会計と風紀委員長と書記
「神崎さん」
あまりにも突然に、昼食を食べ終わった時に夜行月が声をかけてきた。
「来てくれますか?」
「構わないが」
連絡をくれればこちらから向かうのに、わざわざ出向いてまで呼び出すのは一体何事だろうかと、クラスの雰囲気も静まるのがわかる。
そもそも夜行月を知らない人もいるだろうから、気にならない人もいるだろうが。
「たぶん生徒会長の話だよ。つーちゃんも真剣だから」
「ふむ、それほどとは」
適当にうなずいたものの、道理が通ってない。
星がつーちゃんの願いを叶えてあげたい、と言うことで私に夜行月を生徒会長にしてあげて、は私に願うことだろう。
星は私しか頼れないから。
月が生徒会長になりたい、で私を頼る意味はあるか?
ない。私は幽霊が見えるだけのキス魔だ。
きっと夜行月は他に頼れる人間がいくらでもいる。
だのに話は本当に生徒会の話だった。
「私は、来月の生徒会選挙に出て当選するつもりでした」
「ふむ」
「その可能性が危ぶまれています。……あなたの兄のせいで」
「美陸が? そういえばあいつ生徒会長だったか」
「……名前で呼んでいるんですか? お兄さんを」
「同じ屋根の下で暮らしているが、ここ十年は喋っていない気がするな。避けられている」
「それは……話していいことでしたか?」
「どうせ何も言ってこない。美陸も気にしない」
ただ、あいつのことを知らなさすぎて高校が同じだということも従野に言われて初めて気付いたし、生徒会ってことも夜行月と知り合いなのも今知ったくらいだ。
「で、美陸のせいで生徒会長になれないって? 何故?」
「……選挙で当選するには、票を得る必要があります。全校生徒が現在三年生182人、二年生201人、一年生194人で合計575人。生徒会長になるには過半数の信任と、候補者内でトップの得票率が必要です」
「難しい話?」
「それほど難しい話ではありません。ただ、一番点が多いものが勝ちです」
「なるほど」
投票はシンプルなものだ。575人の生徒が一票ずつの投票権があり、候補者に投票をする。
候補者自身は投票権を持たず、また無効票などもあるが、過半数の288票あれば確実に生徒会長だ。
信任、不信任というのは生徒全員が『その候補者は生徒会長に相応しいか』というのを〇と×で判断するもので、余程の問題がない限り×をつけられることはない。あってないようなルールである。
「一番点を取るのが難しいのか?」
「……候補者は私だけだったのに、今日三人増えました」
「三人も」
「相手はみんな、知名度が高く生徒会長になりうる人たちです。……単純な投票で生徒会長になるのは難しいでしょう」
生徒会選挙に熱くなっているのは夜行月くらいなものだ、と美空は思っていたが、それはその通り。ほとんどの生徒は選挙になど興味はない。
であれば、一人しか候補者がいないなら生徒会長になることに抵抗はなく。
四人も候補者がいれば、誰に入れるか、特に考えず適当に決める。
「夜行月も無名ということはないだろう?」
「……三人の候補者は、風紀委員長・藤岡頼人、生徒会書記・朝明日向、……そして元生徒会長の神崎美陸、あなたの兄です」
「誰一人聞いたことないが」
「お兄さんでしょう」
「十年も……いや、何もない。とにかく、そいつらは夜行月に匹敵すると」
「はい。……男子二人は私以上の知名度を持っているでしょう」
生徒会長と風紀委員長、と言われても美空には実感がまるでない。兄は、兄だし。
「……美空、つーちゃんを生徒会長にしてあげて」
「……無茶な。私にもできることとできないことがある」
「その通りです、神崎さん」
夜行月は。
決して距離を近づかせるような真似はしない。
声の抑揚もほとんど変わらない。
表情も変わらない。
機械と呼ぶには不安定、しかし人とは離れている。
「私たちにはできることとできないことがあります。だから無理なことは言いません。人脈を借りたいのです。――従野ひよりさんの力を」
交友関係を利用するとも、生徒会長になることを諦めたわけでもないと、言葉にはその野心や熱意が感じられた。
けれど、それは言葉だけ。
語調は変わらない。
表情も変わらない。
態度も示さない。
夜行月は、常に、淡々と事実を述べるようにして、その固い意志を示した。
――――――――――――――――――――
「というわけなんだ、従野」
「はあ。夜行先輩が私を名指しで。ヤバ、光栄じゃん。ちょっとカンキワまるわ」
真面目な話をする、ということで、久しぶりに従野をカフェーに誘った。もちろん私の奢りで、慣れない店に来たけれど、注文は従野がしてくれた。
シックなインテリアの茶色い木材に包まれた空間で、髪のせいでヤンキーにも見える従野が、ゆっくりとコーヒーを飲む様子は妙にサマになる。
「……話聞く限りじゃ大変そうだけどね。たぶんこのままだと美陸が連続当選っぽい」
「……あれがぁ?」
「世の中の奴は見る目ねえのよ。有名だったら当選しちゃうみたいな」
従野は昔から美陸が嫌いだったが、その調子は変わらないらしい。
正直、私にとってもう空気のようなもので、好きも嫌いもないけれど。
あいつのことなど考えるだけ無駄、と言わんばかりに従野は話の方向を変えて真面目な顔をする。真面目に選挙のことを考えてくれてはいるようだ。
「えっと、投票を10割で考えると。美陸が4、風紀委員が3、で残りを夜行先輩と朝明先輩でわける感じになりそう。1.5で4に勝たないとダメ」
「……ふむ、できそうか?」
「いや私を何だと思っているわけ? んな能力あったら将来それで食っていくわ」
「にしては、自信満々に得票率を決めたではないか」
「そりゃ、適当だけど。根拠は、そうさなぁ……」
従野曰く。
票を得るには『地盤』なるものがある、と考えている。
学年では、美陸が三年で、他三名は二年生。
ゆえに三年生182人の過半数ほどは美陸に投票すると考えられる。
一方で二年生201人は三人で分け合う形になってしまう。美陸に投票する人間もいるだろうが、今は割愛。
そして一年生194人はまだ入学して三ヵ月も経っていない以上、元生徒会長の美陸に投票する可能性が高いと考えられる。
そうでない場合は、夜行月のいる柔道部員、朝明日向がいる手芸部員などは縁故で票を集めることができる。これもまた地盤というものだ。
委員会などそういう地盤を見て行けば、結局美陸が優勢である結論になるというのだが。
「……その地盤を崩せないか?」
「要はそういうこと。相手の票を自分のところに持ってくるしか勝つ術はないわけ」
「手段は?」
「や、それがわかったらマジで国を裏から牛耳るわ。そういうのって情報がモノを言うしね」
言いながら、従野はスマホをせわしなく触っている。会話の途中にスマホを触って、美空に興味がないわけではない。
「んー、まあ風紀委員の方はこっちで話とかしてみるわ。伝手があるから」
「……頼りになるな、従野は」
「ま、こーいう時のために手広くやってっからね。朝明さん、生徒会書記はちょっと近寄りがたかったから任せていい? あー……幽霊、いるんでしょ? 見張らせてなんかいいネタ仕入れた方がいいかも」
名前を言われた星がびくっと驚く。従野には当然見えていないし、星は一言も発していない。
だが、そこに星がいる、というだけでもう私の態度には出ていたのかもしれない。それを従野は察したのだろう。
「……あとは美陸なんだけど、こっちでも全力で叩き潰したいけど、それは神崎もやってよ。今回の元凶でしょ?」
「ああ、私もできる限りのことはするつもりだ」
「んじゃ、ひとまず一週間後。うまく行きそうでもダメそうでも連絡するわ。……しても、選挙まで学校のイベントとか特にないし、マジでしらみつぶしじゃん」
「……できそうか?」
「いい加減、美陸の鼻っ柱を叩き折りたかったし、マジでやるよ?」
従野にしては珍しく、笑うではなく怒るようにしてそう言った。
私と幼馴染であるということで、彼女も美陸のことを知っているのだろうが。
私は美陸のことを何も知らない。私以外と喋る兄の姿を想像することもできない。
――それで、良い。
その態度を後悔させてやろう。
生徒会選挙、思わぬ副賞がついてきそうだ。
今回の総括
神崎美陸は神崎美空と口を利かない
従野ひよりは神崎美陸を嫌っている




