キャラエピソード・五月初頭の祢津航
黒い髪がさらりと舞う。
清楚系。モデルみたい。透明感のある肌。水を飲む姿が似合う。隣にいると緊張する。
などの評価が飛び交う少女。
祢津航、身長156センチ、体重55キロ、紅顔の、丸く人懐こそうな目と常に微笑を称えた、十人が十人振り返る美少女。
「祢津は?」
「今日もサボりじゃないですか?」
「お前ら、祢津を連れてこい。連帯責任だぞ」
担任の代わりに教壇に立つのは生徒指導の蔵馬秋良、そして会話を交わしているのは従野ひよりである。
ゴールデンウィークも半分が過ぎようとしている時、登校を命じられた面々のうち、唯一出席していないのが祢津である。
しかし、祢津は交友関係も不明で、そもそもクラスにいることの方が少ないというレベル。授業を受けている時間とサボっている時間が同じくらいなのだ。
祢津と仲が良い生徒がいるかどうかも、普通はわからないだろう。
――しかし、一人。
「従野、お前ならなんとかできないか?」
「……や、祢津さんは流石に。私でもわからないことの方が多いですね」
人たらしの従野ひよりは、尋常ならざるほどに人の心に入り込む。貴田の何かが見えるという秘密を教えてもらったり、あるいは異性同性問わず恋愛対象に入るほどである。
しかし、そんな従野でも祢津航という自由人のことは掴み切れない。
「祢津さんってなんか詩人って感じですよね。言ってることわけわかんないんで」
「いいから頼む。場合によっては進級が危うい」
そんなこと、ひよりには関係ないが、ひよりは不承不承に頷いた。
――しかし、単純に、祢津の動向も何もわからないのだ。
軽い口約束のようであったが、どうしたものかとひよりが悩んでいると。
「ああ、従野さん」
「……祢津さんっ、ちょ、珍しいね。学校にいたの?」
「まあね。従野さんはどうして学校に?」
「いやゴールデンウィークにも登校しろって秋良ちゃんに言われてたでしょ。もしかして忘れてた?」
「ああ、忘れてた」
「じゃなんで学校来てんの」
「今日休みってさっき思い出したからね」
「……。……、私が言えないけど凄いポンコツだね」
「うん、よく言われる」
祢津航。彼女はたぐいまれなるポンコツで、顔の良さでそれをごまかし生きてきた。その自覚は本人にないが。
「このままじゃ進級できないって、秋良ちゃん言ってたよ」
「そう? それはまずいね」
「……家どこ。迎えに行こうか」
「迷惑そうだしいいよ。それより今日の授業は?」
「もう終わったし。秋良ちゃんに会ったら怒られるよ、たぶん」
「それは嫌だね」
言いながら、祢津は慣れた手つきでスマホの画面を見始めた。彼女が一人でいるのは、よくそうやってスマホを見ているからでもある。
「祢津さんって中学の時大丈夫だった? 変な人に絡まれたり」
「ないない。先生にはよく怒られたけど」
「……やっぱ家教えて。走るのが好きな奴に向かわせるわ」
「そう? ありがと」
「にしても、やっぱ独特だわ祢津さん。可愛いけど」
「それを言ったら従野さんも独特だよ。雲みたい」
「雲?」
掴みどころがない、というのはまさにこのことだ。祢津と会話をしていても何も要領を得ないし、意味さえない風に感じられる。
従野にとって会話はお互いを知り合うための手段だ。互いの趣味を知り、知識を共有し、自分と相手を一つにしていくような作業。
それができないのは、神崎と祢津くらいなものだった。
「ふわふわ浮いて、みんなに柔らかく当たる。雲」
「……やっぱ詩人だね、祢津。雲、か……」
自然と神崎美空のことを思い出す。彼女が空で自分が雲、というのは妙にロマンチックな気がした。
「祢津的には祢津自身はどうなん? 雲みたいなおしゃれな言い方」
「……私は浮雲。誰にも当たらずに、自由に浮かぶ」
「へえ。あ、秋良ちゃん」
話していると、廊下の奥にその影あり。彼女も祢津がいると気付いたらしく、手に持っているファイルを肩にとんとんと当てていた。
「祢津ぅ、そこを動くなよ。お前が……おい、なんだそれは」
ひよりが目をやると、既に祢津は地面に手をつき、片膝をついて、片膝を伸ばしていた。
クラウチングスタート。
「浮雲は誰にも触れない」
「いや、そんな速度出す浮雲……」
ダッシュ。猛烈な勢いで突風さえも巻き起こすような、それこそ陸上部の根来が見れば思わず部活に勧誘しただろう雄姿。
「風を起こす浮雲があるかよ!」
蔵馬が走って追いかけてきたが、スーツ姿の教師には到底追いつけない。
どうせ後で怒られるだろうに、なぜ逃げるのか。
それもまた、浮雲の気まぐれ。
今回の総括
祢津航はただの馬鹿。




