キャラエピソード・立石熊也
教室が、いつになくしんと静まり返っていた。
誰も彼もが勉強に集中している。騒がしくすることを許されない厳正な雰囲気があった。
数日前まではこうじゃなかった。先生も俺たちもわいわいと元気に楽しみながら授業を受けていた気がする。
変わってしまったのは、そう。
中間テストで一位を取れば、護道六華がなんでもいうことを聞いてくれる。
ひとえに、そのために、ひたすらに。
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「聞いたぞ護道、テストで一位を取ればなんでもいうことを聞くと」
俺もぼんやりと聞いていた話だが、その出所が天知だから何も信用していなかった。あいつは信用ならないグループの中でも特に信用ならないやつ、くらいの認識だったからだ。
真面目な護道さんに、不躾に聞いたのはキス魔の神崎。あいつも信用ならない馬鹿の命知らずだから堂々と本人にそんなことを尋ねていた。
護道さんがそんな約束するわけないだろう、と誰もが思った。
だが。
「この護道六華に、二言はない。わかった?」
「キスしてもらうぞ、胸当てながら……あ、いや胸はいい。胸はいいです。だから従野そんな顔するのは……」
神崎は幼馴染みのご機嫌とりを始めて話は終わったが、護道のその台詞はクラスの戦士たちの闘志を激しく燃え上がらせた。
静かな熱気が教室を包む――世はまさに、勉強時代。
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走るの大好き根来雌子が健気に勉強をしていたのも衝撃だった。授業をサボって走るほどの女子なのに、椅子にかじりついて勉強する様子は友人たちが心配するほどだ。
「護道さんに陸上部に入ってもらうと、きっとすごく楽しいよ!」
そんな純粋な願いから、笑顔で根来はそう言った。
微笑ましくて美しい、毒島たちに聞かせてやりたい。
きっと、俺も学ぶべきなんだ。
「影山、俺はお前に続くぜ」
「え、何が」
「俺はテストで一番になって護道を彼女にする……!」
「いやそれ、男としてどうなんだ」
影山の目がどんなかわからなくたって、糾弾しているってのはわかる。
だが、だが! 男には引けない時があるんだ!
あれを見ろ! クラスの真ん中の天知!!
『セックス』と書かれたハチマキをつけていながら、あの恐るべき集中力!!!
「建前や冗談じゃ済まされない本気の想いが勝利に繋がるんだ。俺はそう思う」
「……いや、好きにすればいいけど」
俺はやる、俺はやると決めたのだ!
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というわけで、中間考査まで教室はまるで厳正な雰囲気だった。誰もふざけることもない、というか。
あの根来でさえ真面目に勉強しているのだ。クラスで二番目にバカだった俺まで勉強するぐらいなんだからな。
「……なんでひよりまで勉強してんの?」
「六華。いや私マジで馬鹿だから勉強しないとやべーの。これ今回絶対平均上がるでしょ」
「ああ、なる。それどころじゃないわけね」
「でもお願いはあるよ? ゴールデンウィーク忙しくて遊べなかったっしょ。適当な週末に一緒に遊ぼうよ、って願い」
「……はぁ、みんながひよりみたいだったらいいのに」
「なにそれ」
従野と護道が良い雰囲気になった途端、前の席の神崎が従野に思いきりキスをした。すげえ勢いで見てたこっちがビビる。
「護道、お前が叶えるのは私にキスをする願いだ」
「……アンタはマジでなんなの?」
「嫌がる奴にキスをするのが好きでな。嫌がりながらキスをしてくるというのはどういうものか気になって……一番好きなのは従野の手を握ってキスをすることだが」
「いや、ハズイこと言ってんのわかってる? ま、いいけどさ」
煽られたかと思ったら急にイチャイチャを見せつけられた護道がモアイ像みたいな顔をしていた。いやマジでそんな顔にもなる。絶対に影山は騙されているぞ。かわいそうに。俺だけが初の彼女持ちになるからな。
しかし、右も左も勉強をしているというのは本当に珍しい感じだった。
祢津航、授業をしょっちゅうサボっているアイツまでなぜか勉強している。
「なんであんた勉強してんの? 護道目当て?」
「うん、写真撮らせてもらおうと思ってさ」
貴田と祢津が仲が良いのも意外だが、祢津が写真を撮りたいというのも意外だった。そもそも真面目に勉強しているのも意外なのに。
「写真? なんで」
「護道さん、胸大きいし見ごたえがあるから」
「男かよ」
祢津のそれは想像以上にストレートな欲望のためだった。神崎と変わらないぞ、それ。
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そんな、護道の契約でテストを頑張る奴らが山ほどいるせいで、教室はすっかり真面目な空気だった。
元々静かに寝ている貴田とか、静かに頑張っている草野とかが普通にやっている分、馬鹿だけ静かになれば全体が静かになるのだ。
「え、え~……、天知くん、そのハチマキは……外してください」
「エスイーエックスならいいですか? 交尾は?」
「いえ、そういうのは……」
「じゃあセッソやゼクスは? ウコチャヌプコロでもカーマスートラでもいいんですよこっちは!!」
「え、え……」
しばらく後、天知は蔵馬先生に連れていかれた。だけれど帰ってきた時に蔵馬先生の方が疲弊していた。
「こいつ、今日はなんか妙に姑息な言い逃れをしてきたぞ……」
「ふん、浅はかな倫理観しか持たない、社会にも出てない一介の教師に劣るかよ。セックスを侮りやがって」
そんな憎まれ口を叩きながら、蔵馬先生は逃げるように去った。これ以上天知を叱っても仕方ないと思ったのだろう、恐るべき天知。
だが、負けてられない。
底辺中の底辺、そんな俺が踏ん張ってこそのチャンスなのだ!
戦え立石熊也! やるのだ立石熊也!
俺は、俺の本気は……これからだ!!
「……で、実際どうなんだ?」
熱くなっていたところに、影山が冷静な声を浴びせてくる。
実際のところ。
「……割と授業はわかるようになったわ。なんかみんな勉強してるし雰囲気に当てられて……得した気分だけど……」
教室全体が勉強する雰囲気になったのは、いいことだと思った。今でもふざけられているのは天知くらいだ。あれは本人にとって真面目なんだろうけど。
「でも無理だなぁ。土愚と神崎と護道が勉強してんだから勝てる気しねえわ」
「だよなぁ。スリートップの格が違うせいで一位なんて狙いっこねえだろ。四位はどう思う?」
「え? まあいつも通りに」
誘子、いつも一緒にバカやってるやつがクラス四位だったという事実をブチかまされた。こいつは悪霊小路に一緒にいって逃げていた馬鹿の仲間だと思っていたのに!
「誘子、お前……お前一位になったら何を頼む気だ!」
「ん? ……そうだな、護道は背が高いのに席が一番前だから変わってもらおうか。たまに黒板が少し見えなくて……」
「これだから! これだからお前は!!」
激しく文句を言うと、同じように悪霊小路に行って石をぶつけられた柴木に共感してもらった。
――教室の雰囲気はころころ変わるけど、熱い友情を育めました。
諦めない程度に勉強は頑張っていきます。だって平均点以下を取りたくないから。
ビバ、高校生。




