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30話

 それから一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、二人の関係は変わらなかった。

 私は相変わらず下を向いたままだったし、ツバサくんは学校をさぼったまま。距離が縮まることはない。

 二人で放課後に出掛けたことがあったけれど、結局盛り上がらず、すぐに解散することになった。

 それでも、単語に近い文節で区切って話をしていた私が、少しずつ長くしゃべってくれるようになってきたのが、ツバサくんは嬉しかったのだという。

 けれど、そんな日々も長くは続かなかった。



 ある日、なぜいつも下を向いているのか私に尋ねたことがあったのだという。


「私は、なにもしなければ、目だたない、から」


「目立たない?」


「なにも、出来ないから、私。あなたみたいに、頭も良くない。あなたとは、違う」


 ――その瞬間。

 視界が歪むのを、ツバサくんは感じたらしい。

 あぁ、この子もまた、同じなのだと。

 自分が勝手に興味を持って、勝手に好きになっただけで、この子の目に映る自分は、その他大勢からの視線と、なにも変わらないのだと。


「林檎には、僕の気持ちは分からないよ」


 思わず、そう言って、展望台の指定席、私の左隣からツバサくんは立ち上がった。

 私を振り返ることなく、その場を立ち去ったらしい。


「言ってくれなきゃ、分からない、よ」


 ツバサくんのいなくなったベンチに座ったまま、私はぽつりと、つぶやいた。

 けれどその言葉は、ツバサくんには届かない。


 それ以来、展望台でツバサくんに会えることは、一度もなかった。

 本屋で見かけることも、もちろんなかった。

 そこで初めて私は、自分が人の気持ちを考えられないせいで、振られてしまったことに気づいた。





「――それからは、一度もここへ来たことはない。俺にも色々あって」


「…」


 言葉が、返せなかった。


 この話が嘘なのか、本当なのか。

 それすらも私にはわからない。

 ただ、ツバサくんが嘘をついているようには、自然と感じなかった。


「今日はあの時のことを、謝りに来たんだ。リンゴ、ごめん」


 ツバサくんはベンチから立ち上がり私の前に立って、頭を下げる。


「もっとリンゴのこと、考えていたら、リンゴの目線で物事が見れていたら、あんな風にはならなかった」


 なんで、ツバサくんは謝っているのだろう。

 私はいつも自分のことばかりで、一度としてツバサくんの気持ちになって考えていたのだろうか。

 あの時のツバサくんは、どれだけ傷ついていたのだろう。

 私は、自分が傷ついたとばかり思っていたのだと、ツバサくん目線の話を聞いて、そう思った。当時の私に、その自覚はなかったけれど。

 あぁ、やっぱり自分は前に出たら嫌われる人間なのだ。と決めつけることで。殻にこもることで。

 自分が可愛いだけだった。


「リンゴ、今の俺は、昔みたいに大きくない。背も小さい、身体を張ってリンゴを守ることすらできない」


 あの頃のように俯いたまま、目線を合わせない私に、ツバサくんは話を続ける。


「でも」


 そう言って、ツバサくんは私の両頬を小さな手で包み、顔を覗き込む。


「小さいから、リンゴが俯いても、目線が合わせられる」


 目が合ったツバサくんは、泣きそうな顔で笑っていた。

 ツバサくんをどれだけ傷つけたのか、痛いほど分かって、私は眉をひそめる。


 違う、違うんだよ、ツバサくん。

 私は。


「好きだよリンゴ。ずっと前から、ずっと好きだった」


「私、私は…」


 こんなに愛されていたのに、こんなに愛してくれていたのに。

 若い頃、少しだけ、お互いの時間を共有した。たったそれだけのこと。

 ツバサくんは優しい人だ。すべてを自分のせいにしようとしてくれている。

 すべて、自分のせいにしていいと、言ってくれている。


 でも、でも私は。


「ごめん、ツバサくんの気持ちには、答えられない」


 優しくてあたたかい手を掴み、ゆっくりと手を離すと、私は立ち上がる。


「帰ろう。ツバサくん」


 そう言って私は、ツバサくんと目を合わせないまま歩き出す。


 ――私は。

 目の前が真っ暗になる。

 私はその時気づいてしまったのだ。




 あの頃の私は、ツバサくんの顔を一度もまともに見たことがなかったのだということに。

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