19話
ちゃぽん、と水滴が湯船に落ちる音がする。
「「…」」
二人とも湯船につかったまま、固まっている。
二人、とは私とツバサくん。
なるべく離れて、背中合わせに、お互いがお互いを見えないようにしているが、明らかに気まずい。
なぜこんなことになっているかというと、事の発端は一時間前に遡る。
「――あら、親子なんですの? いいわねぇ、親子水入らず!」
「は、はは。どうも…」
この旅館は、夕飯を囲炉裏のある共有スペースで食べるシステムになっていた。
食事自体はとても美味しいもので、季節の野菜、魚、お肉をバランス良く使用した創作和食料理が並んでいて、さらに地域特産の料理も出てきたり、とても満足できるものだった。
食べきれないくらいの量が出てきて、少し残してしまった。申し訳なかったし、もったいなかった。
夕食へと向かう際、他のお客さんにも旅館の人にも説明が面倒だからという理由で、二人は親子ということにしておこうとツバサくんに提案されて、私達は親子として振る舞っていた。
人見知りが激しく、あまり初対面の人と会話するのは得意ではないのだけれど、さすがに見た目幼児のツバサくんに頼りっぱなしという訳にも行かず、なんとか私はお客さん同士の会話に参加していた。
さっきからずっと張り付いた笑顔のままでいるから、だんだん表情筋が引きつってきた。
普段司書の仕事をしているといっても、カウンターの対応は館長と栗山さんに任せっぱなしで、私は裏方の雑用全般を引き受けているから、人と話すことはほとんどない。
「大丈夫か、リンゴ。そろそろ部屋、戻るか?」
ちょいちょい、と私の服を引っ張ってきたツバサくんは、こっそり私に耳打ちしてきた。
食事自体は終わったのだが、さっきから歓談タイムが始まっており、お酒が入ったお客さん達が、引っ切りなしに話し掛けてくるのだ。
さらにお客さんと旅館の人から地酒を何度も勧められている内に、断りきれず飲めないのに私も少しお酒を飲んでしまった。
心配そうに顔を覗き込むツバサくん。
相変わらず、人のちょっとした変化に気づくのが早い人だなぁ。
「大丈夫だよー。ちょっとふわふわしてるだけ」
「はぁ…。ったく」
お酒が飲めないのもあるけど、たくさんの人と話すのも久しぶり、昼間楽しかったのも手伝って、完全にオーバーヒート。
なんでこんなに体が熱いのかわからない。
にっこり笑い返す私に、ツバサくんはため息を吐いた。
「ねぇねぇママ、僕そろそろお部屋に戻りたい」
周囲の人達に聞こえるような声で、私の袖を引っ張るツバサくんが、普段なら絶対口にしないような言葉を吐く。
「あらあら、もう子どもは寝る時間よね。そうだわ、本当は私達が貸切風呂の時間ですけど、ぜひお先に使ってくださいな」
客の一人、品の良いマダムが私達に声を掛けてきた。
この旅館には、部屋についているお風呂とは別に、夜景の綺麗に見える貸切風呂がある。
宿泊客は、決まった時間で順番に入れるシステムらしい。
部屋についているお風呂も、露天風呂は露天風呂だし、私達は貸切風呂は利用しないつもりでいた。
「いえ、悪いですし大丈夫です。部屋にも露天風呂はありますし」
「お客様同士で、時間を変更なさる分は、旅館側としましては、問題ありませんよ」
やんわりことわろうとしたのだけれど、旅館の奥さんが話に混ざってきてしまった。
「それに今日この時間は、花火大会が開かれているんです。もう少しで打ち上がり始めます。貸切風呂からは綺麗に見えると思います」
「え、だったらなおさら悪いです…」
そう断ろうとした。のだけれど。
「あら、じゃあ尚更お子さんに見せて上げてくださいな。うらやましいわぁ、親子二人旅。私にも息子がいるのだけれど、大きくなってからはめっきり一緒に出掛けてくれなくなってね…」
「え、えーっと…」
「「いいからいいから」」
年上の女性の押しの強さに押し切られ、私とツバサくんは夕飯の会場を後にすることになったのだった。




