キャラエピソード・四月某日の野比忍と根来雌子
四月といえば、入部の季節!
「神崎って部活とか入んの? 中学ん時と同じで帰宅部?」
「ああ、そう……ん? ふ、む。いや、今度見学くらいは行くことにする。それがお望みらしい」
「あー、例の霊。いて大丈夫? 土愚さんいるよ?」
「あ、逃げた」
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野比忍、拙者はこのクラスに潜入したスパイだ。
日本にはまだまだ一般人には知られていない秘密がたくさんあり、拙者の存在もその一つ。
そして――あの土愚犬犬も。
(奴が宇宙人であることは既に調べがついている。……なのに、なぜみんな平然としているんだ!? どうみても犬じゃん!!)
「野比さんってなんでいつもマフラー巻いているんだろ?」
「へ、変だよね」
「このクラス変な人多いしいいんじゃね?」
どうして土愚犬犬が受け入れられているかはともかく、拙者の任務は奴の監視、そして最悪の場合の暗殺。
一体、奴が何の目的で来たのかも分からないが、拙者のようなプロが二人も雇われている以上、相当警戒されているに違いなく、それだけ危険なのも事実。
生まれてこの方、里で訓練を続け、任務に忠実にあり続けた生まれながらの忍び。
このようなおちゃらけ集団に混じりながら、心は明鏡止水であらねばならない!
「おいっす野比ちゃん、青春してる~?」
「カ・ゲ・ヤ・マ~! お前、お前と言うやつは、忍の誇りも忘れて、なんだその眼鏡は! 外せ! 任務を忘れたか!?」
「なになに一人で盛り上がっちゃって? いいねその元気! 今度みんなでカラオケ行くんだけどどう!?」
「クッ……お前が兄弟子でなければその首を掻っ切ってくれたのに!」
影山登、クラスですっかりお調子者の地位を盤石にしたこの男こそ、同じように里で育った忍びにして、拙者と同じく犬犬の監視役であったはずだ。
なのに定期連絡はすっぽかすし所定の位置につかないし、目立つなという命も無視して騒ぎ立てる。
挙句、監視対象に近づきすぎるなというのにクラスの女子に混じって犬犬を撫で回していた! なんたる愚行! 許すまじ影山!!
「任務が終わったら全て報告するからな……」
「あっはっは、いいよいいよ~? どうせ今の里に俺より強いやついないし」
頭空っぽにして笑う影山は、確かに強い。
だがそうやって油断していればいい。この任務で拙者がお前より強くなればいいんだからな、影山ァ。
「ところで野比ちゃん、部活、どうすんの?」
「部活?」
突然話を変えた影山は思いついたようなことを言う。
部活、といえば学校にありきな集団行動。放課後や休日、果ては朝までわんさか時間を使い学問以外の修練に時間を使うという。
「入るわけないだろ馬鹿か! 任務がある以上余計なことに時間を使うことは……」
「土愚さん何の部活に入るの?」
「えぇー、迷うわん」
ムム、と耳が自然と会話を拾う。意外と耳に心地いい土愚の声だ。その相手は家がペットショップだとかいう西木戸。最近よく二人で仲良さそうにしているのを見る。
部活、奴らが部活に入るというのなら、拙者もそれとなく同じ部活に入れれば監視は楽になる。
このバカゲヤマが役に立たない以上、拙者ができる限り見張らねばいけない……!
であれば、奴らが何の部活に入り、拙者がどうやって自然な流れでそれに参戦するか。
「土愚さん! 陸上部入ろう!! 走るの楽しいよ!」
「は、走るの……わふ、わふわふっ……」
とんとん拍子で話が進んでいる!? 一目も離していないのに!
あの褐色の女は、確か根来雌子。やたら騒がしくて落ち着きがない小動物みたいな、というか子供みたいな奴。
無茶苦茶な勧誘をさっきから繰り返している。一人で走っているのが楽しそう、という印象を持つが、勧誘に余念がないのは協調性なのだろうか。
「わ、私はいるわ! 陸上部に入る!」
「え、じゃ、じゃあ私も入るよ、陸上部!」
「はい二名様ご案内~!」
とんとん拍子で話が進んでいる! 西木戸まで陸上部とは!
陸上部……ってなんだろう。走るだけ、走るだけ?
共に入部するか、入部しないか、悩む時間さえ惜しい。
「あの、根来……」
「野比さん! 陸上部入ろう!」
「あ、はい……」
根来さんは手あたり次第に勧誘しているようで、次が拙者の番だった。
結果オーライではあるが、出鼻をくじかれたようでなんだか居心地が悪い。
後ろで影山が馬鹿笑いしているのがますます居心地が悪い。
見てろよバカゲヤマ、日頃のトレーニングに加えて運動部に入ることでお前を超えてやる。
……まあ、高校生の部活程度、大したことはないかもしれないが。
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「あ、私はやっぱりマネージャーでいいよ」
と西木戸が言う中、拙者と犬犬と根来が走る位置についていた。
本来、陸上部はハードルや高跳びや遠投などもあるのだが、犬犬と根来が短距離走をするのに拙者だけ別を選ぶわけにもいくまい。
実力を測る、とかなんとかということで入部前に走ることになったのだ。ユニフォームも借りたが、なかなか風通しが良くて気持ちがいい。
「位置について、よーい」
きちんと準備されているのも、新入部員に優しくていい。
にしても、犬犬。
位置についてよーい、と言われているのに四つん這いになっているのは、ルール的に……。
乾いた銃声が響くと同時に、拙者は駆け出した。
多少は手を抜いているが、学生相手なら相手になるまい。
そう思っていたが、現実は予想を超えて二つの影が拙者の前に飛び出た。
犬犬はよしとして、根来にまで、簡単に追い抜かれている。そして、二人は目の前でデッドヒートを繰り広げている。
完全な獣走法で早い犬犬も凄まじいが、根来は見るからにフォームが整っていない。
なのに、筋肉はよく伸びている。腕と足も気持ちよさそうに振っている。
何より、顔の端から笑顔が見て取れる。
走るのが好きなんだ。がむしゃらに、とにかく走るのが。
負けて、たまるか。
心の臓がひとたび大きな音を鳴らすと、足が軽くなった気がした。体中のバネが伸びやかな軌跡を描きながらただ全身を前に運んでいく。
二つの影を追い抜かし、拙者は完全に風になった。
陸上……たのしい~!
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「土愚さん、悪いけどその走り方じゃ選手になれない」
「アオッ!? そんな……」
「でも、土愚さん、君の才能は本物だ! 選手としてじゃなく、選手を追い立て、共に高め合うマネージャーになってほしい。……こんな都合の良いことを頼むのは申し訳ないと思うけど」
「……ううん、先生。私、マネージャーやります! 私、走るのが好きだから……。それに、西木戸さんと一緒に頑張れるし!」
犬犬がマネージャーに転向する話をよそ目にしながら、陸上部の様子を確認。
規模はそれほど大きくないらしく、遠投ややり投げ、幅跳びのような競技を真剣にしている人は少なそうだ。陸上もどれほど本気なのかはわからない。
……思わず入部する気満々になっていたけれど、これで良かったのかどうか。犬犬を見張れるとは思うが。
「野比さん、陸上部入ってくれて助かったよ~!」
「根来さん。いや、拙者も入ろうか悩んでいたところ。誘ってくれて踏ん切りがついた」
「そう? よかった~! 野比さん見るからに足速そうだから。凄いね! 私より速いんだもん!」
「は、ははは」
ムキになって走ってしまったが、つい本気を出してしまった。それでも犬犬や根来とはほんの一瞬の差。一秒に満たないギリギリの戦いになってしまった。
そして、根来さんはもっとフォームをただせば速くなるだろう。
もっと速くならねば、一般人に負けてしまう。
「次は負けないからね~?」
「拙者の方こそ、簡単には負けない」
こうしてこの日、二人のスプリンターと名マネージャーが誕生するのであった。
この間、影山登が声をかけた女子十二名、全員に悪印象を与えていた。
今回の総括
野比忍と影山登は土愚犬犬を監視するために潜入している忍び。
根来雌子は何よりも走るのが好き。
西木戸葵と土愚犬犬はなかよし。
土愚犬犬は犬顔型の宇宙人。




