29話
「最近あの子、よく来るね」
ふと、店番をしているおじいさんにツバサくんは声を掛けた。
胸の辺りまである髪を二つ結びして、制服は規定通りに着ていた当時の私の姿が、視界に留まったのだという。
「あぁ、あの子な。あの子もお前に似て、本の虫のような子だよ」
ただし、夢物語や空想に限るけどな。そうおじいさんは言ったらしい。
「へぇ」
興味なさそうにツバサくんは答え、書庫の中に本を取りに行く。
昼間に本屋にいると、おじいさんやおばあさんが心配する。
夕方に書庫で適当な本を見繕って、次の日の昼間学校をさぼり、書庫で借りた本を展望台にある丘に寝転がって本を読みふけるのが最近の日課になっていた。
その次の日も、その次の日も、同じことを繰り返しているある日のこと。
いつものように丘で本を読んでいる内に、ツバサくんは寝てしまっていたらしい。
そろそろ本屋に行かないとおじいさん達が心配する。
陽がかなり傾いている、こんなになるまで気づかなかったのか?
と考えたところで、ツバサくんは自分が人の影で寝ていたことに気づいた。
なんとなく、その先を目で追う。
「あの子…」
そこには、私の姿があったのだという。
ベンチに座って、本を読んでいたらしい。
私はとても真剣に本を読んでいて、陽が傾いていることにも気づいていなさそうに見えた。
そんなに彼女を夢中にさせる本ってどんな本なのだろうと、ふとその本が気になって、近づいてみたが、私がツバサくんに気づくことはなかったらしい。
ほんの、出来心だったという。
ベンチの隣、空いていていた私の左隣に、ツバサくんは座った。
「なにを、読んでいるの?」
「――えっ?!」
ツバサくんに話し掛けられて、私はびくっと飛び跳ね、その後恐る恐るツバサくんを見ようとしたが、着ている服から男の子なのが分かり、怖くなって途端に自分の本へと視線を戻す。
「あの、その…」
「高校生が珍しい、童話だね」
どう答えていいかわからずどもっていた私に、本を横から覗き込んだツバサくんは、声を掛けた。
「あ、あの、その、好きで。さっき、近くの、本屋さんで、見つけて」
文節文節で少しずつ、懸命に私は返事をしたのだとツバサくんは笑った。
それが可愛くて。印象的で。
私の第一印象はそんな感じだったらしい。
「知ってるよ。僕もよくあの本屋にいるから。君のことはよく見かけていた」
「そう、なんだ」
それからツバサくんは、丘の上で会う度に私に声を掛けてくるようになった。
だが、いくら話しかけても、何か月経っても、私はツバサくんと目を合わせることもなければ、自分から話しかけてくれることもなかったのだという。
でもなぜか、嫌じゃなくて。むしろ全然なつかない猫を手なずけてるみたいで、楽しかったのだという。
なんだか、失礼な話の気もするけれど。
「本、好きで。家まで、待ちきれ…なくて。この丘で、読んで帰るのが…」
「ねぇ、林檎」
自分の手元を見ながら、好きなものの話をする私は、目が合わなくても楽しそうで。
苦手な話をする時は黙り込んでしまう分かりやすい私を、ツバサくんはどんどん気になってきていたらしい。
ある日、楽しそうに話をする私の言葉をさえぎって、告白をした。
「僕と付き合ってくれない?」
「え…」
驚いたリアクションをした私は、間を空けて考え込む素振りを見せた。
だが、やっぱりだめか、と思った私からの返事は意外なものだった。
「私、あなたと話してるの、好きです。楽しい、です。よろしく、お願いします」
思ってもない返事で、驚いた、と、ツバサくんは笑ったあと、そんな時でも自分と目を合わせてくれない私に、違和感を感じたと、眉間に皺を寄せて苦笑した。




