キャラエピソード・四月某日の月山光子
四月といえば、担任教師にあだ名をつける季節である。
美空たちの一年一組の担任は月山光子、第一印象は座敷童と呼ばれる非常に小柄で子供のような先生である。
まだ新任で年も生徒に近く、なんでも一生懸命になることから既に生徒からいじられる存在となっていた!
「先生にあだ名ってないよね」
「あぁ。なに、神崎珍しくまともなこと言うじゃん」
美空から端を発した先生のあだ名問題は帰りの会を席巻し、瞬く間にクラス中へと広がっていく。
「ってか先生って名前なんでしたっけ?」
「ツキヤマでしょ? ツキヤマミツコ」
「いやそんな普通の読み方じゃなかった気がする。せんせー、なんだっけ?」
「月山光子、です……」
先生が黒板に漢字を書き、改めてガッサンコウシとカタカナでルビを振る。その仰々しさにわおっと歓声が漏れた。
「マジかっこいいじゃん。ヤバ。憧れる」
「呼びづらくないか? 月山先生、という感じではなさそうだが」
「よっしゃ! みんなで先生のあだ名考えようぜ!」
特別騒がしい影山が叫ぶと同時にクラスも沸く。護道六華などはそれを疎ましそうに見ているが、彼女の取り巻きもやや楽しげなのでキツくは言えない様子だ。
何より、先生が少し乗り気だった。戸惑い半分、嬉しさ半分で困った様子ながら照れてはにかんでいる。
「やっぱガッちゃんじゃね!?」
「……えーと、それは、ペンギン村……」
不服申し立てが素早く来たが、影山一人の意見が通ることはまずなく、次から次へと生徒たちは矢弾のようにあだ名を浴びせる。
「月ちゃん!」
「つーちゃん!」
「つっちゃんとか」
「月は夜行先輩とカブるからやめろ」
ぴしゃり、と美空が言うと押し黙る。その存在感はまだ捨てたものではない。先生は困っている。
「ヤマちゃんとか……?」
「でも山って後についているしねぇ」
「普通言わないよな」
「名前は?」
「みっちゃん」
「みちゃ」
「みちや」
「ミチタニ」
「別の人だよねっ!?」
きゃっきゃ騒ぐ生徒たちの半分以上が面白半分になっていることに気づき、先生がわっと飛び出すも、身長140あるかないかの彼女の威圧は盛り上がった教室に通用しない。
「おいお前ら」
ここで生徒指導の蔵馬秋良の登場である。
生徒は一瞬で凍り付いた。
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「もしまた月山先生を困らせたらお前ら全員私の権限でゴールデンウィークなしだからな」
「だっ、大丈夫だよ秋良ちゃん! 私ちゃんと……」
「あ、こらコウちゃん、ここでは蔵馬先生と……」
月山光子と蔵馬秋良は幼馴染みであった!
パーティ開演、光子は赤面、呼び方が覿面、影山に鉄拳、パーティは十秒と持たず解散となった。
「影山はゴールデンウィークも学校に来て真面目に勉強したいらしいな。他の者は?」
しん、と静まり返った教室を尻目に、廊下から一度だけ鋭い睨みを利かせ、秋良先生は去っていった。
「た、体罰反対……」
「俺たちは蔵馬先生の味方だけどな」
影山登、それは矢面に立つ男。そしてクラスの悪性を引き受ける者の一人であった。
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担任教師のあだ名をまだ決めていない以上、四月が終わることはない。
「フォトンとかどう? 光子だから。イケてない? マジ憧れるんだけど」
「呼びづらいだろう。相変わらず学問に関係ないことばかり覚えて」
「先生、そろそろ帰りたいんですが」
「それは私もなんだけど……でもみんなが決めたいって言うしな〜!」
月山光子、三十分を超える激戦にいまだ照れてはにかんでいる。
「いやもう別にいいっすよ」
「好きに呼んだらいいよね」
「ガッサンもなんか慣れてきたし……」
「え……」
月山光子、二十三歳にして本気の半泣きを見せる。ぐず、と歪む表情に生徒は怒り狂う秋良の姿を予見した。
「いやでも! そもそも先生にはあだ名があるじゃん! コウちゃん先生!」
影山が叫ぶと、教室から自然とコウちゃんコールが始まった。
コウちゃん、コウちゃんという声が響くと徐々に光子の瞳の潤いがキラメキを増していく。これは、悲しみの涙ではない。感動の涙。
教師生活一ヵ月も経たずして、こんなことがあってよいのだろうか。
「コウちゃん」
「こうちゃ」
「紅茶?」
「Black Tea」
「うわぁぁぁんっ!!」
響く悲鳴、逃げだす男性、捕らえる先生、場は沈静。
影山登のゴールデンウィークは一日少ない。
あと、あだ名はコウちゃん先生に決まった。
今回の総括
影山登はクラスで一番うるさい。
月山光子はほぼ子供。
一年一組はかなりノリがいい。




