23話
それからというもの。
旅行から戻ってきても、数日経っても、家でも外でも。
「リンゴ、おいで」
「ん…」
家でごはんを食べた後。
後片付けを終わらせた私がリビングに戻ると、ツバサくんに呼ばれる。
素直に横に座ると、そのまま腕を引き寄せられ、抱きしめられる。
なぜか最近毎日こんな感じだけど、全然慣れない。
なんでこうなっちゃったの、ツバサくん。
「嫌?」
「えっ?! あ、嫌じゃないよ」
私の戸惑う気配を感じたのか、苦笑するツバサくんに私は首を横に振って、ツバサくんの服の袖を掴む。
素直に嬉しい、とは返事できない自分がいた。
この行動の意味が分からなくて。だから、抱きしめ返していいのかも分からなくて。
これが毎回、私にできる精一杯の返答だった。
『林檎には、僕の気持ちは分からないよ』
「えっ…」
「どうした? リンゴ」
不意に頭の中にその言葉が響いて、私は顔を上げる。その拍子に、抱きしめていたツバサくんの腕が解ける。
突然離れた私を見て、ツバサくんは不思議そうに首を傾げる。
私は、この言葉を誰に言われたんだっけ。
なぜ、こんなこと言われたんだっけ。
「リンゴ?」
「やっ…」
心配そうに、私の頭に手を伸ばすツバサくんの手を、反射的に払ってしまった。
「あ、ごめ…」
怯えたように混乱した私を見て、ツバサくんは首を横に振り、手を引っ込めた。
「大丈夫、俺は大丈夫だ」
「あ、私、今日はもう寝るね」
目を泳がせて、ツバサくんの顔をまともに見ることも出来ないまま、私は服も着替えず横になる。
考えないように、逃げるように目を閉じて、どうにか眠ろうとする。
私は今、なにか思い出してはいけないものを思い出してしまった気がする。
必死で目を閉じたけれど、頭の中に浮かんだそれは、簡単には消えてくれなくて、身体に力が入る。
考えないようにするけれど、先ほどの言葉が、何度も何度も脳内を反芻する。
ようやく私が眠りについた頃、近づいてきたツバサくんが私の手のひらに消毒液を塗っていた。
自分の拳を力強く握りしめていたらしく、私の手には血がにじんでいる。
「リンゴちゃんは突然、どうしちゃったでしょーねー?」
「わからない…」
ツバサくんの後ろから私の怪我した手を覗き込んでいたまぁちゃんは、そですかー、と言うとまた室内をくるくる飛び回り始めた。
処置が終わった私の手を優しく撫でながら、ツバサくんはまぁちゃんを睨む。
「お前、わかってて言ってんのか?」
「なんのことですー? まぁちゃんは頭悪いのでわかりまてーん」
ぬいぐるみのまぁちゃんから、表情を読み取ることはまず不可能だ。
ツバサくんは静かにため息を吐き、もの思いにふける。
「なんで、こいつはこんなふうになっちゃったんだ?」
「聞きたいことがあるあら、聞けばよいのですよー! 又聞きなんて、ナンセンスでっす!」
「やっぱ知ってんのかよ…」
「まぁちゃんが知っているとは、言ってないのでっす!」
ビシッ! と、手を立てて、ツバサくんに宣言する。
やはり、まぁちゃんと意思の疎通を図るのは、ツバサくんには骨が折れることらしい。
「わかってるよ、直接自分で確かめるよ」
「さいしょから、そーしてればよいのですっ」
まぁちゃんは、寝ている私にぎゅーっと抱きついた。
ふわふわの体が柔らかくて気持ち良かったのか、私は無意識の内にまぁちゃんを抱きしめる。
「まぁちゃんは、リンゴたんの味方ですよー」
「…俺だってそうだよ」
私の胸に顔を押し付けてご機嫌なまぁちゃんを横目に、ツバサくんはやはり深いため息を吐いていた。




