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エピソード・ゴールデンウィーク明け

 五月の風が吹き抜ける。

 夏が近づく温度に春の涼しさを帯びた風が、汗をかいた祢津航(ねづわたる)の頬を優しく撫ぜる。

 朦朧とした意識の中で、自分を引っ張り歩いた女が、別の女に声をかける。


「あははっ! 貴田さん! きーたーさーんっ! おーはーよーうっ!!


 汗ダラッダラの祢津をここまで引っ張ってきたのは陸上部の根来雌子であり。彼女は気持ちいい汗だと言わんばかりに爽やかな笑顔で、貴田家の前から幼稚園児がするように呼びかける。

 中からは既に制服に着替えた貴田瑪瑙が何事かと驚いた顔で現れた。


「根来と、祢津? なに、どうしたの?」

「えっとね、従野さんに言われて、祢津さんがサボらないように毎朝迎えにすることにして、ついでだから貴田さんも迎えに来た!」

「いやなんのついでよ」

「走ろう!」

「会話しろ!」

「はぁ……はぁ……ちょっと、私は、会話は難しいかな」

「祢津に言ってない」


 噛み合っていないポンコツたちの会話は一段落、家の中に逃げようとする貴田より早く、根来がその腕を掴む。

 根来エンジンは既にあったまっており、いつでもフルスピードで走れる。

 ただ、根来は暴走する故障車である。


「いくよ貴田さん!」

「ちょっ! ま、まって鞄! かーばーんーがーぁぁぁぁぁ……」


 暴走特急を見ながら祢津は自分の鞄からペットボトルも水を取り出して、ぐびりと飲んだ。

 頭を振ると水滴が飛ぶ、水も滴る絵になる少女は呼吸を整えながらうーんと伸びをした。


「サボるか」


――――――――――――――――――――


「ビビったぜ影山~、まさかカップル成立とはな~」

「従野さんと付き合うって大丈夫なのか? その、もう彼女が……」

「いーや、付き合ってないらしいから平気。毒島や岬も証人だ」


 クラスでやや賑わっているのは影山の周り。悪霊の家で怖い目に遭ったにも関わらず、小さな賑わいができていた。

 クラスラインで周知になったため、この場は賑やかにもなるし、怪我をした立石も楽しそうにしている。

 女子も男子もキャッキャ、ウフフ、アハハと和やかな空気が流れていた。

 普段は一緒に登校していない神崎と従野が共に登校してくるまでは。


「ふむ、彼氏は賑やかだな」

「いつも通りっしょ。ちす」


 何の気なしに挨拶する従野にかぶさるように、神崎が顔を寄せた。

 見えないが、二人が何をしているかなど一目瞭然。いつもの風景まである。

 いつもと違うのは、その後に神崎が自慢げに影山の方を見たことである。


「おぉーい神崎、おま、意地悪な」

「なかなかどうしてからかいがいのある男じゃないか、影山は」


 再び、神崎は従野にキスをして、二人は席に着く。席でも、またキスを交わしている。

 群衆のどよめきの中で、影山は切に思う。

 耐えられるか、と聞かれたが、想像以上に耐えられなさそう。


――――――――――――――――――――


「ぐぉーどぉーうーっ! これを見ろぉ……この強力睡眠薬はひとたび嗅げば意識を落とすっ!」


 毒島と天知が堂々と護道に対面しながら、天知はその怪しい小瓶を見せつける。その後ろで大堂はぼーっとしながら、坂井はあたふたしながら。

 クラスメイトはぼんやりと見ているが、護道と同じ学校だった者たちはまた始まった、と眺めている。


「行け天知! 積年の恨みを晴らすのだ!」

「おうさ! ここで会ったが百年目! キェェェェェッ!」


 天知が精いっぱいジャンプしてようやく届くと言ったところか。クラスで断トツのチビ、その天知がぴょんぴょんと飛んだところで、小瓶が口元に届くことはない。


「何をやっている、天知」

「いやおっぱいが邪魔でゲブッ!」


 護道の爪先が天知の鳩尾にめり込む。一切同情のない蔑むような視線と容赦のない一撃に咳き込みながら、天知は毒島の方を見た。


「お、おれはどうしたら……」

「ぶん投げてやれ天知っ!」

「お、おうっ!」


 護道の後ろには護道組の四人もきっちりと控えている。そんな絶望的な状況であって、なぜ毒島たちは戦うのか、そしてなぜ誰もそれを止めないのか。

 引くに引かれぬ男の戦いは最底辺のステージへと突入する。

 天知がオーバースローでぶん投げた怪しい小瓶は、ありえないタイミングで手から離れて大堂の顔面に直撃した。


「あぶねっ! おい天知何故真後ろに投げる!?」

「悪い悪い、手元狂ってさ」

「いやいやいやいや!!」


 和やかに話す毒島と天知であるが、大堂は立ったまま健やかに眠っており、坂井は大慌てである。

 これが止め時だろうか、と坂井はあちこちに視線を送るが、助けようという言葉は一切ない。


「邪魔」


 どころか、鹿目が大堂を蹴っ飛ばす。眠ったままの大堂の巨体がゆらりと揺れた。

 身長198センチ、体重125キロの大堂・ザ・ジャイアントが三人を圧し潰さんと倒れ掛かるのを、毒島と坂井が必死に支えた。


「いやデカいデカいデカい重い重い重い!」

「死ぬぞ! これはマジで死ぬぞ!?」


 毒島大仏、九死に一生の状況で、周りの嘲笑を感じる。


「て、テメェら許せね……」

「はいはーい、天知くんはあっちでお説教ね」


 護道と共にいた女子が天知の頭を掴み、どこかへと連れていく。果たしてどこで何をしているのかはわからないが、数秒と立たないうちに廊下に甲高い悲鳴が響き渡った。

 さて、大堂をなんとか立たせることができた毒島は怒り心頭。

 天知を倒した敵を前に、義憤を持って立ち向かう。


「やはりお前は力づくでモブッ!」


 口ほどにもなくはたかれて、毒島の体はきりもみ回転しながら大地に堕ちた。

 敗北の証か――吹き飛ばされた毒島の眼鏡が宙を舞い――走りつかれて息を切らした貴田の頭の上に乗った。

 MEGANE ON MEGANE。


「うわっ!? 疲れすぎて目がぼやける!?」


 視力の良い貴田には珍しい体験であったという。




 頬を腫らした毒島、たんこぶのできた天知、そして眠ったままの大堂と何もない坂井が改めて集合。


「なぜうまく行かん!? お前らやる気がないんじゃないのか!?」

「おれは本気だ毒島! おれが本気である以上……こいつらが問題だ!」


 自分の無能を棚に上げた天知が坂井と大堂を糾弾する。今回の失敗は十割天知のせいであるが、彼はそんなこと気にしないし、他のメンバーも特に気にしない。


「いや俺は、そもそも止めるか、どうか、悩んで……」

「お前だ坂井! 即答できないお前が全部悪い! お前にはどっちかに行くっていう覚悟が足りない!!」


 完全に非協力的な大堂は気にせず、優柔不断な坂井が悪いと毒島は言い切った。だが、そこまで言われると、むしろ坂井が逆上する。


「そもそも犯罪だろ! ヤバいだろ! お前らもっと……もっときちんと生きろ!」

「凌辱エロゲ貸しただろ」

「俺のエロ漫画も」

「それで犯罪だ純愛だとくだらないことを言うな坂井イィッ!!」


 毒島と天知の突然の暴露に、逆上はすっかり冷めた坂井は周りの目を気にする。流石に、その情報を出されると思わず、周りの視線も一層厳しいものになる。


「いや、借りたわけではないって! お前らが無理矢理……」

「……あの、あとで三人、蔵馬先生に怒ってもらいます」


 いつの間にやら教室に来ていた月山光子が無情な一言を突きつける。

 坂井は弁明を続けようとした。だが光子の目を見て何も言えなくなった。あれは、人を信用できなくなったものがする悲しい悲しい目だ。自分の生徒を信じられなくなった、どうしてそんな悲劇が起きたのか。

 発端が自分にあることをいたく反省したという。

 そして三人は連行された。生徒指導室へ……。


「……ぐかっ。ん……あ、三人ともどこへ? 私も……」


 寝ていただけの大堂は何の罪にも問われないのであった。


「や~、相変わらず見てて飽きないね~」

「早く死ねばいいのに」


 護道組も、毒島達に対しては様々な反応があるが。

 当の護道六華は、妙に物憂げな表情を浮かべていた。

 迫る中間考査、それが彼女の悩みの理由。

今回の総括

ポンコツヤンキーズの三人は一緒に登校するようになった。

神崎と従野の関係は変わっていない。

毒島組も変わらない。

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