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34話

 それから。

 あの時のツバサくんが、私の気のせいではなかったことは、すぐにわかった。

 彼の中でなにかが変わり始めていることに、私も気づいた。


 見た目はそのままに、小さいツバサくんと大きいツバサくんが行ったり来たりしている。

 中身の年齢が、ぐちゃぐちゃになっているのだ。


 なにが起こっているのかはわからない。わからないけれど、私にできることがないのもまた、事実だった。

 私はなにもできずにいた。

 また、関わらないように、目を向けないようにしていた。

 気づかないフリをしていた。


 逃げてばかりだ、私。




「ごっはん! ごっはん!」


「今日はハンバーグだよ」


「わーい! ぼく、おねーちゃんのハンバーグ大好き!」


 小さい――精神年齢が幼いツバサくんが私の手をぎゅっと握る。

 日を重ねるごとに、幼いツバサくんが出てくる頻度が増えてきているように感じる。


「まぁちゃんとお話ししたいから、貸してくれる?」


「うん、いいよ、はい!」


 幼いツバサくんは、自分が左腕に抱きしめていたまぁちゃんを、差し出してきた。


 私は、左手にツバサくん、右手にまぁちゃんを握りしめて再び家路を歩く。


「まぁちゃん、聞きたいことがあるんだけれど」


「なんですかぁ?」


 わかってるのかわかってないのか、まぁちゃんは素っ頓狂な声を出す。


「嫌な予感しかしないんだけど。これって…」


 ツバサくんの方に目をやりながら、尋ねる私に、まぁちゃんはなるほど! と手をポンと合わせる。


「リンゴたん、リンゴたんはずっとこのままでいたいと思うですかぁ?」


「え、どういう…」


「リンゴたんに見えているツバサくんは、どっちがホンモノですかぁ?」


 どっちが本物ってどういうこと?

 幼いツバサくんと、大人なツバサくん、どっちかが、嘘のツバサくんなの?


「リンゴたんにとって、都合のいいツバサくんが、リンゴたんの言うツバサくんですかぁ?」


「都合のいい、って…」


 言葉に詰まる。

 まぁちゃんはなにが言いたいの?


「まぁちゃんごめん、なにが言いたいのか分からない」


「今のツバサくんも、まぁちゃんいじめるムキーッなツバサくんも、どっちも本当のツバサくんですよー?」


「それってどういう…」


「ら、り、リ? そう、リセットされるのです!」


 リセット?

 まぁちゃんの説明は支離滅裂で難しいけれど、それどころではない。

 理解しなきゃ、逃げないで、向き合わなきゃ。

 私は直感的にそう思った。


「私の…せいなの?」


「リンゴたんは悪くないですよー? ツバサくんのことは、ツバサくんの問題なのです」


 ツバサくんは、一体なにをしたというの。

 私が高校生の時に出会ったツバサくんが、本当のツバサくんなら、そもそもツバサくんはなぜ幼児の姿になっているの。

 それとも、幼児のツバサくんが本当のツバサくんで、私が昔出会ったツバサくんが幻想なの?

 私は左隣で手を繋いでいるツバサくんを見る。

 楽しそうに鼻歌を歌いながら、にこにこしている。


「――ツバサくん、ハンバーグ、好き?」


「うんっ、好きだよ!」


「まぁちゃんのこと、好き?」


「うんっ、好きだよ!」


「じゃあ、私…のことは?」


「うんっ、好きだよ!」


 思わず立ち止まってしまった。

 これ、は。


「ツバサくん、展望台でのこと、覚えてる?」


「てんぼーだいって?」


 私の質問に、ツバサくんは首を傾げる。

 それを聞いて、すべてを悟った。

 ツバサくんは、私のことどころか、すべてを忘れてしまおうとしている。


 記憶をすべて、リセットしようとしているのだということに。

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