02話
「森野さん、もうその辺でいいわよ」
栗山さんに声を掛けられて、はっとする。
もう窓の外が暗い。いつの間にこんなに時間が経っていたのだろう。
返却されてきた本を、本棚に戻すことに集中しすぎていた。
「あ、あと少しなので、ここまでやって帰ります」
作業の手は止めず答える私に、子どものお迎えがあるから急いでね、と栗山さんは慌ただしく先に女性ロッカーへと向かってしまった。
図書館の戸締りをするのは、栗山さんの仕事だ。栗山さんが帰るタイミングで、私も館から出なくてはならない。
館長は、閉館した時点ですでにもう帰ってしまったみたい。
閉館したことが分かるよう、時間を過ぎると電気を半分以上消す決まりになっているので、館内は薄暗く、独特の雰囲気を纏っている。
こういう感じは嫌いじゃない、むしろなにか物語が始まりそうで、気持ちいいというか、心地いい。
館内の独特な雰囲気を吸い込むように、いったんゆっくりと深呼吸し、作業を再開する。
順調に作業を進め、あと一冊これで終わり、と本棚に手を掛けたその時。
「あれ、この絵本・・・」
なんだろう、これ。
絵本コーナーの棚に収められていた一冊の本に目が留まる。
背表紙に、なにも書かれていない。
図書館の管理用ラベルも貼られていない。
こんな本、あるんだ。ラベルの付け忘れかな。栗山さんに確認しなくちゃ。
棚からその本を引き出す。
大きさはA5版。絵本ではそんなに多くない大きさ、ハードカバーでよく見るサイズ。
でも気になるのは、そこじゃない。
白い。
表紙も、裏表紙も。
え、なにこれ?
何度も表と裏を見返すが、何度見てもなにも描かれていない。出版元の会社名もなければ、バーコードもない。
自費出版? 中身は?
パラパラと、ページをめくる。
けれど中身もまた、なにも描かれてないみたい。
その時。
『見つけた、ようやく見つけた』
「え?」
どこからともなく声が聞こえて、辺りをきょろきょろと見回す。
誰もいない。気のせい?
栗山さんの声でも、館長の声でもない。他の従業員さん?
「ちょっと、森野さん! まだ終わらないの?!」
首を傾げ、考え込んでいたところを栗山さんから声を掛けられ、はっと我に返る。
「あ、すみません」
「急かしたくないんだけど、子どもが待ってるのよ」
一瞬、口調が荒くなった栗山さんを見て、厳しい人かと思ってしまったが、その後ごめんね、と一言付け加えてくれたのを聞いて、私が思っているより優しい人なのだろうと思った。
年齢を重ねたところで、重度の人見知りは治らない。
初対面の人にきつい物言いをされると、やはりどうしても警戒してしまう。
でも私ももう30歳だ。不意に言われた言葉に、一喜一憂するのはよそう。
「ごめんなさい、もう終わったのですぐに支度しますね」
必死に平静を装いながら、笑顔で栗山さんに返事をする。
ちゃんと笑えているだろうか。
その後バタバタと最後の本を棚に戻して、女性ロッカーへと向かった私は、自分で白い絵本を持って来ていることに気づいていなかった。