24話
私は夢を見ていた。
遠い遠い、昔の夢。
「林檎には、僕の気持ちは分からないよ」
黒い学生服を着た男の子が、私に向かって言っている。
「言ってくれなきゃわからない」
夢の中の私は、そう答えていた。
あぁ、これは高校生の時の私だ。
相手は、初めての彼氏だ。
初めてできた彼氏が嬉しくて、恥ずかしくて、戸惑って。
二人で出掛けても、上手く話すことも出来なくて。
私と一緒にいて、本当に楽しいのかな。困らせたりしていないだろうか。つまらないと思われていないだろうか。
そう思ったら余計に緊張して、固まってしまって。
いつも下を向いていた気がする。そのせいか、夢の中の彼も、私には顔が思い出せない。
彼はどんな顔をしていたっけ。どんな表情で私のことを見ていたんだろう。
そう。
昔から、人の気持ちを考えるのは苦手だった。
考えて先回りするとか、察するとか。
子供の頃からどうしていいかわからなくて、男の子と話すのはおろか、女の子のグループにも上手くなじめずにいた。
でも、嫌われないように、嫌われないように気を遣い続けたおかげか、いじめられた記憶も特にない。
それくらい、上手く隠れていた。
あれ。
じゃあなぜこの男の子は私を見つけたんだっけ。
どうやって出会ったんだっけ。
思い出そうとするけれど、なにも思い出せない。
彼氏のことなのに。それくらい、私はなにも見てなかったの?
「…」
不意に目が覚める。部屋が暗い、まだ夜中なのが分かった。
私の腕の中で、まぁちゃんが寝ている。
また寝ぼけて私の布団に入って来たのかな。
手に包帯が巻いてある。いつの間に手を怪我していたんだろう。
そこまで考えて、あぁ、そうか、と気づいた。
さっき私、思い詰めすぎてやたらと手に力を入れたまま、眠ってしまった記憶がある。
ということは、この処置をしてくれたのは、ツバサくんか。
まぁちゃんは寝ぼけて入って来たんじゃなくて、まぁちゃんなりに心配してくれたのかな。
「ありがとう、まぁちゃん」
小さくお礼を言って、水を飲もうと起き上がる。
「…起きたのか」
急に声を掛けられて、思わずビクッと反応する。
「ツバサくん」
振り返ると、そこにいたのはお風呂上がりのツバサくんだった。
いつもツバサくんがお風呂に入るのは寝る前だ。
ということは、そんなに長い時間寝ていたのではないんだろうな。
「ごめんなさい、私…」
また下を向く私。
その前に膝を立てて座り込んだツバサくんは、右手で私の頬に触れながら、顔を覗き込む。
綺麗な顔が視界に入って来た。
「リンゴ、手は痛くないか?」
「痛く…ない」
本当は少し痛むけど、自業自得だし。
「そっか。痛いなら、俺が風呂に入れてやるかと思ったんだけど」
「ちょっ!!」
「幼児相手に、なにテレてんだ? 俺は幼児だろ?」
ニヤリといたずらっぽく笑うツバサくんを、睨む。
中身絶対幼児じゃないじゃん!!
「中身おっさんのくせに」
「おいこら、俺はお前より若・・・あ」
しまった、という顔でツバサくんは口を押さえた。
怒っていたはずの私も、思わず目を丸くする。
「え、そうなの?」
「まぁ、幼児だしな」
そんなんじゃごまかしきれてないよ、ツバサくん・・・。
でもそっか、年下なんだ。
いくつくらい下なんだろう。
そんなに下って訳でもない気がする。
だって、頭良すぎるし。
これでめちゃくちゃ年下とかだったら、悔しすぎるんですけど。
「ツバサくん」
「ん?」
名前を呼ぶと、ちゃんと返事をしてくれる。
目を合わせてくれる。
それだけで、嬉しい。
「今日は隣で寝てくれる?」
目を見たまま言うのは恥ずかしくて、俯き加減に服の裾を掴むと、ツバサくんは小さくため息を吐いて、私の前髪を撫でた。
「汗、かいてる。嫌な夢でも見たか」
やっぱり、伝わるんだ。
ツバサくんは、不思議。
小さくうなずくと、頭をポンポンとして、自分の布団を取りに席を立った。
そんなに引きずる夢って訳でもなかったけど、なんとなく、傍にいてほしいと思った。
それから私達は、手を繋いで布団に入る。
私は手を繋いだまま、ツバサくんの腕に巻きつくように抱きついて眠りに落ちる。
ツバサくんの体温は心地がよくて、すぐに眠気が襲ってくる。
今度は絶対嫌な夢を見ずに済むと、直感的にそう思い、目を閉じた。




