03話
「本当にどうしよう、これ」
私は、思わず持って帰って来てしまった先ほどの白い本を手に、ため息を吐いた。
勝手に持って来ちゃった、これじゃ泥棒だよ。
「明日素直に謝るしかないか」
帰り道の途中で本を持っていることに気づいて急いで図書館に戻ったけれど、子どもを迎えに行くと言っていた栗山さんがいる訳はなく。
閉館と同時に帰った館長がいる訳も、もちろんなく。
さらに言うならバイト初日の私が鍵を持っていることもありえない。
二時間ほど図書館の前を行ったり来たりして、これじゃただの不審者だ、と途中で気づいて諦めた。
色んな意味で落ち込んでうなだれた後、ようやく気を取り直して家に帰ろうと歩き出す。
その時だった。
「おい、お前」
後ろから声を掛けられた。
「へ?」
間抜けな声で返事してしまう。
振り返ると、そこにいたのは小さい男の子。
黒髪のミディアムヘア、サラサラの髪。見た感じ5歳児くらいには見えるが、かなりしっかりしている雰囲気が漂っていて、目鼻立ちもはっきりしておりアーモンド型の綺麗な瞳がこちらを見ている。
子役とかでテレビに出ていてもおかしくはない風貌。
着ている服は無地の上下ではあるが、子どもらしい恰好。でも不思議とお洒落に見える。
ただ、どこからどう見ても幼児。
え? もう日が落ちてかなりの時間経ってるよ、大丈夫?
かなりの時間、不審者さながらに図書館の周りを行ったり来たりしていたので、辺りは真っ暗だ。
子どもが外を一人で歩いていい時間はとうに過ぎている。
「キミ、迷子なの?」
咄嗟にそう尋ねていた。
すると、見る見る内に男の子の顔は真っ赤になり、憤慨した様子で足を踏み鳴らした。
「誰が迷子だ! 俺様はこう見えてだな!」
お、れ、さ、ま。
自分のことを王子かなにかとでも思っているのか、若いな。いや、まぁ幼児だしな。
あ、違う違う。なに考えてるんだ、私。こんな子ども相手に。
「こう見えて?」
「あ、いや、いいんだ。そうじゃない。そうじゃないが、迷子はやめろ」
そう言いながら男の子は自分の額に手を当てながら首を横に振る。
なにかミラクル設定でも語りだすのかと思って、内心わくわくしながら尋ねたのに、その続きは教えてくれなかった。
なんだ、つまらない。
が、迷子扱いは気に食わないようだ。私も悪いことしたのかも知れない。
なにより、大人げなかったかな。
「うん、ごめんなさい。それより、私になにかご用?」
子ども扱いされたくない子なのかな、と思いひとまず謝りながら、彼と目線を合わせる為、その場にしゃがみ込む。
目線が合って、アーモンド型の綺麗な目に私の姿が映る。
やっぱり本当に綺麗な男の子だ。
「俺はツバサ。お前その本、開くことができたのか?」
その本、と言いながらツバサと名乗った男の子は、私が手に持っている本を指差した。
「え、あ、これは…」
勝手に持って来てしまった本だとは言えず、思わず体の後ろに隠し、口ごもる。
あまり見られたくない。
「隠す必要はない。それは俺の本だ」
私の行動を見て、ツバサくんはそう言った。
「え…」
驚いた私を見て、ツバサくんは続ける。
私は思わず後ろ手に隠した本を前に持ち直し、彼と本を交互に見比べる。
これ、図書館の本じゃなかったの?
「その本は、誰にも見えない、触れない。お前、名前は?」
見えない? 触れない? どういう意味?
意味が分からない、という顔で私はツバサくんを見つめた。
「おいお前、聞いてるのか? 俺は、ぼーっとした人間は嫌いなんだ」
「えっ、あっ、はい! 林檎です、森野林檎」
「リンゴか。よしリンゴ。俺はこれから、お前と一緒になる」
はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
なんで私がこの見ず知らずの幼児と。
「ちょ、ちょっと待って。ツバサくん・・・だっけ? いったん落ち着こう」
「なにを言ってる、落ち着いてないのはお前だ」
いや、かなり面食らった顔してるのは、確かに私だけれど。
だって、犯罪・・・じゃない?
ん? そこじゃない?
「ちょっと待って。まず私、幼児趣味はな・・・」
「誰が幼児だ」
お前だーーーーーーー!!!!
そう、心の中で叫んだ時。