01話
「森野林檎です。今日からよろしくお願いします」
翌日。
図書館の朝礼で、私は精一杯の笑顔で挨拶した。
今日からここが、新しい職場だ。第一印象が大事。
「森野さん、これからよろしくね」
そもそもの人数が少ないからか。私を入れても3人しかいない朝礼。パラパラとまばらな拍手が起こる。
誰も私に興味なさそう。いや、いいんだけど。
一人は上司で館長の熊田さん。60歳は過ぎてそうだけど、年齢は不明。白髪交じりの髪の毛は綺麗にオールバックで整えてあり、とても清潔感がある。例えるなら、ハット被ってステッキ持って、アンティーク調の椅子に座って葉巻をふかしていそうな細身の老紳士。
もう一人は先輩の栗山さん。恰幅が良く面倒見の良さそうな風貌で、お母さん感が強い。見た感じ40歳くらい。
「仕事は栗山さんに習ってね。僕はカウンターにいるから、なにかあったら呼んで」
「はい、よろしくお願いします」
そう言い残し、熊田さんはゆったりとカウンターに向かって歩き出す。やはり、雰囲気があってかっこいい。
「森野さん、じゃあさっそくだけどこっちに」
そんな館長とは対照的に、てきぱきと話を進める栗山さんに促され、仕事が始まる。
私が就職したこの市民図書館は、とある田舎で運営されている図書館の分館だ。
本館は別にあって、そっちはとても大きくて機能的な図書館。
本館はセキュリティもしっかりしているし、本の貸し出し方もデジタル化されていて、とても便利なところ。利用者もとても多い。
いまだに図書カードで貸し出し作業をしているこの分館とはかなり違う。
ここはこじんまりとしていて、利用者もまばら。本を借りる場所、というより地元の学生が勉強に利用しているのをよく見かける印象。
ただ、古い施設なだけあり、マニアックな本も置いてあることで本好きの間では有名な図書館。
噂では、絶版になっている本や、他の図書館では見かけない本もかなりおいてあるみたい。
栗山さんに促され、まずは館内の案内に始まり、返却された本の整理、剥げているカバーの修復作業、軽い館内掃除等のルーチンワークをひとつずつ習う。
ざっと聞いただけでも、本屋とはまた業務内容はだいぶ違うみたい。
取り扱う本の種類も全然違うし、まったく別の職業なんだな、とあらためて思った。
業務をこなしながら、本当は興味のあるコーナーに行って、一日中本を読んでいたい…という考えが一瞬頭をよぎったけれど、我慢我慢。
私が好きな本のジャンルは、神話、伝記、ファンタジー、ミステリー・・・
中でも一番好きなのは、絵本や童話だ。
夢がいっぱいで、絵がいっぱいの素敵な未来が詰まっているお話は、次のページをめくる度にわくわくしてしまう。
いつか私にも、魔法が使えるようになったりとか、不思議な生き物が目の前に現れたりとかするのかも、なんて夢を持って、子どもの頃はずっとそんな日が来るのをずっと待ってたんだっけ。
でも、なんて素敵な世界なんだろう、とは今でも思っている。永遠の憧れだ。
そこまで考えて、30歳にもなってなにを考えてるんだ、と我に返った。
あぶないあぶない。さすがに大人としてまずい。
お昼休みか閉館後なら、少し本棚を見せてもらって、借りて帰っても怒られないかな。
あとで栗山さんに聞いてみよう。
頼まれた読書スペースの拭き掃除をこなしながら、私はぼんやりそんなことを考えていた。