


「……それは……、だとしても、話した方がいいと思います。むしろ、夜行が知るべきことでしょう」

「知らない方がいいこともある。何より、美空に話すつもりはないので」


 美陸が夜行月を生徒会長にしたくない理由を聞かされ、頼人は考えたが、その結論を出せそうにはなかった。

 まだ知られていない残酷な真実というものを、受け止めるには時間がかかる。まして当事者である夜行月ならば、心が壊れるのではないかと心配するほどに。


「……それに、夜行さんは妹の死に責任を感じて生きています。これ以上重荷を背負わせる必要もない。これがきっと楽になる方法だと、僕は思っていますよ」

「……それでも、夜行の気持ちも聞かずに決めるのは」

「何も徹底的に邪魔をしているわけじゃないでしょう。対立候補が出るだけで、結果はまだわかりません。……可能な限り、阻止しますが」


 悩んでいる頼人に対して、美陸の意志は既に固まっているようだった。たとえ自分が断ろうと対立候補を作るだろうし、自身も再選を狙っているという。


「……一年間、あいつが生徒会長になるのを応援していたのに」

「僕だって断腸の思いだ」


 美陸の語気が一段と強まった。気迫で己が負けている、と自覚した頼人には、もうそれを否定する理由はない。

 頼人から見て美陸という男は、どこか影があるが人当たりの良い好青年だ。むしろ胡散臭いくらいだったが、そんな男が秘密を明かし、真剣に相談をしているのだ。


「……承知した。やるからには本気で理想の生徒会長を目指そう。夜行より、あなたより」

「ありがとうございます、藤岡くん」


 こうして風紀委員長・藤岡頼人は生徒会長に立候補することになった。


――――――――――――――――――――――


 そして。


「ちす、藤岡センパイ」

「おはようございます、だ。従野」

「生徒会長に立候補したんすね。芯がブレっブレの藤岡センパイ」

「……自分の意思ではなかった。だが、決断した以上はやり切るまでだ」

「あれ言い訳? 他人の思い通りになってますアピールはますますダサいんでやめた方がいいっしょ」

「今日はやけに突っかかるな。何か用事か?」

「私は夜行先輩を生徒会長にしたいんで、今からでも降りてもらえません?」


 頼人は思わず息を飲んで、目の前の後輩の顔をまじまじと見つめた。

 たまに挨拶をしてくる一年生で、問題児がサボったかサボっていないかをメールしてくれる協力者。

 従野ひよりはそんな風に、風紀委員にさえ取り持ってくれていたのだ。


「なぜ、夜行を。関わりはないだろう」

「あえて関わらないようにしてんすよ、夜行先輩は。ま、こっちの都合で。でもま、目的が……」

「神崎美空か」

「あ、知ってるなら説明不要ですね。そういうことで」

「待て。……お前は全部知っているのか?」


 頼人が思わず尋ねる。もし、仮に神崎美陸と同じ情報を持っているならば、従野も美空のためにと行動を改めるのではないか、そう思った。

 だが従野ひよりはブレない。


「何を知ってても知らなくても、私は神崎がしたいようにさせてやるだけなんで」


 言うと、従野は来た時のようにとてとてと校舎へ向かった。

 神崎家のことは美陸から聞いた。その過去も、神崎美空のことも。

 だからだろうか。

 現実離れしたその存在と周りが異常に見える。

 やたらと不真面目な学生が多く、賑やかになった自分の日常生活の傍にある光の差さない闇。

 美陸は、従野は、一体何を知り、何を思って行動しているのか、それさえもわからない。

 物語にただ利用されるだけの歯車のような――居心地の悪さ。


「……生まれた時から皆役者、か」


 シェイクスピアの言葉を不意に思い出す。

 ならば舞台に出てやろう、思う存分に見せてやろう。

 お前らの脚本通りにはならん。

 なんて考える藤岡頼人、ヤクザインテリと呼ばれるほどには成績も教養もある男であった。

今回の総括

神崎美陸は夜行月の知らない秘密を知っている。

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