三部と四部と未練解消
ついにゴールデンウィークに突入した四月末日。
兼ねてから夜行星に聞き出していた彼女の未練の一つを解消する時がきたのである。
「私ね、漫画読みたい」
「漫画? なんの? 生前に読んでいたものか?」
「ジョジョの奇妙な冒険」
「……なにそれ」
なんでも星が死んでから、幽霊の状態で読んでいた漫画らしい。で、わけあって読めなくなった漫画。
「ジョジョの続きが読みたい!」
「はぁ、わかった。ゴールデンウィークは漫画を読みに行こう」
わかった、と言いつつよくわかっていないが、ともかく漫画程度で成仏してくれるというのならこちらとしても大助かり。
小遣いのいくらかを使って漫画読み放題のレジャーなりなんなり行って、一日だらっと漫画を読めばいいだけだ。
そう考えていたのだが、甘かった。
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私が来たのは個室カラオケで漫画も読めるところで、早速、星に言われるがままに漫画を持ってきた。
劇画という怖い絵の漫画だ。いかにも古臭いし見ててなにが面白いんだろう……。
しかもこれを持ってくるときも。
「あー違う! 最初から読むの!」
「だから一巻から……」
「一巻はまだ一部でしょ!? 三部から読むの!」
「……いや、知るか」
手探りでパラパラめくってなんか十二巻から始まるらしい。
それを星は本当に瞳を輝かせて読もうとしているが、その内容もまた。
「……いやグロ。こんなの見て楽しいの?
「次なんか言ったら祟るよ」
「こわ……」
前門のジョジョ、後門の幽霊といったところか。恐る恐る見ながら、私は星の命じるままにページをめくって行った。
話を終えるごとに、星は煌びやかに笑いながら感想を求めてくる。コミュニケーションが嬉しいのかもしれないが、私がこれに抱く感想はあまりない。
「クロスファイアハリケーンスペシャル! かっこいいよね!」
「そこなんだ……」
星は、何故かよりによって三番手みたいなキャラをお気に入りのようだった。趣味があまりにも私とかけ離れていて、会話はあまり弾むことはない。
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料理を注文して、軽くポテトを摘みながら、ひたすらに読む。
劇画に慣れてきた、とは言わないけれど最初ほど苦手ではなくなったし、話の流れもようやく掴めてきた。
「技なにが好き?」
「えー、太陽光線」
「なにそれ! 技じゃないじゃん! 私はね、スターッフィンガー!」
指を伸ばして切り裂くとかいうわけわからない技を真似して、星が頬を突いてくる。めちゃくちゃ笑いながら突いてくるからすこぶるウザい。力を抜いてすり抜けるようにした。
「あれっ!? 切り裂いちゃった!?」
「なわけあるか。続き読むぞ」
滞りなく、続きを読んでいった。
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第三部、完。
「じゃあ四部読もっか」
「はぁ!? 余韻を……じゃなくて、未練は!?」
「え? 私が読みかけだったの四部だし、四部読まないと」
「あっ!? え!? じゃあ三部は!?」
「読み返したかっただけ」
「私のお小遣いそんな多くないからな!?」
魂の叫びに対しても星はプクッと頬を膨らまして怒る素振りを見せるだけ。
どちらかといえば面白かったけど、一日中漫画を読んでくたびれもうけは割りに合わない。
ちょっとは脅かす真似くらいしたいが、何故か私より星の方が暴力的だった。
「オラオラオラオラ!」
「無駄無駄。今すり抜けモードだから」
「オラオラオラオラオラオラ!」
「無駄むブッ!?」
むるん、っとゼリーを押し付けてくるような奇怪な感触を頬を襲う。
確かに、そこには星の拳があった。
打撃とも呼べないような人外の柔さと生物ではない冷たさが、星の体だと主張している。
「……なん、で?」
「未練強めてみた!」
そのまま星は笑いながら私の頬をむにゅむにゅと引っ張ってくる。
簡単に、嬉しそうに言ってくれるが、とんでもなく恐ろしいことだ。
霊が自らの存在証明を為すなど、除霊はもはや不可能と言っても過言ではない。
それこそ、星が自らこの世を去ろうと思わない限り。
「……いやいい加減離せ!」
「わ、ごめん。人に触るのって久しぶりだったから」
「それは……そうだろうな」
急にしんみりするようなことを言ってくるから、つい強く言うことを忘れてしまう。
それでも、夜行星の成仏は、もはや夜行月のキスを差し置いてでも考えるべき急務かもしれない。
神崎家の人間として、である。
「四部読んだら未練なくなるからさ〜、ね? ね〜?」
「……はぁ、わかった。ただし、今日はもう帰るぞ」
「わーい! 神崎大好き〜!」
首と背中に、先ほどより人らしく、生暖かくなった肉体が触れる。
肉体ーーそう形容してもおかしくない、と思うほどの感触だった。
私もまた随分なものに懐かれてしまったらしい。
胸の中でざわめく恐怖を抑えるように、首回りの腕を掴み返すと、星は無邪気に笑った。
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同時刻、神崎美空が漫画を読んでいた施設より少し離れたショッピングモール。
夕飯時で家族も賑わっている人混みの中、その真っ赤な髪はよく目立つ。
「あ、やっぱ美海ちゃんじゃん。うっす~」
「ひよりさん! お久しぶりっす!」
神崎美海と従野ひより、やはり二人も幼馴染というべき関係で、ひよりは美海に慕われていた。
顔を見るや、美海はぱたぱたとひよりの方に近づいて、その腕を取る。身長はもう同じ程なのに、どちらが年上か一目でわかるほどの懐き方である。
「家での神崎はどう? 元気そう?」
「はい。高校入ってどうなるかと思ったけど、姉貴はわりに元気そうっす!」
「ふぅん、よかった」
「学校ではどうっすか?」
「よゆ。ソッコ馴染ませたから」
「流石っすひよりさん! 中学の時とは比べ物にならないっすね!」
「いや変な奴多いからさ。マジ」
仲睦まじい姉妹のように会話をしながら歩くと、視線の先に、その変な奴。
「ほらあれ、見てみ。土愚さん」
「ん……わぁ! かわいい~!」
「……え、なに? どの可愛い? それマジめな感情のやつ? もうちょい別のリアクション期待気味なんだわ」
ややボーイッシュなパンツスタイルのひよりに対して、犬犬は着ぐるみを着ているようだった。無論、全身犬の格好と言うに近い。
「あら、従野さん。奇遇ですね」
「うっす。で、土愚さんのその恰好はなに? バイト? 本性?」
赤き雷神と呼ばれている美海がすっかり牙を抜かれてモフっている中、ひよりは尋ねる。それに犬犬はワンワン吼えつつ取り繕う。
「さ、寒かったから……」
「へ~、斬新。でも流石にやめた方がいいんじゃないかな? 目立つっしょ」
「さ、参考にするわん……」
軽く会釈をして、犬犬はもふもふと去っていく。着ぐるみの尻尾が悲し気に震えていた。
「美海、ほらもうやめときなって」
「いいなぁ姉貴、私もクラスに欲しいなぁ、ああいう子」
「いたらいたでヤバいけど。いや西木戸とか楽しそうだし嬉しいもんかな……」
ぼんやりと考えながら、ひよりは所用を済ませた後、また別の場所へと向かう。
午前、授業で潰された分、今日の予定は夜に回ってしまったわけで。
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「うっす貴田」
「おう」
パジャマ姿のようなグレーの上下で貴田瑪瑙は待ち合わせ場所にいた。随分と目立つ広場の時計の下、あまりにも貴田は異彩を放っていたが、ひよりは気に留める様子もない。
「寝てないじゃん」
「昼夜逆転っつってんだろ。眠くない時間なの」
貴田瑪瑙、髪をまとめて眼鏡をかけて、と真面目そうな外見であるが授業中は寝まくるし、言葉遣いもやや乱暴でガサツなところがある。
生粋のワル、とすらひよりは思う。
けれど一つ、不思議なところがあることもぽろっと前に聞いた。
「なんでわざわざ呼び出したわけ?」
「あんた幽霊とかお化けって信じる?」
「え、なに急にオカルティな話? ヤバ。かっこいいじゃん。私好きだよそういうの」
「好きとかじゃねんだわ、従野」
嘆息しながら貴田はメガネを外す。
ひよりは、その目に何かを感じ取った。
「まあ、その様子なら別にいいけどさ」
「ほん」
「……用件終わりだから帰っていいよ」
「は? それだけ? 逆に面白いね。さっき土愚さんと会ったけど」
「マジ? どんな格好?」
「それが超ウケるんだけどさ……」
程々に会話も弾んでから、二人の少女は夜に解散する。
むろん、ひよりの胸に影を落として。
(案外いるもんなんだ、見えない何かが見える奴って)
夜行星のことを言ってきたのだと理解できた。それでひよりを気にかけてくれるというのも、なんとも親しくなれたものだと感慨深くなる。
(まー、どうにもせんけど)
ひよりの行動は変わらない。考えも変わらない。
ただ、神崎と一緒にいるだけである。
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「じゃ、今日は美海と漫画読んできて」
「ええ~神崎は続き気にならないの!? 四部!」
「いや美海が好きなんだって、ジョジョ」
「姉貴なんて放っていこうぜ、星ちゃん!」
ぷーぷーと文句を言いつつ、二人は出かけて行った。
ともあれ、これで夜行星の漫画を読むという未練は解消されたのであった。
今回の総括
神崎美海は従野ひよりを慕っている。
貴田瑪瑙は『見えないもの』が見える。
夜行星は漫画が好き。




