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キャラエピソード・天知りんご

 五月といえば、中間考査の時期である。

 春、高校一年生で初めてのテスト。中学とはうってかわって教科も増え、生徒たちは大人への階段を強烈な洗礼を持って登っていくのである。

 が、そんなこと関係なく大人への階段を数段飛ばしで駆け上がりたい、そんな奴もいる。

 毒島組とは誰が呼んだかクラスのマジでヤバめの不良集団。

 しかし毒島組以上に一部に警戒されているのが特攻隊長の天知、通称『チビの天知』である。


「ふんふふんふふ~ん……白、白、ふん、純情ぶりやがって」


 階段を這うように登る天知は、そう呟いた瞬間、視点が頭十つ分は高くなった。

 首根っこをひっ掴まれて持ち上げられるほどの体格、身長128センチの小学生ボディは童顔と名前も相まって女子、いや女児と間違えられることが多い。

 が、容赦なく彼の顔は打たれた。邪悪な下心はいつもこうして成敗されていた。


「次、見かけたら蔵馬先生に叱ってもらうからね~」


 もっぱら制裁を加えるのは護道組で、護道と同じ中学にいた鹿目と満仁である。最近は市ヶ谷に連れ去られたり、岬に蹴られたりしているが。


「お、おのれぇ、おのれぇぇぇーーーーっ!!」


 声を張り上げたところを、他の女子にも男子にも見つかり、袋叩きに合う。これは可愛がられている面もあるが、当の天知が苦しいだけなのに違いはない。


―――――――――――――――


「天知殿、また髪が伸びてきたなぁ」

「ちょっとエロ本買いすぎて金ない」

「髪切るようのお金を貸したはずでは」

「……あーっ、エロ本用だと思ったわ。じゃあ次は髪切るようを……」

「エロ本用の金など誰も貸さんて」


 大堂の肩から下ろされて天知は自分で歩くことを強要される。彼とは中学で出会った親友で腐れ縁でヒモである。

 およそ最低最悪人間のようであり、同じ中学の人間にとって毒島以上に警戒すべき人間になっているのだが、しかし彼を少しだけ買っている人間もいる。

 大堂がその最たる例だ。大堂は天知に救われて今を笑って過ごしている。

 毒島組と呼ばれるようになったのは、女子の健康診断や入学式で邪悪な行いをしようとした時、偶然にも毒島がそれを先回りし、しかもよりハイグレードな内容だったために定着した名前である。毒島は彼を自分の後輩のように思っている。

 そして、最後に一人。


「……また天知のこと考えてたでしょ」

「……は? なんで私が……」


 鹿目に図星を突かれた護道六華が弱々しい否定をする。妙に物憂げな瞳に、困惑するのは岬や市ヶ谷である。


「なにかされたの~? また私が……」

「いやいや、そうじゃないんよチガっちゃん。あのカスあれで中学の時ダントツの成績トップだったの」


 土愚や神崎がいない中学の時、それでも護道はクラス一位ではなかった。厳密には、途中からは一位を独走していたが。

 満仁の言葉に疑問を抱いた市ヶ谷が、わざとらしい態度で頬に指を当て思い出すように言う。


「あれあれ~、でも天知くんってこの間のテストじゃ……」

「クラス十七位、ちょうど半分くらいの位置だったねぇ」


 バカではないが賢いとも言いづらい。ザ・平均、至って普通の成績であった。


「……バカになっちゃったのかな~?」

「い、市ヶ谷ちゃん、見られてる、よ」


 教室で堂々と話せば、そりゃ天知もいるし話も聞こえるし目も合う。

 天知は写真家がするように四角を作り、護道組の五人を捕らえた。


「タイトル、十のおっぱい」

「死ね」

「あ! ごめんなさいお前マジで蹴るから嫌い! すいませんすいません!」


 鹿目が凄まじい勢いで近づき、天知が謝り倒すと、間に大堂が立った。巨山の動いたような錯覚にさしもの鹿目も一歩下がった。


「もう、謝ってますから、ここはなにとぞ」

「…………」


 しばらく鹿目は見てから。


「死ね」

「あいたぁーっ!?」


 思い切り大堂の脛を蹴って戻った。


「あ~助かった。やっぱ鹿目怖いから鹿目がいる時は大人しくしとくかぁ!」

「いや……俺が助かってない……」


 痛みに悶える大堂と能天気な天知、それを坂井は離れて見守っている。毒島が休みなので今日は彼らのストッパーがいない、そのためこんな空気になっている。

 結局は悪が成敗されるいつも通りの空気なのだが、護道だけはまだ何か引っ掛かりが残っていた。


――――――――――――――――


「あんたには絶対負けないから」


 と、中学の時に護道がテストの点で天知に勝てなくて、そんなことを何回言っただろう。

 決して諦めるつもりもないし、毎回勝てる、勝つぞという気持ちも持っていた。

 ストイックな護道には自分を誤魔化す言葉はないし、がむしゃらに目的のために努力を続けることができたのだ。

 だが、天知はそのテストの結果を見た時。

 一言。


「くだらねえ……」


 その次のテストからずっと、護道は一番になった。


―――――――――――――


「っていう話なんよ~、よりのんはどう思う?」

「え、なにじゃあ六華は自分のせいで天知がやる気なくしたとか思ってるわけ? いやそれはないでしょ。あんなん遅かれ早かれこうなってるっしょ」

「いや、それは私もそう思うけど。でもあいつここに入学はできてるし」


 既に学校は女子会、というか従野のお悩み相談室という形になっており、護道と満仁が従野と話を続けている。


「いや入学って言ったらそれよりのんが一番不思議だわ。どう考えても無理でしょ」

「ばっか私だって死ぬほど勉強すれば入学くらいはできるし。マジで死ぬほどがんばったし」

「なんでここ? まあ聖桜は良い方の進学校とは思うけど」

「そりゃ……神崎がここがいいっていうから……いや笑うな! わーらーうーなーっ! くっそ、もう話聞いてやんね」

「あはっ、ごめんごめん。それでさ、天知になんかやる気出させる方法とかないかな?」


 満仁が提案するのを従野はちょっと考えた。オタクっぽい趣味なら満仁や毒島の方がはるかに詳しいが、従野には二人にない広い人脈がある。


「おけ。本人にそれとなくダイレクトに聞くわ」

「それとな……いやどっちよ」


――――――――――――


「で天知、昔賢かったんだってねぇ」

「……お前、この毒島組を前に女一人で来るとはいい度胸だな! おい毒島、薬、薬!」

「いやあれ結構大変だし今はない。それをこんな貧乳に使っていいのか?」

「だめだ! で、話は?」

「いやマジで殴っていい? 私だって怒る時は怒るけど」

「ごめんなさい、で結局なに?」

「賢かったんだよね、昔。えなんで落ちぶれたん?」

「誰が落ちぶれだよ」

 

 人たらしである従野ひよりは平然と毒島組にさえ混じっていける。なんだかんだ女子が好きすぎて女子が苦手な坂井でさえ、三言も交わせば居もしない妹と喋っているかのようなスムーズさが出せるほど。

 一方、そんな従野が相手しづらいのも天知である。大堂や毒島というストッパーがいない彼が一番危険。坂井ではストッパーになれないほど。

 と、話は本題に。


「ま勉強とかしねーけど」

「天知殿は本当に頭がいいからなぁ」

「まあな。思いつく作戦全部うまく行ってる気がする」

「それは気のせいだろ」

「うまくいってんの見たことないし」

 

 坂井と従野がしたり顔の天知をツッコむ。単純に強がっているだけである。あれでうまく行っているのなら一体天知が女子にボコられるのが目的のマゾヒストになってしまうが、そういうわけでもない。


「かといって、天知殿が勉強を教えてくれたおかげで私はここに合格できたんですよ?」

「へー。大堂って頭良いの?」

「悪い、それはもう、悪い」


 どれどれ、と従野が聞きだしてみれば、その点数は天知とは比べ物にならないほど、というか毒島組でも最低。


「私とどっこいくらいじゃん。ヤバ、親近感だわ」

「到底合格できないと思われた聖桜に入学できたのも天知殿のおかげ。入試のテストの点数も……」

「いーや言わなくっていいよ。まーなー! おれの頭が良すぎて自慢になっちゃうからなー!」

「……知らないけど、やはり相当良かったみたいですね」


 大堂が言うと、天知はやや恥ずかしそうに頷いた。どうせバラされるならいっそ悪辣なことを言ってやろうと開き直ったのだが、バレるくらいなら隠し通せばよかったとさえ思う。


「あ、じゃあ今でも頭良いんだ? じゃなんでサボってんの? 能ある鷹は爪を隠す的な? ヤバ、かっこいいじゃん」

「そんなんじゃねーよ。サボってたら全部わからなくなったの」

「でも入試はできんでしょ?」

「勉強したからな」

「じゃ手ぇ抜いてんだ」

「手、抜くだろ。そんな本気でやろうってなるか? 勉強」

「ま、ならんか。でもそんだけいい点とれるなら楽しいってならん?」

「ならん」

「じゃどうやったら勉強する?」

「は? お前おれの母ちゃんか?」


 従野にしてはつまらない会話だ、と徐々に天知の雰囲気が悪くなってくる。

 だが、それを従野もわかっているのでいい加減ダイレクトに詰め寄る。


「六華が気にしてんのよ。天知が勉強サボってんの自分のせいじゃないかって」

「……え、なんで? 護道となんか関係あっか?」

「一応、昔学年で一番の成績を競っていましたよ」

「あ、そう。……で、なに?」


 天知はテストの点数をとにかく気にしている様子はないし、競っているという自覚もない。

 なるほど、これは話が進まない。

 テストでいい点を取る、という競争を理解してないまである。できるからしていた、でもする必要がないとわかってしまった。

 その程度のやる気。学生の本分も無視した強気な精神。


「おっけ。六華に相談するわ」

「何がだよ。……え、無視!?」


 こうして従野は六華に、一つ思いついたとっておきの案を相談することにした。

 それがクラスを揺るがす悪魔の相談になるとは、誰も思いもしなかった。


――――――――――――――――


「テストでクラス一番になったら……なんでもする」

「……え?」


 完全にマジの雰囲気であった。

 放課後の教室、二人きり、護道と天知が二人きり。

 ついにぶっ殺されるかと思った天知は、思いもよらぬ言葉に目を丸くしていた。


「なんでもっ、え、なんで」

「気になってんの! 勉強、このクラスなら私より賢い土愚も神崎もいるし、あんたが本気出したらどこまでいけるのかって!」


 護道六華の積年の想いをようやくぶつけられて、天知は鼻の下を伸ばしきっていた。


「おま、おま、オマエなーっ! なんでもって、そりゃなんでも……わかってんのか~?」

「わ、分かってるし! 別に、煮るなり焼くなり好きに……」

「テストでクラス一番になったら護道六華がなんでもしてくれるぞーっ!!」


 天知は叫んだ。しゃにむに叫んだ。

 廊下で、教室の窓で、世界の中心で、叫び続けた。


「クラスで一番になったら護道とセッ……」


 まで言ったところで、脳天に振り下ろされたチョップが天知の言葉を遮った。


「……ひより、流石に少し恨む……けど」


 くたん、と倒れた天知を担ぎながら、護道は少しだけ顔を上げる。

 天知が叫びまわったせいで熾烈な戦いとなるテストが、こうして幕を開けるのであった。

今回の総括

天知りんごは性格が最悪、頭は良い。

聖桜高校はまあまあ良い方の進学高。

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