エピソード・カラオケ
影山からチャラく届いたクラスのラインは、案外みんなに受け入れられたっぽい。
先日、冗談か本気かもわからなかったクラスメイトでのカラオケという計画は、程々の参加者を得て開催されることとなった次第。
その結果、まあ程々の人数で二部屋借りてゴールデンウィークにカラオケとしゃれ込むことになった。
「あ、岬さんと鹿目さん。ちす」
「こ、こんにちわっ、従野さんっ!」
「あー、ちす」
このちみっこくてコウちゃん先生顔負けな小動物が岬ちい。で、その隣で愛想悪そうに挨拶してきてんのが鹿目雷愛。
二人とも護道と一緒にいる五人組のメンツだ。あとはオタクの満仁と笑い上戸の市ヶ谷なんだけど、その二人は見当たらない。
「私らちょっと遊んでて早めに来ただけだし。市ヶ谷と護道は来ないよ」
「あ、あのねっ、六華ちゃん、忙しいから」
「あー、うす。なんかわかる。ってかカラオケって柄でもないぽいしね」
言うと岬は、ほにゃっと笑うけど、鹿目はつまらなそうに見てくる。こいつ感情掴みづらいんだよな。護道より貴田よりも目つきが鋭いし。
――そもそも、護道組は神崎に敵意もってそうな奴が集まってた印象だし、私もいい風に思われていないっぽい。岬はめっちゃいい子だからすぐ仲良くなったけど。
「ってか鹿目さんもカラオケっぽくないよね。気まぐれ? 美声は聞きたいけど」
「別に」
「あはっ、やっぱ不満そうじゃん。早めに抜けるなら手伝うけど?」
気を利かせて言ったつもりだが、鹿目さんはますます目を細めて睨んできた。それを岬さんがおろおろと必死に見ている。まずったな、困らせたくはないけど。
「や、ごめんて。別に無理して参加するもんじゃないし。神崎も来ないし」
「別に、そういうわけじゃないし」
「う、歌いたいんだもんね! 私の分も、歌っていいから」
「そういうわけでもないから」
「いやどっちよ」
難しい年頃過ぎるでしょ。どう見ても歌いたいって人じゃないし、誰かと会いたい、って感じにも見えないけど。
まあ護道のグループから人が多く出ないのを危惧して、とかだろうか。そんなスクールカーストを気にする人の可能性もある。私もそれが理由で出ているし。
「あ……カナーン、みさっきー、よりのんもいるじゃーん!」
微妙な雰囲気の中で、底抜けに明るい声がのほほんと響いた。
満仁銀子、護道グループのオタクちゃんだ。
「っす銀ちゃん」
「銀子ちゃん……!」
「え、なになに三人して私待ってたの? いや~モテる女は辛いね~!」
ゲ。
「……そんな三人揃って嫌そうな顔しなくても。流石の銀さんも傷つくよう」
満仁はオタクを自称して、会話の内容もたまに護道組でも噛み合ってないが、見た目は結構カジュアルなところがある。ショートボブでさっぱりまとまった髪はボーイッシュでスポーティにも見えるし、反面眼鏡は知的にも映る。ってか黙ってりゃ可愛いって思う程度の外見。中身が大問題だからこうやって褒めてるわけだけど。
「一応聞いて……いやごめ、聞くまでもないわ。どうせ変な歌歌うでしょ」
「変とは失礼な。まあアニソンゲーソンキャラソンイメソン」
「鹿目さん、帰る?」
「……」
聞いてみたら、今度は鹿目は無言で悩んでいるみたいだった。ま、鹿目はそういう騒ぎは嫌だろうし、市ヶ谷や満仁と一緒だと学校でもいづらそうにしているし。
岬と満仁がそんな鹿目を宥めているけど、まあこの三人も変なグループだなって思った。それ以上の感想はない。
―――――――――――――――
「というわけで一年一組に、かんぱーい!」
「おー」
「お、おー!」
影山のコールで祝杯をあげたのは、私と岬だけ。
左手に毒島、大堂、天知。
右手に満仁、鹿目、岬。
で正面に影山。
私だけちっさい丸椅子に座っているテーブル席のカラオケボックス、見るからに不満そうな顔ばかりチラつく。
隣の部屋の柴木とか上原さんの方が盛り上がってそう。変な奴がいないから。
まあ毒島組固めたらそりゃ誰も盛り上がらんて。坂井だけ隣なのも作為的なものを感じる。毒島組で唯一まともそうな坂井を分けているのは意図的だろう。
「じゃ、誰歌う〜? 俺いい? 俺行っていい?」
一人盛り上がる影山に対して、鹿目は帰ると言い出しかねない雰囲気だ。岬もオロオロし始めたし、毒島たちはなんか企んでる顔してるし。
すげえ気まずい。なにこれ。葬式より息詰まるわ。
「護道組と毒島組、まだそんな互いを知らないっしょ。なんか自己紹介とか挟んだら?」
「……まあ、毒島のことは知らないけど、そっち二人はね」
「同じ中学だった。護道もね」
満仁と鹿目が見ているのは、天知と大堂だ。この四人と護道が同じ中学、それは初耳。
チビとデカのコンビも変なあれだけど、満仁と鹿目がっていうのも意外だ。全然喋ってないし、いやそもそも仲良さそうに見えんし。
「……、で、どうだった? 中学ん時」
「どうもこうもないね。カス。天知とかしょっちゅう階段の下からスカート覗こうとして六華にシバかれてた」
「不慮の事故です」
満仁の暴露にも毅然とした態度の天知、まあどっちを信用するかといえば女子だ。毒島組は胡散臭い。
直後、ガツンとテーブルが揺れた。鹿目は隠しもせず舌打ちをしてテーブルを蹴ったらしい。
「鹿目さん、備品備品」
「なんでよりによってこいつらと……」
本気で不満そうな中で影山だけヘラヘラしてる。あいつは本当に何。
「ってか影山のその眼鏡はなんなの? こないだ野比さんキレてたじゃん」
「オシャレに決まってんじゃん。かっこいいっしょ?」
キランと輝く眼鏡は、スポーツ選手がつけるようなワンレンズのゴーグルで、しかも目が見えないように玉虫色に輝いている。やっすいロボット人間みたいだ。
「影山は中学一緒だった奴いないの?」
「野比くらいかな」
「ああ、だからたまに二人で喋ってんのな。納得」
それほど当たり障りのない会話を挟んでみるも、険悪な雰囲気変わらんし。
何がヤバいって岬が泣いちゃうよ。それは一番良くない。
「よし、歌うか。岬さん、ハム太郎歌おう」
「え、え?」
「いいからとっとと走るんだよ」
「わ、わかった!」
無理矢理に歌わせてみる。おろおろしながらもマイクを握る岬に、私も手を重ねて二人で声を出す。
「従野声ひっく!」
「岬にだけ歌わせろよ」
「ってか従野ヘタクソだな……」
「言ったなお前ら。満仁、毒島、鹿目、お前ら表出ろよ。全員ぶっ殺してやるよ!」
「ひぃぃっ!」
ちょっと脅かしすぎたか、岬が怯えてしまった。まずった、場を和ませようとしたのに。
「あー、すまん、すまんて岬。そんなビビんな」
「もうっ! 従野さん嫌い!」
「あ、ふーん、そういうこと言うんだ。別にいいけど。別にいいけど私泣くよ?」
涙目の岬より先にスーッと涙が流れた。ぎょっと驚く声が響くけれど、私がぐずり始める方が速い。
「いや……え、マジ?」
「演技とかじゃない?」
「あんさ、はっきり言うけど、ひぐっ、あーし嫌われるの超嫌いなンだわ。えぐっ」
花の女子高生、ちょっと泣き虫なくらいが可愛いかもしれないが、そういうんとは関係なく私は泣く時はなく。流石に岬ちゃんに嫌われたら泣くでしょ。誰でも。
背中にぽんぽんと手が触れる。岬が撫でて心配そうな表情を向けてくる。
「ご、ごめん。そんなつもりじゃなかったの」
「マジ? ヤバ。元気出てきたわ」
ぐしぐしと顔を拭って涙が止まる。やっぱ花の女子高生、持ち直しも速攻じゃないとダメでしょ。
「マジでビビった……」
「従野、それは演技ではなかろうな?」
「や、マジマジ。そんな器用じゃねーし」
こういう時に毒島は疑ってくるけど鹿目はただ驚くかぁ、なるほど。他の奴らはだいたい普通の反応だけど、影山はずっとニヤついている。
なんか雰囲気は微妙だけど、場の空気は持ち直した。
「とりま、じゃんじゃん歌ってくか。歌ってくぞ。下手つったらまた泣くからな」
――――――――――――――――――――
みんな歌うめえな。影山も鹿目も上手いし、満仁なんか完璧にオタクの踊りしながら歌うし。パネぇわ。
「ふ、ついに俺の出番か」
「あ、じゃあ私トイレ行って飲み物入れてくるわ」
「おい従野!」
「っせぇな。たまたまだよ、たまたま」
毒島の文句を交わしながら個室を出て、まずすることはラインのチェックだった。
個室だとなんだかんだ満仁とかと喋ったりするし、神崎が何しているかは少し気になる。
が、幽霊の成仏は今は妹に任せて家でゆっくりしていると連絡が帰ってきた。
そんな即座に返事できるのなら、カラオケに来てもよかったと思うけど。あーでも護道組が多いしやっぱ気まずいか。
「従野」
「わ、なに鹿目さん。ビビった」
「……はっきり言うわ。アンタってなんか目的とかあんの?」
「……え、なんの? 人生? 面白おかしく生きていけたらいいなと思います、的な?」
「じゃなくて、クラスで」
ふむん、今日会った時からバリバリ向けてきた敵意みたいなのは薄くて、単純に聞いているみたいだった。
と言っても、こんな二人きりの状況でわざわざはっきり言うわつってんだから、真剣な話をしているっぽいけど。
「クラスでの目的……馬鹿でもわかるように言ってくんない?」
「……アンタと喋ってると、心地よくて。……護道といる時よりも楽しいって思う」
「え、マジ? 全然そんな感じ出さないじゃん。サプライズ? 超嬉しいんだけど? なに、そっちの方向で泣かせに来たん?」
「そういうアンタが不気味って言ってんの」
え、なにそれ怖い。不気味がられる要素なくない?
率直にそう思ったけど、それじゃ納得してくれなさそうだから適当に考える。
まあ、答えは一つある。
「ま強いて言うなら神崎をクラスに馴染ませるためかな。みんなと私が程々仲良くなっとけばあいつも自然に馴染むでしょ」
「……ほどほど? アンタその気になればどこにでも馴染めるでしょ。それを……」
「いやいやそれは言い過ぎ。まあみんなの五、六番目の友達になれたらって」
「アンタねぇ……」
「それな!」
突然、鹿目の後ろから影山が出てきた。こいつも大堂くらいデカいくせに、なんか気配がなかったりする。変な奴だ。
「結構多いんだぜ、クラスに従野のこと好きな男子。あんまり従野が親しむからって『俺のこと好きなのかな』って思うやつ多いんだ」
「マジ? 誰も好きじゃないからってクラスラインに送っとくわ」
「いやそれはやめとけ」
影山が本気で止めてきたから曖昧に頷く。冗談で言ったんだけどな。
なんかよくわからん怒られが発生している。私が親しんでいるのが悪いのだろうか。
「えーっと……で、鹿目さんは私にどうしてほしいわけ?」
「……それが分かったら苦労しない」
「え、じゃあ何を聞きに来たん? ただ告白しに来ただけじゃん」
「そういうんじゃ……!」
「いやいやもうどう取り繕っても嬉しいし。もう鹿目さんの好感度めっちゃ上がってるからね。カナーン」
「その呼び方やめろ」
鹿目が怒るのを見て、私はククっと短く笑った。案外可愛いところがあっていい子じゃないの。満仁とかに言ったら十分休みずっとからかえるな。
「……まあ、別に裏も表もないよ。神崎がクラスに馴染めるように、みんなと仲良くしてます。はい終わり。そろそろ毒島も歌い終わってるだろうし戻ろ」
「……はいはい」
影山が飲み物を入れに行って、私と鹿目が個室に戻ろうとする。
「待って」
「まだなんかあんの?」
「影山がいたから言えなかったけど、アンタを脅してやろうかと思ってた」
「マジ、そこまで? そんな警戒されるかー」
「……ダメ、言うつもりのないことまで言っちゃう。マジでなんなの、アンタ……」
「案外鹿目さんがお人よしなんじゃね?」
「んなわけ……」
また怒られるかと思ったけど、鹿目さんは言い淀んで前に向き直った。もう会話することはない、と突きつけるみたいで少し寂しい。
「ちぇ。まいいや。改めて今日は楽しみなおそー」
「……はいはい」
小さな声で、鹿目さんは返事してくれる。
初めて好意的な言葉をもらった気がした。
今回の総括
従野ひよりのたらしは一級品
護道六華は四人の友達と一緒にいる。
護道組と毒島組の仲は険悪。




