04話
「こんばんはなのですよー!」
突如、ピンクの物体が視界いっぱいに飛び込んできた。
ぽふんっ、と私の顔にやわらかい感触がしたかと思うと、その物体は私の顔で跳ね返ってそのままふわふわと宙に浮いている。
「おっとっとっ! いきおいがよすぎましたねっ!」
は?
目の前がピンクになって、やわらかい衝撃が走って、跳ね返って、そのピンクの物体が動いて、しゃべっている。
なにが起きたのか分からなかった。
いや、違う。いまもよく分かってない。
え? なにこれ、うさぎ?
うさぎって空飛べるんだっけ?
「おい、そこのぬいぐるみ」
うさぎが飛ぶ理論について知識をフル回転させている私の向かいで、盛大なため息を吐きながら、ツバサくんはぬいぐるみに話し掛けた。
「ぬいぐるみじゃないですー! まぁちゃんは、まぁちゃんですー!」
ぬいぐるみなので、表情は変わらない。変わらないけれど、まぁちゃんと名乗るこの物体は笑顔だけど怒っている――たぶん。
まぁちゃんと名乗るこの子は、ピンク色したうさぎのぬいぐるみ。
特徴を言うなら、洋服は緑。耳の長さが左右違う。目の配置も左右ずれてる。そしてとにかく笑っている。かなりバカっぽい。
今ある情報はそれくらい? 充分かな。
あ、あとなにか黄色くて丸い物体を握りしめてる。なに、あれ。
「あの、ちょっといいですか」
突然のことが続いて混乱に混乱が重なりまくっているのだけれど、どうにか平静を装って、二人…いや、一人と一匹? に話し掛ける。
「どうした」
「なんですかぁー?」
「あの、ツバサ…くんは何者? そしてこのうさぎのぬいぐるみはなに」
気持ちを精一杯落ち着かせてようやく絞り出した質問は、それだった。
だって、頭が上手く働かない。
この状況でついて行ける人がいたら代わってほしい。お願いだから。
「あなた、まぁちゃん知らないってバカですかー? まぁちゃんは、まぁちゃんですよー?」
――会話になっていない。
私は考えるのを放棄した。
そうだ!
これはきっと、もうこういう生き物なのだろう。
誰の目から見ても、無、な私の表情を見て、まぁちゃんはずずいと顔を近づけてくる。
「いま、まぁちゃんのこと、バカだと思いました? ちなみにまぁちゃんは、バカじゃないですよ、頭が悪いだけですー!」
えっへん! と、まぁちゃんは胸を張った。
いや、誰もそんなこと思ってもないし、よもや聞いてもいないよ…。
そのまま、無の表情で固まり続けている私の周りを、まぁちゃんはふわふわと浮遊している。
「そしてなんと! リンゴたんの、味方なのです!」
急に目の前で止まったかと思ったら、そんなことを言い出した。
ここに効果音を入れるなら『じゃっじゃーん!』とか『ビシィッ!』とかかなぁ。無駄なことを考え始めてしまう。
いやいや、ちょっと待って。それより、味方ってなに?
なにが起こっているの、一体。
「おい、ちょっと黙ってろ」
ガシッと、ツバサくんがまぁちゃんの頭をわしづかみにした。
「あー! やめてくださいー!」
頭を掴まれたまぁちゃんは、自由になる手足をバタバタとして暴れているが、どうにも手足が短い。なんの抵抗にもなっていない。なのでもちろんツバサくんは気にも留めてない様子。
普段からこの子達はこんな感じなのかな、とふと思った。
とりあえず、知り合いなのは間違いないみたい。
「まったく。お願いだから少し黙ってくれないか」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せつつまぁちゃんから手を放したツバサくんは、ため息を吐く。
「まぁちゃんはしゃべりたい時にしゃべるのですよ!ツバサくん」
だけど、ようやくツバサくんの手から抜け出したまぁちゃんは、なにかを特に気にした様子もないようで、えっへん! と威張って見せた。
それを見てツバサくんは盛大に肩を落とす。
まぁちゃんはどうやら、ツバサくんにも制御不能のようだ。
「あ、あの…」
私は、どうにか話の続きをしようとツバサくんに声を掛けた。
「なんだ」
キッと、強い目つきのツバサくんと目が合い、思わずビクッと怖気づいてしまう。
は、話しかけてすみません。
「こぉらっ! ツバサくん。リンゴたんビックリさせちゃ、ダメなのですよっ!」
めっ、と人差し指を立てたまぁちゃんが、ツバサくんに詰め寄った。
そんなつもりはなかったのだろう。まぁちゃんに注意されて驚いた顔をしたツバサくんは、頭を掻きつつため息を吐いた。
「っんだよ、俺が悪いのかよ。それでもいいよ、とにかく本題に入るぞ」
なんと言いますか、見た目は幼児なんだけど、放ってる雰囲気が怖いんです…。