キャラエピソード・五月某日の神崎美陸、会計と会長と神崎家
職員室の隣にある生徒会室は、部屋のほとんどが長方形を作るように組み合わせた会議机に占められている。
生徒が使うには珍しいコピー機や本棚まで用意されているが、その分狭苦しく、二人並んで歩くこともできないような場所だった。
部屋の奥側に座っているのが生徒会長である神崎美陸であり、その隣に座っているのが会計の夜行月である。
神崎美陸は、月から見ても優秀で、数少ない尊敬できる人間であった。質実剛健、物静かで大人しくも、時に男性的な力強さがあり、女性のようなしなやかな振る舞いをしながらも、決断力や行動力には月に真似できないところがあった。
生徒会長になろうと思っている月は、当初からこの人にノウハウを教わろうとしていたが、その高い能力を見ていると不安になるほどである。
スラリと高い身長、やや色褪せた赤毛、ほのかに甘い香りがする。まとまった髪は、男性にしては少し長く目元を隠しそうなほどだが、覗く黒目はどこか子供らしい輝きを持っているようで。
そんな横顔を見ていると、美陸が月の方を見た。
「そういえば夜行さん」
「っ、はい」
「生徒会選挙の季節ですね」
「はい、神崎先輩が引退なされるのは、少し寂しいです」
「……あまり寂しいなら、副会長としてサポートできますが」
「……私からはなんとも。神崎先輩が選ぶべきことです」
「そうですね」
美陸は小さく微笑んで、頷いた。他人に興味はなさそうなのに、どうもそばにいるとくすぐったくなるような振る舞いをして、それが癖になってしまう。彼はよく好かれていた。彼の周りにはいつも人がいた。
今、二人きりになっているのは他の生徒会役員の計らいである。生徒会長になりたい、というのは月が常々言い続けてきた野心であったから。
「生徒会長になるのは、簡単ですよ。選挙は形骸化していますし、そもそも立候補者が他にいないでしょうから」
「それは、言い過ぎじゃないでしょうか。みんな時間をかけて、準備をして……」
「貴方以上に努力してきた人はいませんよ」
そう言われると、心の重責がいくらか軽くなったような気がした。信じられる、尊敬できる人間の承認というものは、簡単に孤独さえ埋めてしまう。時にそれは結果が実らず、百倍の人間から否定されたとしても、その一人だけで満足してしまうほどに。
「――そういえば、妹と懇意にしてくれているとか」
「……妹?」
そんな先輩から突然振られた妹の話に、月は困惑した。まさか幽霊の星の話をしているわけではないだろうが、美陸に妹がいるなどという話は聞いたこともなかった。
思い出せば、そういえば最近は神崎という名字の人間と関わった気がする。
はて。
「…………………………………………、神崎美空?」
「気付いてなかったのかい?」
羽が舞うように微笑む美陸であったが、既に夜行月の心はそこになかった。
マヨネーズとケチャップを混ぜたような、心。
「……えぇ…………、え、えぇぇ…………」
「気付いていなかったなら、そういう反応にもなるだろうね」
それは、あまりにも、こう。
なんとかなりませんか。
言葉が次から次へと口から出てきそうなのをこらえながら、月は出すべき言葉を勘案するが、どれもこれも頼りになる言葉はない。
いっそのこと「あいつと!?」なんて正直な反応をしようかと思ったが、流石にそれは憚られる。
だが、あんな口に出すのも説明するのも難しい存在を、美陸という賢く嘘の通じない相手に話すことはどうにも躊躇われた。
ただでさえあのクラスは問題児ばかりだ、などと言われている中で、特に被害が大きくクラス一つで収まらないキス魔の美空を、どう取り繕って話せばいいのか。
真面目な話、美空に対して抱いた好印象、仲が良い理由。
あとは勝手に言葉が出てきたようであった。
「神崎先輩も幽霊が見えるんですか?」
――どんな時だって、驚く時だってどこか余裕がある風に見えた美陸は、初めて月の前で狼狽するような顔を見せた。
先ほどまで言葉に詰まっていた月に代わって、美陸が言葉を選ぶように、反芻するように、ゆっくり、静かに呟いた。
「……美空は、夜行さんにどこまで話したんだい?」
思わぬところで、話は進んでいく。
それは三人の少女を巡る物語。
夜行月は、恐る恐る話し始めた。
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夜行月は、今まで話せなかったことをほとんど話したかのように思う。
幽霊が見える、そんな狂気に憑りつかれたかのような話を、信じてくれる相手がいてくれる安心。
出会ったばかりで、しかも下心のある神崎美空とは違う、とめどなく溢れる言葉には、自分が抱えていた不安や、これからの希望に満ちた展望も含まれていた。
他の誰にも見えない妹を疎ましく思っていたことも、けれど確かに昔は尊敬し憧れた妹のことを、どうしたらいいかわからないということも。
美空が手伝ってくれて、その仲を取り持ってくれるかもしれないといった淡い期待感も。
――けれど確かにやってくるだろう別れについても。
すべて、すべてを話した。
「そう、か。私は美空とはそれほど仲は良くないけれど」
「期待、しています。……私は、救われるんじゃないかと」
夜行星を無視し続けて失われた十年、そして事故によって失われてしまった夜行星の命。
苦しみ続けた月自身が、救われるのではないかと。
「美空さんは、頑張ってくれています。星の未練を晴らして、成仏に近づけていると。……私が生徒会長になりたがっているのは、きっと星も知っています。だから、私が生徒会長になって、星と話せば、きっと、成仏してくれるんじゃないかって……」
「妹さんを、成仏させるために」
きぃ、とパイプ椅子がきしむ。
背もたれに腰を預けた美陸が、小さく息を吐いて、悩むように時間を取ってから、手を叩いた。
「なら、僕は君が生徒会長になるのを邪魔しよう」
「…………え?」
言葉の意味は理解できるが、文脈も内容も把握できない。その結論に、なぜ至ったのかを。
「最初に、僕に幽霊が見えるのかと聞いたけれど、僕には見えません。神崎家の能力は代々女性にしか継がれない。その中でも、美空は天才であるらしい」
言いながら立ち上がった美陸は、まるで舞台からはけるように生徒会室の入口にまで歩く。
決別と敵意を示すかのように。
「神崎家の力は、私利私欲で使うものではない、ましてや君を救うためでも美空が得をするためでも。美空の力を利用させないためにも、成仏させないためにも、君を生徒会長にするわけにはいかない」
「そんな……っ、待ってください! 神崎先ぱ……!」
美陸は生徒会室を出ると、言葉を遮るように扉を閉めた。
残された月は、茫然としていた。
けれど、そんな喪失感も孤独も、当たり前のように感じられた。
都合が良かったのだ、さっきまでの出来事が。
何もせずに救われるわけがない。
何もせずに救われようなど、虫が良すぎる。
星が、妹が死んだのは自分のせいなのに。
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「すまない、夜行さん。これも君の為なんだ……」
一年、ともに生徒会をしていた仲間をすぐに敵のように思えるわけがない。
――もっとも、美陸は本気でこれが夜行月のためになると思って行動しているのだが。
早速、彼は新しい生徒会長候補について思案を始めるのであった。
今回の総括
夜行星は夜行月のせいで死んだ。
神崎家の霊能力は女性のみに受け継がれる。
神崎美陸は夜行月を大事に思っている。




