45話
それからツバサくんが帰って来るまでのことは、あんまり覚えていない。
とにかくなにかが空っぽになった気がして、でも心はあったかくて。
なにか、今まで途切れ途切れだったものが、繋がった気がして。
でも、だめだ。悲しくて悲しくて仕方がない。
日が暮れた頃に玄関のドアが開く。
「まぁちゃん?!」
思わず勢いよく振り向いて、違うことに気づいた。
「どうしたリンゴ。電気もつけないで」
私がいると思わなかったツバサくんが、部屋の電気を付け、驚いた顔で近寄ってきた。
「…まぁちゃんが、いなくなっちゃった」
「え?」
ツバサくんは部屋の中をひと通り見回す。
本当にいないことを確認すると、ため息を吐いた。
「あいつ…最後まで勝手な奴だな」
「嫌だよ、私。まぁちゃん、いなくなっちゃ嫌だ…」
もう何時間泣いているのか分からない。
それでも涙は止まらなくて。
「目が腫れてる。こんなになるまで一人で泣くなよ。連絡して来いよ」
そう言うと、ツバサくんは私を抱きしめてくれた。
あったかい。でも、どうしても寂しい。
「ツバサくんは知ってたの? まぁちゃんがいなくなるって」
その質問に、ツバサくんは、難しい顔をする。
「知っていたと言えば知っていたような気もするけど、確信はなかった」
少し間が空いて、ツバサくんが答える。
「どういう…意味?」
「あいつは俺の前にも、突然現れたんだ」
身体を小さくされて、途方に暮れていたツバサくんの前に、あの絵本を持って現れたのだと言う。
「絵本を全部埋めて、リンゴのこと、幸せにしてください、ってな」
「まぁちゃん…」
「最初は神の使いかなにかかと思ってたんだけど、それにしてはなんかどっか抜けててなぁ」
私を抱きしめたままの体勢で、ツバサくんはうなだれる。
なんとなく想像が出来て、私は笑いながらもまた涙が止まらなくなった。
「まぁちゃんは、私が忘れてた想いだったんだって」
まぁちゃんが消えて、私はなにか繋がるものを感じていた。
忘れていたツバサくんとの思い出も、私の中に戻って来た。
「なんとなく、気づいてたような気もしてたな、俺」
私の言葉を聞いて、納得したような、どこかわかっていたような気がする、とツバサくんは苦笑した。
「会話してて、リンゴしか知らないようなこと知ってる割に、それ以外のことはなにも知らない辺り」
確かに。
わかっているような顔をして、まぁちゃんはなにも知らないことが多かった。
なにか聞こうとすると、はぐらかして教えてくれないことが多かった。
それは、教えてくれなかったんじゃなくて、知らなかったんだ。
でもだから、逆に温泉のチケットのことは、知ってたりしたんだ。
「なんだかんだで、憎まれ口叩く割に、俺から離れようとしなかったしなぁ」
少し意地悪な顔をして、ツバサくんが私の顔を覗き込む。
うっ、と私は眉をひそめる。
「だって、好きなんだもん」
私だけじゃない。まぁちゃんも、絶対そうだ。
そう呟くと、ツバサくんは一瞬驚いた顔をして、その後くすくすと笑い始めた。
「確かにあいつだな、リンゴ」
「どういうこと?」
わからない、という顔をする私にツバサくんは優しい笑顔を向ける。
「大丈夫だよ、リンゴ。あいつは消えたりしないし、俺もいる」
もう一度私を抱きしめ直したツバサくんが、ゆっくり頭を撫でてくる。
「幸せになろう」
「うん…」
私の中に、本当にまぁちゃんがいるのなら、私は幸せでいなきゃだ。
まぁちゃんが悲しい気持ちにならないように。
私はツバサくんを抱きしめ返して、静かに目を閉じた。
涙が一筋、頬を伝った。
――後日談。
「お前、それ…」
「いいでしょ、別に」
呆れているツバサくんを後目に、私は作業を続ける。
がんばってやってるんだけど、自分の不器用さに自分であきれてしまう。
「よしっ、できた!」
出来上がったぬいぐるみは少し歪んでしまっていて。
耳も目も大きさも位置もバラバラになってしまった。
仕方ない、だって初めて作ったんだもの。
でも元々、本物もこんな感じだったような気がする。
少しいびつなぬいぐるみ。
「大好きまぁちゃん!!」
「はいはい」
私は出来上がったぬいぐるみを思いっきり抱きしめる。
ツバサくんは、額に手を当てて、ため息を吐いた。
「まぁちゃんも大好きですよー!!」
「「え?!」」
ふと、どこからか聞こえてきた声に、私もツバサくんも目を丸くする。
思わず自分が作ったぬいぐるみに目をやるが、そのぬいぐるみが動くことはない。
「気のせい?」
首を傾げながらツバサくんを見る。
「毎日毎日耳元で騒がれてたから、幻聴が聞こえるようになってしまったか…」
はぁ、と眉間に皺を寄せてツバサくんはため息を吐いた。
「ツバサくん、ダメだよ。また難しい顔してる」
私は立ち上がって、もう見上げないと見えなくなってしまったツバサくんの顔を覗き込む。
「あぁ、悪い。つい、な」
いけないいけない、とツバサくんは優しい笑顔に戻り、立ち上がった私をぬいぐるみごと抱きしめる。
「ちょっ…」
「俺の大事なものだ。俺がようやく手に入れたものだ。必ず、必ず幸せにする」
「もぅ…」
幸せそうに、ツバサくんは抱きしめる手に力を込める。
「ありがとう。ずっと一緒にいる。大好きだよ」
私ははっきりと、ツバサくんにそう伝えた。
動かないはずのぬいぐるみが、微笑んだように見えた。




