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忍者と宝玉眼と神崎家三十七代目

 せっかくのゴールデンウィーク最終日、午前は影山、午後は貴田と話をすることになった。

 直接話をする必要がある、かどうかはともかく、それなりに二人が真剣ということは理解しているつもりだった。

 このゴールデンウィーク、一度も夜行月とも従野とも会えていないし、最終日がこれだから学校に恋しさすら覚える。


「美海にキスしてから行くか……」


 影山、は従野と付き合っているしキスするのはなんとか我慢しよう。貴田はちょっと強引に責めよう。


―――――――――――――――――――――――


 影山が話し合いに選んだ場所は学校だった。

 ゴールデンウィーク登校組も日曜日は登校せず、学校に来ているのは部活に勤しむ人たちくらいだ。

 誰もいない教室はがらんとしていて、外で活動している部活動のざわめきがより静寂を強調しているようだった。


「おはよう、神崎」

「影山」


 影山が私の後から教室に入ってきた。途端、傍に控えている星の瞳がますます煌めいた。

 私は紙に包んだ苦無を手渡すと、影山はそれを受け取った。


「いや、悪いね」

「で、君は忍者なのか?」

「おっ! よくわかったね、よっ、名探偵」

「茶化すな」


 掴みどころのない影山はいつものようにへらへらしながら、苦無を懐にしまった。危険な刃物であろうそれを手慣れた様子で扱う姿は、一般人と呼べるようなものではない。


「じゃ、神崎的にはなんだと思うんだ?」

「それは……」


 苦無を持っている人間がなにか、なんて知るわけがない。だが、危険なものを持ってはしゃいでる学生にも見えない。

 身体能力に警戒、そして出来上がった体。

 いやでも高校生、そういう可能性もなきにしもあらず。


「ねえねえ! 分身できるか聞いてみて!」

「えー……分身とか、できるのか?」

「……あははははっ! 分身は残念ながらできないなぁ。火も吹けないし空も飛べないよ」

「じゃあ、忍者じゃないじゃん。ガックシ。美空、帰ろ」


 星は適当に話を済ませてしまうが、こっちはまだ話がある。


「それ、従野に話したか?」

「いや、秘密」

「従野に危険が及ぶようなら、怒る」

「大丈夫大丈夫、そんなことはないから」

「信じられると思うか? 銃刀法違反だろう、正式な理由なく刃物を持っていては……」


 カッターナイフでさえ、理由のない所持は犯罪になる。クナイのような剥き出しの刃物を持っている頭のおかしい人間の言うことを信用する方がおかしい。

 だが、影山は懐から別なものを取り出して、私に見せつけた。

 警察手帳のような黒革に、印字されていた文字は。


「……陸上自衛隊!?」

「おう。正式な理由ってのは一応あるんだよ。だから問題ないだろ」

「自衛隊って、え、今いくつ? 嘘、いや作り物でしょ!」

「別に見せていいけど本物見たことないだろ」

「それは……」

「ちょっと調べたけど、神崎家の人間ならわかることはあるだろ」


 追及する口が詰まって、逆に身構える。

 こいつまで調べてきた以上、影山がただのやんちゃな若者じゃないこともわかるし、警戒すべき人間だということも分かる。


「俺は理由あってここに入学することになって、そういう任務についている。一応言っとくが、神崎とは別件だぜ? 三十七代目当主様」

「……お前」


 相変わらずへらへらしている影山が心の底から空恐ろしくなってくる。

 そこまで知っているのなら、私を襲うことはないだろう、だが。

 従野は。


「三十七代目ってなに? 美空凄い人だったの?」

「……目的はなんだ?」

「や、何もないよ。お互い他言無用、何事もなかったし、今日会うこともなかった、ってくらいいつも通りにしてくれれば」

「いや無視しないでよ~!」

「……それだけか? それなら、いいだろう。そもそも暴露にメリットがない」

「それな。そもそも俺は任務ほったらかして学園生活を楽しんでいるんだ。何事もなかったことに、だ!」

「それは、いいのか?」

「おう! じゃ、クナイありがとな!」


 それだけ言うと、影山は歩いて行った。一緒に帰る道理もないから当然だが。


「で、美空。当主うんぬんってなんなの?」

「……たぶん、次に行くところで話すことになる。知らなくてもいいことだ」

「ふーん。次の、貴田さんだっけ? 忍者だったらいいね!」

「忍者が現代にいるわけないでしょ!」


――――――――――――――


 午後は貴田に呼ばれたのは彼女の家だ。最寄りが学校とは違う駅だから結構な手間だが、疎かにしてはいけない。

 それほど変わったところのある家ではない、普通の二階建ての一戸建て。チャイムを鳴らすと目つきの悪い貴田が愛想悪く出てきた。衣服はパジャマだろうか、やや暖かくなってきた五月に、モコモコとした白いセーターを着ている。


「なんで制服なの」

「ちょっと学校に用事があって。それで、話は?」

「そのヤバいの、連れてきたんだ」


 貴田は明らかに星を見て、そう言った。


「私が見えるの!? 声は!? 声は!?」


 興奮した星が貴田の方にビュンと飛ぶと、彼女は即座に家に戻って扉を閉めた。


「コントロールできないなら連れてくるな! 殺す気!?」

「星、戻ってこい。声は聞こえてないらしい」

「ちぇー、そんなに怖がらなくていいのに」

 

 こんなペースでは話にならない。とりあえず星を手懐けて、私はその辺りの事情から貴田に話すことにした。


―――――――――――――――


 夜行月の妹、夜行星であることを始め、私が知ることをすべて貴田に話した。

 彼女は自室のベッドの上に座りながら聞いていて、話が終わるや否や呟いた。

 

「成仏を手伝っている、ねぇ」

「ああ。姿は見えるのだろう?」

「いや、私には黒っぽいぐちゃぐちゃの靄に見える。人型、には見えるけど」

「声は?」

「聞こえない」


 聞けば、貴田の能力はそれほど強力ではないらしい。常人には見えないものが、色のついた霧のように見えるらしい。

 悪霊小路では、あの家に紅い霧のようなものが見えたという。見えるだけじゃなく、その敵意のようなものも一般人よりかは鋭く感じられるらしい。


「神崎家のアンタらとは出来が違うんだ。一応、宝玉眼とか言って、希少な能力らしいけど」

「そういう知識はどこから?」

「アンタの実家だよ、神崎」


 吐き捨てるような言葉に、体が一瞬硬直する。

 私の怯えに気付いたのか、言葉を訂正するように、彼女は怒気を抑えて静かに言う。


「……この目のせいで、変な目に遭ったり、怪しい奴に騙されたりしたんだ。アンタの実家くらいのところに行ってやっとなんとか自分のことを理解できた。感謝してんだよ」

「怒ってない?」

「口の悪さと目つきの悪さは生まれつきだよ。別に神崎家やアンタに恨みを持つ理由はねえ」

「そりゃそうか」

「アンタは家と折り合いが悪いのか?」

「それは踏み込まなくていいことだ」


 他人にわざわざ話すことでもない。私の言葉に納得して貴田は小さくうなずいて、一呼吸を置いてから別の話に切り替えた。


「アンタの家のこと、従野は知ってんのか?」

「もちろん。幼馴染で家の付き合いがある」

「……んだよ。やっぱ知ってやがったのか」

「……自分の力のことを話したのか?」


 出会って間もない従野に、そんな奇妙な話をするなんて相当な物好きらしい。


「いいだろ別に。あいつはお前と違っていい奴だし」

「だが、私の話も、私の家の話も隠していたんだろう?」

「それこそあいつが良い奴って証拠だろ」


 それはそうだ。従野は幽霊が見えるという私と貴田の共通した秘密を、決して漏らすことをしなかった。私としては、それくらい教えてくれた方が、こんなことにならずに済んだかもしれないが。


「迂闊だな」

「そう言うな。正直お前のことは感づいていたからな。神崎の名に、幽霊を連れていたこと」

「私のせい?」


 星のせい、と言えばそうかもしれない。彼女がいなければ、自分から幽霊に関わることなどまずしないのだから。

 けれど、バレようとバレまいと関係ないと思っている。


「で、私の家や能力のことで何か脅すか?」

「まさか。安全だとわかったら問題ない。もう帰ってもらっていいくらいだ」

「だろうな。話が早くて助かる」


 普通、他人の秘密を知ろうと、秘密を知られようと、変化を求める者はいない。

 臭いものには蓋、何事もなかったことにしてしまう方がいい。特に相手に求めるものがないのならば。

 貴田はいかにもそういうタイプだ。寝るのが楽しい、一人で夜中起きているのが楽しい。そういう奴だろう、と思っている。

 他人の私にしてほしいことや求めることなどあるはずがない、とすら思う。せいぜいキスしないでくれ、くらいか。

 と言っても、互いに秘密を握っているのだから、お互いバラさないようにしよう、で話は終わるが。


「……従野は」

「なんだ?」

「いやこれから、私の様子を見に来る機会が増えたりしないかな……」

「……え、従野と仲良くしたいの?」

「いやそういうわけじゃない。私とお前の能力が知られたことはもう従野に隠す必要がないから、その警戒とかでやたらと構われると寝る時間が減るとかそういうことだ」


 寝たいから何度も来られると邪魔、ということを言っているのだろうが、その早口は明らかなゴマカシだ。何よりさっきの言い方、従野が自分のところに来てくれる期待感がにじみ出ている。

 余程、従野を気に入ったんだろう。


「……逆に減るかもな。霊が見えるってことで警戒してただけで、私と分かり合った以上……」

「……ああ……そういう可能性も……」

「冗談だ。見るからに凹むな。あいつはそういう邪推で動く人間じゃない」

「だよな。分かってたよ」

「本当か?」

「うるさい、もう帰れ。私は眠いんだ」


 貴田は私を邪見に扱いながらベッドに寝転がった。もう今にも寝るぞと言わんばかりに枕に顔を埋めている。


「……お前の婆さん、心配してたぞ」

「祖母さんは跡継ぎがいないことを心配しているんだ。私の心配じゃない」

「……娘を亡くした人に随分言うじゃないか」

「なら、母を亡くした人に少し優しくしてくれ」


 貴田がそっと顔を上げる。私を見ているのか、星を見ているのかわからないが。


「……帰れ」

「ああ。いい話ができた。また学校で」


 あんまりいい気持ちにはさせてあげられなかったが、ともかく今後についての心配はなくなった。

 時間も余っているし、なんだか従野の声が聴きたい。夜行月にも電話をしようかな、しばらく会えなかったのは少し寂しい気持ちがした。


「……お母さん、死んじゃってたんだ」

「物心ついた頃だ。死んだ時は実感がわかなかったし、理解する頃には慣れていた」


 死んだ星に哀れまれるようなことではない。もうずっと前のことを今更嘆いたりする必要もない。


「それより、未練は思いついたか? このゴールデンウィークに漫画を読んだだけじゃ、夜行月に報告しづらい」

「でも忍者に遭えて満足したよ。私、ニンジャスレイヤーも好きだから!」

「なにそれ……? 忍者なんて忍たま乱太郎しか知らないけど」

「今度読みに行こうよ!」


 星はまた無邪気に約束を取り付ける。

 幽霊の未練の解消どころか、どんどん新しい未練が増えていくのではないか。

 死を自覚してなお、彼女の煌めく瞳は未来の可能性が無数に溢れているように見えた。

 夜行月と違って。

今回の総括

影山登は一応は陸上自衛隊所属。

貴田瑪瑙は宝玉眼という特殊な目の持ち主。

神崎美空は神崎家三十七代目当主として、多少の権力がある。

神崎美空の母は既に亡くなっている。

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