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未練と勉強と妨害

 屋上に続く扉がある階段の踊り場、まず校内で誰も来ないだろう場所に私は立っていた。


「ふむ、ご無沙汰だ、夜行月」

「いた、神崎さん」


 ゴールデンウィークを挟んですっかり久しぶりになってしまったが、彼女は変わらず元気そう、なのか元気がなさそうなのか。


「それで、星は成仏しそうですか?」

「未練が一つ晴れて心なし弱まった。が、まだまだ元気といったところだな」


 淡々と告げるのはお互い様だが、夜行月は本当に感情が失せているような、褪せているように見える。傍に浮いている星の表情が曇っても、顔色一つ変えていない。

 そもそも、興味もないのか。


「……私が話をして、成仏する可能性は?」

「それだけの未練があなたにあれば。ただ、以前に一言二言と言葉を交わしている以上、望み薄だ。余程あなたに伝えたいことがあるなら、あるいは」


 ちらり、と星の顔を覗く。

 ここで彼女が涙ながらに思いの丈を暴露しようものなら、それはそれで良いだろう。

 だが、口をつぐんでいる以上、それはまだない。

 きっと夜行月を焦らして、円満な会話をしたいために耐えているのと――現世の未練が少し残っているのだろう。


「今はしたいことをさせている。私以外にもこの幽霊の気配を感じ取れるものがいて、そいつが気配を感じ取れないほど弱まった時を契機にしようと思っている」

「それで構いません。……よろしくお願いします、神崎さん」


 夜行月は恭しく頭を下げて、話がないと階段を降りていった。

 残された私は、再び星の顔を見た。


「……話してみても良かったんじゃないか?」

「……つーちゃん、それで話してくれたかな……」


 星は不安そうに呟いた。

 成仏するなら会話する、と夜行月は言った。

 だが、それは姉妹の会話なのか。ただの鎮魂のための儀礼であれば、星にとっては何の意味もないだろう。

 昔のように、夜行月と話がしたい。楽しく、明るい思い出話を。そんな叶えられるかもわからない夢を。

 いろんな心配が彼女にはあるだろう。普通、成仏するといえばそれこそ嫌がるのも自然なことだ。

 なのに彼女は向き合っている。

 それは、きっと尊いものだ。


「しばらくすれば向こうから話したくなるさ。今のうちに楽しいことをいっぱいして話のネタでも作っておけ」

「……! うん! 美空もたまには良いこと言うねっ!」


 キランと星の目が光る。

 あの人ほど興味は湧かないけれど、それでもこの目が最近綺麗に見えてきた。


――――――――――――――――――――


「テストで一位とってよ」

「は?」


 夜行星が突然言った。

 ジョジョを読んでからというもの、彼女は未練を減らして土愚さんに気付かれにくくなった。

 で、よく窓の外から教室を眺めているのだが、どうも最近のクラスの変化に彼女も気付いているらしい。

 護道六華、賭け事とか頑張ったことのご褒美なんてガラじゃないと思っていたが、まさか身売りしてまでクラス平均を上げようとするとは。バカすぎる従野をいじめたくなったのか? と思ったが彼女にも思惑はあるらしい。

 私まで本気を出すのは忍びない、と思っていてなんなら手を抜くつもりまであった。

 学力テストは中学三年間の内容だから何が出るかわからないが、いかに高校といえどたかだか一ヶ月少々の範囲しか出題されない中間考査なんて、満点だって狙える。


「一位を取って何になる?」

「大変なんでしょ~? 私だってドラゴン桜とかバカとテストと召喚獣とか見てるんだからね~?」

「……それは私も再放送のドラマで見たことあるけど」

「え、バカテスってドラマとかやってたの?」

「違う違うドラゴン桜。そのバカ……は知らないし」

「え~面白いのに~」


 面白いかどうかは問題じゃない。子供だから漫画ばかり見て育ったのか、星はこういう無駄話が得意なようだった。

 しかし、テストで一番か。


「美空みたいな不良が一番取ったら感動でしょ? 未練も晴れるかも」

「待て、誰が不良だ。私は成績だけなら優等生だぞ」

「そうなの? 見えな~い♡」

「煽るな。一位くらいとってやるから」

「本当!? 美空のお手並み拝見と行きますか!」

 

 腕をぶんぶん振って楽しさを体で表現している星を見ていると、妹がもう一人できたみたいだ。

 となると、本気を出して頑張ってやろうという気持ちになる。

 もし私が二位以下をとってみようものなら、テストが来るたびに『美空の一位が見たい』という未練になりかねない。

 勉強はする、勉強はするが……。





「まず、邪魔する方法を考える」

「え? なに? 邪魔?」

「私くらいになると百点付近を取るのは簡単だ。だが競争、戦いとなるなら、相手の点数を下げた方が速い」

「バカテスにはあったね……そういうの……」

「ふむ、詳しく知らないが、勝つために手段は選ばないということだ」


 となれば標的は自然と決まっていく。

 土愚犬犬、全国トップクラスの知能を持つクラス一位の才女。

 彼女を落とせば、繰り上がりで私が一位だ。

 こうして私が護道に堂々と私の願いをぶちまけた。


―――――――――――――――――


 マジで全員が真面目に勉強している雰囲気でビビっているが、これは偏見のせいだろう。

 真面目な奴は最初から真面目にやっている。

 馬鹿は自分が一位を取れるわけないのに馬鹿だから勉強している。

 一位を狙える奴はそんなことはしない。勉強はしつつ、妨害を考える。

 さて、あれに見ゆるは土愚さんと西木戸、陸上部で仲が良い二人だ。


「土愚さんって、頭良かったよね。……もし一位を取ったら、護道さんに何かお願いするの?」

「どうしようかしら? 根来ちゃんみたいに、陸上部に入ってください、っていうのは?」

「……これ以上増えたら、私と土愚さんの時間が減っちゃうよ……」

「わ、きゃふんっ……♡」


(雌犬が……)

 すっかり飼い慣らされつつある犬だが、あれで断トツに頭が良く、全国レベルの知能を持っている。

 彼女の成績を下げることが、一位になるために必要なことなのだ。


「……西木戸さん、ちょっと話が」

「っ、キスはしないよ!?」

「いやしないでいいから」


 将を射んとする者はまず馬を射よ、だ。土愚犬犬を倒すには、最も近しい者を手懐ければ良い……。


―――――――――――――――――――――――


「そんなに護道とキスしたいわけ?」

「ん? ……ああ、いや、夜行星が一位を取ってほしいって願っただけで、私は別に」


 あくる日、従野がそんなことを聞いてきたから、そんな風に言葉を返した。

 従野もよく勉強を頑張っているようだが、私は教えていない。

 正直、従野に勉強を教える時間は無駄すぎる。

 その分、土愚さんや護道が従野に勉強を教えているおかげで、彼女らの成績が少しでも下がってくれれば助かる、という感じだ。


「……じゃあさ、一位取ったら私に譲ってよ。護道さんと遊ぶチャンス作るの」

「ふむ」


 願いの内容は、言ってしまえば、確かに、どうでもいい。

 一位を取ることが目的であって、護道に望みを聞いてもらうことは目的ではないからだ。

 しかし従野め、そこまでして願いを叶えたいのだろうか。


「いや、私とて護道自らキスさせる貴重な機会だ、譲らん」

「……ほ~ん、あ、そう。そこまで護道とキスしたいの。じゃいいけど。一位取れればね」

「お前とは違う」

「あー、いい、いい。別に。好きにしたら? そんなにキスしたいならそのための努力すればいいよ、うん。別に今更? あんたが私以外の誰とキスしてようと気にしないし、あー、むしろいいんじゃない? お互いに同意のうえでキスできんなら、すれば?」


 鼻につくような言い方をして私を煽り立てる。

 確かに護道は美人で背も高く胸も大きい、頭もいいし悪いところはない女だ。友達の中でも親しくしたいと思う気持ちは従野にも芽生えているかもしれない。

 そんなに護道と一緒に遊びたいというのなら勝手にすればいい。

 全くもってお互い様だ。


「ふん、せいぜい頑張るんだな」

「あー、はいはい。あんたもせいぜい頑張れば? 護道のためにさ」

「星のためだ!」


 クラスから何やらじめっとねばつく視線を感じた気がするが、それは妙に苛立ったため全て無視して、私は勉強を始めた。


――――――――――――――――――――


 土愚については西木戸さんと密約を交わしていくらか乏しめる方法を編み出した。

 なにせ一位の彼女は私が真っ向勝負しても勝ち目の薄い相手だ。打てる手は二つ三つと考えている。

 そのために、西木戸さんと土愚さんの三人で放課後に散歩したくらいだ。彼女の能力を測るために。


 だが、相手はそれだけじゃない。

 最近の護道はかなり集中して勉強に取り組めている。それこそ、従野に勉強を教えながらも、前より成績が伸びている可能性もある。


「……従野、護道の邪魔をしてほしいんだが」

「……は、なにそれ。自分に自信がなくなったの?」

「必要なことだ」

「……なんだってもー、自分に都合の良い……、放課後に勉強教わってるだけで六華にとって邪魔なわけ。これ以上迷惑かけられないし」

「頼めるのはお前しかいない」

「…………はぁ。六華に悪いかなと思って頼めなかったこと、いくらか頼んでみる。結果として邪魔になるってだけで、別に神崎に言われたからとかじゃないから」

「恩に着るよ」

「……クッソ」


 こういう時に従野に甘えるのは、流石に申し訳ない気持ちになる。遠慮してキスもできないほどに。

 けれど、今回のテストだけは済まされない。

 夜行月とのキスのため。


――――――――――――――


「誘子頼む! 勉強教えてくれ!」

「今日は無理だって言ってるだろ。お前中学の復習の三ページくらいで何時間かかった? 関数とか連立方程式なんて……」

「カンスーってなんの奴だっけ」

「お前マジでな」


 四位はあの誘子というやつらしいが、影山の馬鹿友達のせいで勝手に順位を落とすだろう。

 五位は羽田。高校に入って最初に私がキスした男だ。


「な、羽田くん頼むよ~、なんか最近勉強してないみたいじゃない?」

「べ、別に僕は一位とか興味ないから」


 同じ影山組の馬鹿に付きまとわれている。それに本人が一位に意欲的ではない、と言っている。実際に勉強しているかどうかはともかくとして、集中が乱されているのは間違いないだろう。

 六位以下について注意する必要はあるだろうか?

 否、そこまで下を気にしては逆にこちらの勉強が疎かになる。

 

 勉強に必要な才能とは、一心不乱に没頭すること。

 私の集中を乱す些事はもうなくなった。

 最高の集中力をもって、この中間テストの冠を頂こう。

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