ドミノ
「サトーくん。君はクビだ」
難しい顔の社長が重々しい口調で言った。
「すみませんどうしても納得出来ないのでもう一度説明してくれますか」
社長はため息をついた。
「いいかね?君が勤務中にトイレに行った。流した水が配管を通った。それと同時に地下鉄が走った。配管の振動と地下鉄の振動が共鳴して地上を歩いていた男の脳に届いた。脳は特定の周波数で揺さぶられ怒りの感情を引き起こした。彼は我が社のビルの壁を蹴った。地面に居た鳩が驚いて空を飛んだ。窓を拭いていた清掃員が目の前に現れた鳩に驚き叫んだ。叫び声に驚いた新入社員が課長にお茶をかけた。つまり状況を整理すると君が課長にお茶をかけたという事になる」
「やっぱり分かりません。その場合クビになるとすれば新入社員の方では」
「いいかね。我々は経済を牽引する一流企業だ。物事の因果関係を分析し、それを利用する事で稼ぎを得ている。新入社員が驚いたから課長にお茶がかかった。そんな事は誰でも言えるのだ。我々は違う。一見関係のない出来事を分析して結び付きを見つける。そうする事で後の憂いを排除する。今回の件は君が発端なんだから君が責任を取りたまえ」
サトーは社長室を後にしエレベーターを降りた。玄関から外に出た所でサトーの怒りが爆発した。
「チクショー!」
彼は叫びながら足元に落ちていた石を蹴った。その石は街路樹に当たった。枯れ葉が落ちてオジサンの頭に落ちた。オジサンは頭を払った。カツラが落ちた。その様子を見ていた高校生が横断歩道の真ん中で腹を抱えて笑った。信号が赤に変わった。猛スピードで走ってきたトラックが高校生を避けてサトーの方にすっ飛んできた。
気が付けばサトーは白いもやがかかった妙な空間にいた。エコーのかかった声があたりに響いた。
「こんにちは、異世界の勇者。貴方は死んでしまいました。しかしこの私が新たな命を授けましょう。もし貴方が魔王を討伐したその時は──」
「オギャア」
生まれ変わったサトーが産声を上げた。その声に部屋中で喜びの声が上がった。その音を数キロ先から狼が聞き付けた。狼は思わず遠吠えをした。遠吠えが遠吠えの連鎖を呼んだ。狼の狂騒に熊が怯えて逃げ出した。熊は村に降りた。村一番の力持ちが熊を追い払おうと石を持ち上げ地面に投げつけた。地面が揺れた。その揺れが地中奥深くに潜む深淵の魔物を目覚めさせた。深淵の魔物はまどろんで触手を伸ばした。触手の先端が海底を突き抜けマーメイドの領域を汚した。汚されたマーメイドは自らをサイレーンと名乗りマーメイドに宣戦布告した。マーメイドとサイレーンは歌を歌いながら争い始めた。その歌が船に乗り凱旋していた王に届いた。王は狂って剣を振り回した。月明かりに剣が照らされピカピカと光った。光る剣先が更に深海に潜むクラーケンを目覚めさせた。クラーケンは光に誘われその巨体を浮上させた。その道すがら大岩にぶつかった。大岩には古のタイタンが封印されていた。タイタンは海から立ち上がり天に向かって吠えた。空に浮かぶ古代文明の島がタイタンに反応してレーザーを放った。タイタン消滅。クラーケン消滅。レーザーの光を見た『世界の摂理を守る者』が古代文明の島に飛びぐちゃぐちゃに荒らした。その弾みでカプセルのスイッチが入った。カプセルの中で眠っていた古代文明人は飛行機で逃げ出した。飛行機は魔王の城に落ちた。魔王は死んだ。
「オギャアアアアアあれ?」
サトーは辺りをキョロキョロと見渡した。空間には白いもやがかかっている。エコーのかかった声がさっきと同じ調子で響いた。
「お見事ですサトー。貴方は生後30分で魔王を倒し世界を救いました」
「僕は何もしてないんだけど」
「とはいえ、貴方の行いが魔王討伐の発端ですからね。これからどうします?元の世界に戻るか、この世界で新しい人生を歩むか」
サトーはふにゃふにゃした赤ちゃんの身体で腕を組んだ。
「どちらを選んでもろくでもないことになりそうだ。少し考えさせてくれ」