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ソーシャルウィンドウ  作者: 小林大輔
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開けられたパンドラの箱

三日前だった。唯一使っているソーシャルネットワークに、あの人からの友達追加承認依頼をされたのは。十五年前に同棲をしていた一歳年上の女性で、大学三年の夏の想い出だ。美しさと可愛らしさを兼ね備える彼女を、僕は今でも忘れられないでいる。

 渋谷のセンター街でティシュ配りのアルバイトをしてた時だった。同じ年齢位の女生が声をかけてきた。自分の携帯を無くしてしまい、一瞬、携帯を貸して欲しいとお願いをされたのが初めての出会いだった。一瞬って何分までが許されるんだろうと思いながらも、その神妙な面持ちと、九割の下心から快く携帯を貸す事にした。携帯を渡す瞬間、手が触れて、お互い少し照れ笑いをした。軽く会釈をした彼女は、少し離れた所で電話を掛け始めた。何を話しているのかまでは聞こえない距離だったが、先ほどまでの笑顔は無く、表情は固かった。

 そういえば、あまり人気のない大学の講義で教授がこんな事を言っていた。アインシュタインは相対性理論を説明する際、「熱いストーブの上に一分間手を当ててみて下さい、まるで一時間位に感じられる。では可愛い女の子と一緒に一時間座っているとどうだろう、まるで一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性です」

 とのユニークな言葉を残したというストーリーを思い出した。この場合は、前者でもあり、後者でもある。いつまで使う気だという持ち主として返却を待つ、まるで一時間位に感じられる感覚と、僕の携帯を使って話している彼女をいつまでも見ていたいという永遠に止まってほしい感覚が入り混じっていた。

 彼女の巻き髪と膝まである白いスカートが風に吹かれ、ヒラヒラと揺れていた。そんな横顔をみながら、この後どうなるんだろうと妄想を膨らましていた。

 ジロジロ見ているのもいやらしいと思い、ティシュ配りに集中した。人の波が止んだ時、ふと視線を彼女へ戻すと、そこには、誰もいなかった。先程まで吹いていた風がいつの間にか止んでいた。情けない。男、浦和剛史、二度とスケベな事で理性や判断を誤らない事を誓います。と、心の中で呟いた。彼女が悪い訳じゃない。騙される方が悪いんだ。

 二年続けて極めたこの間合い、相手がティッシュを受け取るしか逃れられないこの距離、感覚は誰にも負けない自信があった。手元のティッシュが減り、それに比例して虚しさは増していった。

「タケシ君」

 誰かに呼ばれて後ろを振り返ると、先程の女性が立っていた。少し雰囲気が変わったが、電話を持ち逃げした女だ。先ほどの強張った表情はなく、少し髪が濡れていた。風呂上がりなのか、巻き髪がストレートになり、それが、品の良いモデルの様な顔立ちを強調した。

「ごめんなさい。あたし、話に気を取られてそのまま家に帰っちゃて、、」

 そう言われると、

「まだ僕にとっては一分間ぐらいにしか感じていないよ」

 そう言って気取ってみせた。

「いや、もぉあれから三時間だよ、、」

 そんなやり取りをした後、顔を見合わせ二人で笑った。やっぱりかわいい。そう思い、その笑顔に照れながら目をそらした。

 そらした目線を彼女に戻し、ファミレスにいかないか誘った。だが、帰ってきた返事は、用事があるから無理なの、とあっさり断られてしまった。こんな時間になんの用事があるんだよと思いながらも、こんな時間に誘った自分に腹が立った。後で、食事に行かないかと誘えば、もしかしたらチャンスはあったかもしれないが、その心境を悟られない様、できる限りの笑顔で別れを告げた。振り返って帰る彼女の後ろ姿を惜しみながら、残ったティッシュを段ボールへと戻した。

 一瞬貸した電話が一瞬で返ってきた。それだけだ。それだけの事だ。

 一通り片付けが終わり、事務所へ余ったティッシュを返却し、簡単に作業日報をつけた。普段は仲間でおしゃべりをして帰るのだが、そんな気分にはなれず、お先に失礼しますと挨拶をして、事務所を後にした。

 軽く立ち漕ぎで自転車を走らせ、家路に向かった。家につくと、帰りにコンビニで買った弁当をレンジへ放り込み、暖め設定をして手を洗っていた。色々考え事をしたせいか、頭痛と睡魔が襲って来た。

 すると、携帯がメールを知らせた。濡れた手をズボンで拭き、ポケットから取り出した携帯の画面を見ると、知らない番号からのメールだった。

 そこにはこの様に書かれていた。

【何か一つタケシ君の願いを叶えてあげる】

 とりあえず、

【誰ですか?】

 と返信をした。

 絶対にあの子だと思っていた。いや、そうであってほしいと願っていた。返信が来るまでの時間が永遠に感じられた。しばらくすると返信がきた。

【先ほどケータイを借りたものです。美夏みなつです。さっきケータイを借りた時に自分の電話を探すのにタケシくんの電話から自分の電話へかけていたので履歴が残っていました。伝え忘れましたが、ユータさんと名乗る方から電話がありました。その時、電話を借りていた事を思い出し、そのお友達からタケシ君の名前をきいて、、それと、、まだバイトの時間だと思うと言っていたので電話を返しに行きました。さっきは嘘をついたけど、化粧もしてなくて恥ずかしいから用事があるからとお誘いを断ってしまい、すみませんでした】

 長いメールを読み終わる頃には、頭痛も睡魔もどこかに飛んでいった様だ。鏡を見なくても自分がニヤニヤしているのが解った。「美夏ちゃんか。可愛い名前だなあ。たぶんミカと間違われる事があるんだろうな。」

 なんと返せば良いのか解らず、電話をかける事にした。

武 「武だけど。こんばんわ」

美夏「あ、、こんばんわ」

武 「お願い一つ聞いてくれるの?」

 しまった、いきなり本題を言ってしまった。そう思って片目をつぶり舌を軽く噛んだ。ハタチの大学生に願いを聞くなんて、正気なのかと思いながら回答を待った。

「迷惑と心配かけちゃったから、出来る範囲でなら」

 と答えてくれたので、信じられなかった。ただ、【その】お願いをするだけではつまらないと思い、同棲がしたいと言ってみた。この困らせる質問に対する返事は、なぜかあっさりオーケーだった。あまりにもあっさりしており逆に不安になった。もしかしたら、何か犯罪に巻き込まれているかもしれないと不安になった。お互い簡単な自己紹介をしていく内に、彼女の優しい話し方が、徐々に不安を払拭した。どちらも地方から上京しており一人暮らしだったので、どちらの家で住むかの議論となり、結局は彼女の家に僕が転がり込む事になった。

「一緒に住むなら、もお化粧なんて関係ないし、今から行っちゃダメなの?」

 すでに夜中の一時をまわっていたが、少しの間を置いて、「アホでしょ」と、言われた後、「もお眠いけど、すぐに来れるならいいよ、寝ちゃってたらゴメンだけどねえ」と、言われた。

 住所を聞いて、直ぐに行きますと言って、電話を切り、出発の準備をした。何も考えずに、中学の頃にバスケ部で使っていた大きめのバックに、適当に洋服を詰め込み家を飛び出した。バックを斜めに肩に掛け、階段を二段飛ばしで降りながら、レンジの中の弁当を思い出したが、どうでもよかった。三大欲求のバランスが均衡を保てず、完全に性欲が全てを支配し、僕は豹の様に俊敏に動けた。階段の下に止めている自転車をターンさせてサドルにまたがった。先程家に到着した時にはぼうっとしており、カギを掛け忘れていた様だが、それが功を奏した。少しでも無駄な時間を省けた。ママチャリとしては世界最速だったであろう。窓を開けてタバコを吸いながら運転している車の中から、こちらを見た運転手が「まじかよ」と、言ったのが聞こえた様な気がした。まわりがやけにゆっくりに感じて、自分以外何も動いていない世界を、ただただ突っ走った。

 ここだ。目的地に到着すると、近くの電柱に自転車を括り付けた。大学生には贅沢なオートロックの高層マンションだった。部屋の番号を押すと、オートロックの鍵が回る音がして少し緊張した。中へ入り、エレベーターで先程聞いていた七回の彼女のフロアへと向かった。エレベーターを降りると、獲物を見つけた肉食獣の様にゆっくりと呼吸を整えながらゆったりと部屋まで歩き、扉の前に到着した。震える指でチャイムを鳴らす。深呼吸をして、ふと目線を下にやると、ズボンのチャックが開いている事に気がついた。戻そうとするが、指が震えて戻せない。

 その時、

「はーい」

 という声と共に扉が開き、その隙間から部屋の中の眩しい光が通路に溢れてきた。

 新しい人生の扉が開いた。

 それから二ヶ月で同棲生活は終わり、僕は自分の家に帰る事となった。

 さらに一ヶ月後に知ったのは、彼女が自殺したという事実。知ったのは偶然だった。たまたま近くを歩いていると、美夏のマンションの入り口には人だかりが出来ていた。何があったのか聞くと、ここで自殺があったみたいと言われた。自然と美夏の事だろうと解った。冷静だった。ここにいると疑われるかもしれないという自己防衛が働き、その場を後にした。そんな自分に嫌気が差した。結局、その後、警察からの連絡はなく、彼女と自分の関係を知る人は殆ど存在せず、いつもと変わらない日常が流れた。

 その彼女からソーシャルネットワークに友達追加承認依頼をされたのが、三日前の出来事だ。

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