バカとテストとローアングル2
テスト二日目、今日が千秋楽というものだろうか。二日間だからそこまでの盛り上がりはないか。
すっかり夜行星が傍にいる生活にも慣れてきた。一月と少々のわずかな時間でも、べったり傍に張り付かれれば、朝起きて隣に寝ていても驚かない。
「今日のテストが正念場だ」
「へ~。一位、取れそう?」
「ああ。……見に来るか?」
「えっ、いいの? 怖くない? あの、犬の人」
「大丈夫だ。むしろ、外から見ているだけでは未練が残るかもしれないだろう? テストの雰囲気を教室で味わってほしい。」
「……うん!」
これで土愚を蹴落とす仕込みは完了、勝手に負けてくれるだろう。
問題は天知だ。成績自体はいいものではなかったはずだが、あれはまだ何かしでかす顔をしていた。
何か手を打つ必要がある。何でもいいから、早急に。
私はスマートフォンで、早速従野に連絡を取った。
―――――――――――――――
テストが始まるたび、監督の先生が変わるとこのクラスの空気にたじろぐ。そんな光景を何度も見た。
だがテストは一度として同じものはなく、その状況とて同じことはない。
「……祢津さんと根来さんと天知くんがいませんが、誰か報告を受けている人は?」
誰も何も答えない。そうだろう、このことを知っているのは後は私と従野だけ。
先生も祢津がいない理由くらいは想像しているだろう、サボり魔の祢津がいないなら、それはサボり。
「ではテスト用紙を――」
「ゴール! 一着!」
用紙が配られるギリギリ前に教室にやってきたのは、根来とそれに引っ張られてきた祢津。
作戦の概要はこうだ。
祢津がハニートラップで天知を遠くまで連れて行き、根来のダッシュ力で二人だけ早くに戻ってくる。
とてもシンプルな作戦だが、天知が運動音痴で凄まじい馬鹿という二つの情報をまとめた結果だ。
案の定、祢津と根来が席について、テスト用紙が配られても、天知が来ることはなかった。
数学のテストが始まる、と同時に星が教室にやってきた。
「これが、テストなんだ。……みんな授業中より真面目だね」
問題を解きながら私は小さく頷いた。星は自分の口に手を当てて、静かにしなきゃと仕草で示す。
彼女も、この空気を邪魔したくないのだろう。私にしか見えず、聞こえないのに、律義で真面目なところもあるらしい。
……それに、黙っていても気配を感じ取れる奴がこのクラスには他に三人もいる。
「グルルルルルルル……」
「……あれ? 美空、やっぱりヤバくない? 近すぎない? 大丈夫? 大丈夫なの?」
私はこくこく、と二回頷いた。大丈夫だよと思わせるために軽く微笑んでも見せる。
だが、土愚の唸りはますます激しくなってくる。静かな教室の中で、先生や周りの生徒が少し気にかかるほどに、唸り声は音を増していく。
「大丈夫……じゃなくないかな? え、めっちゃ見てるよ? カンニングだよ? あれじゃ」
方程式に混ぜるように、私はOKの文字を用紙に書いて、とんとんと机を叩きそれを見せる。問題なしだ。
これを臨んでいたんだ。
「土愚さん……? 土愚さん、どこを見ているんですか? カンニングは……原則0点です! 来なさい、土愚さん!!」
「BOW! バウワウッ!! バウバウバウバウ!!」
先生が叫ぶと同時に、土愚は立ち上がりこちらに突っ込んできた。
これはもう、言い逃れもできないだろう。完璧だ。
数学はIとAの二科目分で合計二百点、これ全てが0点になった時点で土愚のクラス一位など夢のまた夢。
「わわわわわっ!! 来たっ! わーっ!!」
「バウワッ!!」
星が教室からぴゅんと飛び出てどこぞへと消えていく。土愚はその勢いのまま私の席に突っ込んできた。
先生が止めに――いや、止めに来たのは、影山だ。
「落ち着け土愚! おい、おい! しっかりしろ!」
「グルルルル……はっ! 私、何を……」
正気を失っていた土愚も、元に戻った。星が遠くに行ったからだろう。
影山が止めるとは思わなかった、席、離れているよな? いつの間に来ていたのか。
先生は影山にも注意したが、止めただけだから怒らないし、テストは継続していいらしい。ただし、土愚はアウト。
計算通り。
「し、失礼! 遅れましたっ! ……、何事?」
「天知くん、今からテストを? というか今までどこに……」
「行けます! やれます! っていうか早くやらせてください!」
「その下品なハチマキを外してからです」
慌てた天知と目が合った。
その瞳に黒い炎が燃えているような怒りと憎悪を感じる。土愚が廊下へ、生徒指導室へ連れていかれていくのも、彼の目にはきっと傍にいた私が原因だとわかったのだろう。
「……あんま土愚を煽んな」
影山がぼそりと呟いた。こいつが土愚の何なのかは知らないが、さては何かある。
――いや、私には関係ない。
ただテストで一位を取り、星を成仏させる。私にそれ以外のことは必要ない。
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「あの犬の人、別室で試験だって」
「…………」
「数学は0点なんだって~」
「…………」
静かな教室は文字を書くシャーペンの小気味よい音だけが響く。
それでも、私の耳にはこの世ならざる者の声が聞こえている。
というか、目の前にはじとーっと私を睨む、あんまり煌めいていない星の不満そうな顔が映っている。
「私を使ってあの人を陥れたでしょ」
「…………」
「別に、そこまでして一位取ってほしくないよ!」
「…………」
私はテスト用紙にテストと関係のない文字を書いた。
護道とキス。
「…………あっきれた~! もう怒った! 許さない!」
許さない、それで何ができるというのか。
そもそも歴史の授業など八割、九割が暗記だ。真面目にやっていれば馬鹿でもそれだけの点数は取れる。
星がいくら怒っても片手間に解ける問題しかない。
ぺきん。
シャーペンの芯が折れた。
「……ふふふ、サイコキネシス」
「……っ!」
干渉できるのか、こいつ。未練を晴らして薄まった後だっていうのに。
カチカチとノックを繰り返した端からぺきん、ぺきんと芯が折れる。
「……おい」
「ふふ、喋っちゃう? 別にこれが迷惑なら、こんなこともするけど」
星は机の上にどかっと座る。これだけでテストの問題用紙も解答用紙も見えず、問題を解くことはできない。
まあ、それはこいつのスカートを覗くようにすればすぐに退くからいいけど。
「変態! 馬鹿!」
「邪魔するな、お前の未練だろう」
小声でひそひそ喋るが、それでも少し目立つ。まだ疑念の目を向けられるだけだが。
「私はいいよもう! それより美空に仕返ししてやらないと気が済まない気分。幽霊の恨みは恐ろしいよ~? 祟るよ~?」
洒落になってない。私もムッと不満な表情を浮かべるが、それはこいつに笑顔を浮かべさせるだけだった。
いやマジで、え、護道とキスできないじゃんこれ。
何のために従野に色々頼み込んで護道や天知を妨害し、土愚を追放したと思っているの?
「いやほんと、星……」
「……神崎さん、テスト用紙に何を書いているんですか。はぁ……」
あっ! 先生に『護道とキス』を見られた!
……というそんなこんなで、歴史のテストは最悪の結果となったのであった。
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そして、結果発表。
初日の教科はまず国語から。古文と現代文がセットになって、現代文が100点、古文が50点。
授業を受けずとも解ける人は解けるが、記述問題は加点方式の物が多く、それは授業で多くヒントが与えられているため真面目に受けるに越したことはない。
で結果がこちら。
一位 神崎 150点
二位 天知 148点
二位 護道 148点
四位 誘子 144点
四位 土愚 144点
満点を取れるとは思っていなかったが、ここで差をつけることができたのは嬉しい。
……と言いたいけれど、歴史がダメだから私にとって結果などもう、どうでもいい。
天知がなんか凄いって思ったけど、本当にもうどうでもいい……。
―――――――――
化学のテストは暗記する公式や内容が多く、しかも応用も多く含まれている。
今回の中間考査において、英語とこの化学が最も気を付ける点だろう、妨害などを考えなければ。
結果はこちら。
一位 毒島 100点
一位 土愚 100点
三位 天知 96点
四位 護道 95点
五位 神崎 94点
応用が多く、特に二点は絶対に落とすだろうという問題があった。
テストで100点を取るというのは、差をつけられない、生徒の実力を確実に測れないから問題になるのだという。
それでも100点を取れるのは、変な薬を作る毒島は本当にこういう分野に精通している証左だ。
土愚、天知につけた差がここでなくなってしまった。どうでもいいけど。
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英語は長文が100点、文法が50点で合計150点。
こちらも暗記と応用力が必要になる。
ただ、全て訳さなければならないため、現代文に比べて内容を理解すれば簡単に解けるものが多い。
結果。
一位 天知 150点
一位 土愚 150点
三位 護道 148点
三位 誘子 148点
三位 神崎 148点
覚えてわかれば誰でも解ける。中学の内容をしっかり理解していれば、難しくないテストだっただろう。
――――――――
数学はIとAで200点満点。
土愚と天知を蹴落とした、とっておきのテストだが、……。
一位 神崎 198点
二位 護道 190点
二位 誘子 190点
四位 天知 186点
五位 羽田 184点
これが、意外と天知も粘るし、護道も全く成績を落としていない。
堕とせたのは土愚だけだ。土愚さえ落とせば、それでもなんとかなるところだった。
歴史さえなぁー、普通に解けていればなぁー!
―――――――
で、歴史。
一位 天知 100点
一位 土愚 100点
一位 誘子 100点
四位 立島 96点
四位 護道 96点
後から問題用紙を見たが、決して簡単な問題とは言えないレベルだった。暗記すればいいが、少なくとも歴史の成り立ちや経緯を知らねば解けない記述問題は、黒板に書かれずに先生が口頭でだけ言った内容も多かった。
授業をきちんと受けているか、毒島の化学のように内容を真に理解していなければ解けないはずだ。
……私が何点であったかは伏せるが、優等生であるはずの私と土愚が赤点者の補習に出ることになったと言えば理解していただけるだろう。
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総括
一位 天知 680点
二位 護道 677点
三位 誘子 674点
四位 羽田 664点
五位 曽根崎 662点
なんとまあ。
………………いや、私が赤点を取って星は嬉しそうだから結果オーライだと思われる。
これで未練がどうなったか、星が消えるかどうかはわからないが……。
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放課後、ついに天知と護道が教室で二人きりになった。
「せ、セックスするんだってね……」
「星はそういうのが見たいのか?」
「ま、まあね」
ませたガキであるらしく、教室から離れたろうかで、そんな星の声を聴いていた。
星は幽霊であることを活かして、二人がどのように事に及ぶのかをじっくり見るつもりらしい。悪趣味と言えば悪趣味だが、今までこういうことを見る機会がなかったわけでもあるまい。
テストだって、夜行月の傍にいられずとも、学校のテストを覗くことはできるだろうし、人間の情事だっていくらでも覗けたはず。
彼女の十年間はどのようなものなのか――いつか、聞いてみるべきなのかもしれない。
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「護道、約束は忘れていないだろうな」
「……やっぱ敵わないか。昔からずっとそう、なんで、アンタが……」
「んな話はいいんだよとっとと脱げ脱げ!」
「え、ここで?」
「おれは今すぐしたいんだよ! セックスセックス!」
複雑な面持ちで、護道は言われた通りに服を脱いだ。
服が引っかかるほどの大きさの胸がたわわに揺れるのを天知は舐めつくすような目で見て、思わず息を飲む。鼓動が高鳴っているのは片方ではなく、その緊張感と夕日に映える教室で行われる情事の予感を思わせた。
「……胸のサイズは?」
「……言わなきゃダメ?」
「気にしているのか?」
「……まあね。95のH、って言ったら喜ぶわけ?」
「喜ぶに決まってんだろそんなもん!」
どうしようもない最低で下品な男であるが、果たして本当にこのまま情事が行われるのか。
否、この物語は十八禁ではない。
「……ちょっと待て! これは……和姦じゃないか?」
「……え、なに?」
「燃えないだろそれじゃ! よし、こうしよう。今から全力で抵抗しろ。おれは無理矢理やるから」
「え、それ本気で言ってんの」
「こっちは最初っからクライマックスで本気なんだよ行くぞこらっ! うおー!」
一閃。
護道のハイキックが天知の体を吹き飛ばして壁に激突、そのまま無様に倒れた。
瞬間にパンツが見えたのと、今、地に倒れ伏しながら、下から覗き上げる護道の下着を天知はとにかく目に焼き付けていた。
「……それじゃいつもと変わらないのに、気付かないくらいバカなんだ……。なんでこんなバカが頭良いんだろう……」
護道は服を着て、すたすたと帰った。
天知りんご、それが選んだ男の花道。
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「て感じだった」
「マジで時間と努力返せよ。……いやそれはどうでもいいけど、赤点がなぁ」
「ごめんね?」
「……いいよ別に。星が気に病むことじゃない」
「キスしてあげるから!」
「それは嬉しい。最近、従野と疎遠だったしな」
幽霊とそっと口づけを交わしながら、少し上機嫌になって家に帰った。
こうして、中間考査は幕を閉じたのであった。




