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キャラエピソード・五月某日の夜行星

 五月といえば。


「あ、もうこんな時期か」


 未練を晴らすのと比例するように、夜行星は口数が減っていた。

 それは彼女自身の成長のせいなのか、存在が希薄になり、体の衰えた老人が何をするにも億劫になるようなものなのか、神崎美空には判別できなかったが。


「つーちゃんを生徒会長にしてよ、そしたらたぶん、私、成仏するから」


 月山光子が生徒会選挙委員会を募る時に、夜行星はそう言った。


―――――――――――――――


 美空が下校する途中、ふわりふわり、星が浮きながら体を美空と重ねていく。

 美空にはまだまだ星の体がはっきりと見える。たしかに肌は病人のように白く、太陽の光や酸素にさえ触れていないかのように純正の黒髪やシミ一つない肌はこの世のものではないほどに美しく人間離れしているが、その目は違う。

 この世の汚れを何も見ていないかのように煌く瞳は、彼女がどれほど純粋で、美しい心を持っているのかと、危なっかしく感じるほどだ。

 不意に何かのきっかけで、この人が汚れてしまわないかと。


「なんかすり抜けやすくなったよね」


 手と手は触れ合うことなくすり抜ける。美空自身、幽霊と好んで体を重ねることはしていないから、変な体験だ。

 触れられそうな指なのに、以前までは触れた指なのに、今は。


「触ろうと思えば触れると思うが、メリットがないな」

「えー寂しい。美空も触るぞう! ってやってみてよ。あ、これが未練になるかもよ?」


 そう言われれば、と美空は自分の力を駆使して指に力を込める。

 一回、二回と何にも触れずに空を切った指は、三度目にやっと星の指に触れて止まった。


「あっ! E.T.みたいだね……」


 それは、私も思った。なんて美空が言おうとする前に、アイスが溶けたみたいに、するりと指がすり抜けた。

 あ。星が小さな声を寂し気に響かせた後、美空は自分の指を見た。

 力を抜いたわけでも、意識したわけでもない。

 そもそも、霊に触れられるという状況自体は充分に異常だったのだ。強い悪霊であったとしても、悪霊小路はポルターガイストを行って攻撃をしてきた。

 幽霊にも向き不向きはあるだろうが、霊体と触れ合う、というのは美空も聞いたことがない事象だった。


「……やっぱり成仏が近いのかなぁ」

 

 あどけない星が、すっかり老成した態度で自らの消失について呟く。

 遊び疲れた少年が、明日の学校を憂うような面持ちで、つまらないような顔をして。


「怖くはないのか」

「うーん……怖いけど。でも、……楽しかった。楽しかったんだ。こんなにお喋りしたの久々」

「楽しいなら、普通死ぬのが怖いと聞くが」

「もう死んでるし。……もちろん、まだ成仏はしない。つーちゃんと話すまでは死んでも成仏しない」

「確かに、死んだが成仏してないな」

「ふへへー」


 へらへら、顔を合わせて二人は笑う。

 随分、この関係に慣れてしまった。


「いいの~? そんな風に笑って? 変な人だよ?」

「生憎、私は最初から変な人だ」

「自覚あったんだ」

「……キス、しないか? キスなら、できる気がする」


 美空が呟くと、えー、と呆れながら星はそっと顔を近づけた。


 ――そっくりな顔なのに、全然違う目をしている。

 ――夜行月は、どこまでも覗き込めるのに。

 ――夜行星は、どこまでも見られているような感覚だ。


 唇と唇が触れる直前、夜行星はすっと身を引いて逃げた。

 透かされた美空は不機嫌そうに高く浮いた星を睨みつけるが、美空は悪びれることもなく、むしろ真面目腐った表情をしていた。


「……私、美空のこと好きだよ。つーちゃんの次にね」

「ふむ、美海が悲しむな」

「……もう悲しんでもらったしね」


 テストが終わってから星の未練は確かに減った。

 その結果。

 影山はもう夜行星を感じ取れない。

 土愚も、以前のように唸ることはなくなった。

 神崎美海は、既に夜行星の声は聞けず、ぼやけた幽霊としてしか視認できない。


「なんだかなー、私を見ててくれるってだけで好きになっちゃったのかも」

「……軽い女だ」

「誰にでもキスするやつには言われたくないー!」


 怒ったフリをする星だが、美空が照れ隠しで憎まれ口を叩いているのはわかっている。

 お互い、分かったうえでじゃれているのだ。

 もう、長年連れ添った親友のように。 


「……美空は最後まで私を見ていられるかな」

「当たり前だ」

「……つーちゃんは?」

「見えなくなるわけがないだろう」

「……美空は優しいよね」


 わからないことを、わかる風に言う。そんな強がりや励ましさえ手に取るようにわかる。それは、相手が美空でなくとも、星でなくともわかる。

 気休めの言葉を言うタイプには見えなかったが、案外に神崎美空は夜行姉妹に関してはどこまでも誠実で優しくあるようだった。


「私が優しいこととお前が私と夜行月に見えることは関係しない」

「……私が成仏する時は、美空も一緒にいてね」

「もとより見届けるつもりだ。お前が見ている前で夜行月にキスしてやろう」

「あ、それは嫌かも。未練になっちゃうよ?」

「――なら、その方がお前も月もいいんじゃないか?」

 

 そっけなく呟いて、美空は歩く速度を速めた。

 星はその後ろについて頭を見ていたが、耳が赤くなっているのが見えた。


(……こういう不器用なところは、従野って人とかつーちゃんより、いいと思うけどなぁ)


 ずっと一緒にいるからわかる優しさ。ずっと一緒にいないと見せてくれない姿。

 星は美空の態度に微笑ましいものを感じながら、確かな郷愁に胸を痛める。

 未練があるとするならば、せめて自分の大好きな月と美空が仲良くしてくれることなのだが。

 それは、生徒会選挙という出来事によって大きく進展するのであった。

今回の総括

夜行星の幽霊は、神崎美空と夜行月にだけ見えている。

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