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バカとテストとローアングル1

 五月中旬、中間テストは主要五科目を二日間に渡って行われる。

 初日は国語、化学、英語。二日目は数学と歴史。

 クラスは静寂に包まれながら、奇妙な緊張感があった。

 以前の学力テストの時、へらへら笑っていた連中はもういない。

 戦場、というのはこういうものなのだろうと、ふと思う。

 誰もが勝利という一つの目標に向かって進む、どれほどの屍山血河を築こうとも戦い抜く。

 だが、隣にいるのは全員が味方ではなく倒すべき敵である。


「じゃ、じゃあ国語のテストを開始します」


 先生すら戸惑い気味だ、他のクラスとは比べ物にならない集中力を皆が持っている。

 だが、護道のなんでもお願い券を賭けた我々以外にとっても、本気を出さねばならない戦いなのだ。

 再試や補習は赤点を取った場合に行われる。その赤点は平均の半分以下が条件になるのがルールだ。

 誰もが今回の中間考査に真剣になっている。

 それでも私は諦めるわけにはいかない、護道以外に、背中に負ったのは死者の魂と縛られ続けた人の心がある。

 これは、大義のための戦いである。


――――――――――――――――――――


 国語は土愚の苦手科目、彼女は理系らしく、学力テストでは国語と歴史の点が低かった。

 しかし反対に数学や理科系の科目では満点をも取っていた。仕掛けるのはそこだ。

 一つ目の試験はつつがなく終わった。クラスでは喜びに漏れる声はなく、全員が次の戦いに備えている。

 だが、今更になって元素表を読んでいる奴らとは備え方が違う。

 西木戸さんと目配せをして合図する。

 土愚さん打倒計画、発動だ。


 

 テスト中、教室の後ろから風が吹く。

 生徒の鞄を入れるロッカー、その中からバッテリー式の扇風機を動かして風を吹かせているのだ。

 そこに、犬用の餌を取り付けている。

 


 西木戸さんはヤバい人過ぎて自分のペットショップで売っている餌を土愚さんに食べさせている。

 同級生に犬の餌……でも相手は土愚さん……。

 いやヤバいのは、土愚さんに犬用の餌を食べさせていることではなく、土愚さんに安心して食べてもらうために西木戸さん自身がその餌を食べていることなんだけど。

 それは今は置いといて。 

 今、扇風機にとりつけているのは土愚さんがお気に入りの餌というものだ。その匂いを教室に充満させることで彼女の集中力を失くす。

 さあ、この作戦がどれだけうまく行くか。

 ヘッヘッヘッヘッヘッヘ……と短い獣の呼吸音が静かに響きながら、テストは滞りなく終わった。




「土愚さん、化学どうだった? 得意科目だったよね」

「ふふ、自慢みたいに聞こえるかもだけど、満点取れる自信あるよ!」


 次の英語のために少しでも勉強をしようという人が多いため、そんなありきたりな会話が妙に耳に沁みつく。


「へ、へぇ~……、集中できた?」

「うん、なんだかすっごくいい匂いがして頑張ろうってなったわ!」


 おいおいおいおい逆効果じゃない西木戸さん。土愚さんのへらっとした顔が目に映ると、隣の西木戸さんが泣きそうな顔で私を見た。いや見られても。いや見られても。

 私の化学の満点は、流石に自信はない。暗記で間違えることはないだろうが、元素式などの応用や仕事の問題というのは教科書外のものを出すと先生は言っていた。その辺り、確実に合っている保証はない。

 土愚さんに点数で負けている可能性が高い。

 国語や歴史で取り返す? 歴史は単なる暗記だ、土愚さんが中間の短いテスト範囲を失敗するとは思えない。

 数学も公式があるからこそ応用問題が多くある。そこで差をつけられてしまうと相当に厳しい。数学で満点を取られた日には勝ち目がなくなる。

 ……使いたくなかったが、数学で第二の作戦を使う必要がある。

 私は窓の外の夜行星をちらりと見た。


――――――――――――――――――――――


 さて、本日最後のテストは英語だ。

 基本内容の文型や三人称、過去形のような基礎の基礎から行われているが、英語長文を読み解くには単純な暗記では乗り越えられない壁がある。

 先生のテストの作り方次第だが、ここでもそれほど差はつきにくいと思っている。

 なにせ、英語は私の得意科目でもあるからだ。

 

「ちょっと、神崎殿」

「……大堂か。なんだテスト前に」


 毒島組の大堂、名前と外見程度は知っている。いきなり話しかけてくるほど仲が良いわけではないが。

 

「よく、人にキスをしていますが、キスされるのは珍しいと」

「ああ」

「……私からキスしてみたら、どうです?」

「来い」


 大堂とキスをしたことはなかった。身長が高いしばったり出会ってもキスできないのだ。高くて。

 それを何を考えてかキスしてくるとは、誰かに脅されているのかもしれないが、私にとって貴重な経験だ。何より最近従野とキスできていなくて飢えている。星に嫌がられながらキスしたり、美海にキスしたりをしているくらいだ。


「……私、初めてなんですけど」

「……む? お前から言い出したんだろう? キスしろよ」

「……えっと」

「じれったいな。こちらからキスをしても」

「いや、ちょっと待って……」


 あろうことか、大堂が逃げ出す。私はそれを追いかける。ここまで来て焦らされてたまるか。

 だが大堂はデカすぎる分歩幅も大きく、それなりに走っても全力疾走で逃げる大堂を追うことはできなかった。

 なんだったんだろう、と思いはするものの、これ以上気にしても仕方がない。

 テストの時間が近く復習をする時間はなくなったが、そもそもテスト前の休み時間などで復習はしきれない。

 行くか。


―――――――――――――――――――――


 初日のテストが終わった。

 祢津などは大きく伸びをしている。

 根来は魂が口から抜けたように脱力して貴田に心配されているが。

 ふむ。


 誘子や羽田は複雑そうな、見るからに痛々しい表情を浮かべていた。このクラス全体集中ムードのテストにあって、明らかに本気を出せなかったという悔しさが滲み見える。

 一方で、護道と土愚は、まるで王者のような雰囲気を持っていた。今まで以上の実力を出せたという自信、そして一位を取れている確信。

 この戦いの渦中にあって自分は絶対に生き残り一位になるという確信は、戦いをどうでもいいと思っている者にも、普通にできた者にも出せない表情だ。


 ――ただ、警戒すべきは。


 天知と目が合う。

 あれはきっと、私と同じ目をしている。

 クラスの中の敵を覗き見る目。

 自分の成績以上に、蹴落とすべき敵の様子を伺い見るハイエナのような、ハンターの視線。

 大堂をけしかけてきたのはあいつだ、と本能が直感した。

 あいつ、クラス二位の私を蹴落とすための作戦を考えていた。

 まさか狙われている立場だと予想だにしなかったが、私と同じような考えの奴がいるのも無理はない。

 だがそれは、余程本気の場合だ。

 学校のテストの点で優秀なやつを蹴落とすなど、学生の本分を妨害するような行為は普通許されない。どんな大義名分があろうと。

 人のことは言えない、私だって天知に文句を言うつもりはない。

 気になるのは、奴は何を望んでそんなことを……。

 

 天知は、額に『セックス』と書かれたハチマキを巻いて、鞄を背負い帰路に向かった。

 ……負けられない戦いが、ここにある。

今回の総括

西木戸紅はヤバい。

天知りんごもヤバい。

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