14話
その日の夜。
ツバサくんがお風呂に入っている間、食器を洗っていた私にまぁちゃんが突如話し掛けてきた。
「リンゴたん、カバンの中の『アレ』は、ツバサくんにはお話ししないのです?」
「え?」
『アレ』と言われて、数秒考える。
「えっ、なんでまぁちゃん知ってるの?!」
『アレ』とは、夕方栗山さんにもらった温泉宿泊券のことだろう。
「まぁちゃんに知らないことはないのですよー」
得意げに威張っているまぁちゃんを見て、なぜ知っているのかは、聞いても答えてくれなさそうだな、と感じた。
まぁちゃんから理由を聞き出すのをあきらめて、私は少し考え込む。
「誘って、いいのかなって」
「なぜですかぁ?」
まぁちゃんは首を傾げる。
なぜ、と言われると困るのだけれど。
暇さえあれば本を読んでいるツバサくんは、自発的に外出することはない。
私が誘って初めて、渋々着いてきてくれるという感じだ。
なぜかと尋ねるときっと、『俺の役目はリンゴの監視だ』とか言うんだろう。
だからきっと、私が誘えば来てくれるのだろう、と思う。
けれど、それでいいのかな。本当にツバサくんは行きたいのだろうか。
そう思ってしまって。
「ツバサくん、嫌かな…って思って」
そう答えた私に、まぁちゃんは首を傾げた。
「ツバサくんは、まだ嫌だとは言ってませんですよ?」
当たり前のことを、まぁちゃんは返す。
「それは、嫌だと言われてから考えれば良いのです! リンゴたんは、考えすぎだと思いますー!」
私の周りをくるくると飛び回りながら、まぁちゃんは続けた。
「それになんと言っても! ツバサくんなど! 困ってしまえばいいと、まぁちゃんは思うのですっ!」
「いや、それはまた別のお話ね」
まぁちゃん論は、面白いなぁ。思わず吹き出してしまった。
あれぇ? とまぁちゃんはくるくる回っている。
でもそうなのかも、考えすぎなのかもしれない。
最初の頃は気づかなくて。
この生活が一ヶ月くらい過ぎた頃、ふと考えてしまった。
ツバサくんが一緒にいてくれるのは、あくまでもただの義務で、役目で。
仕事だから仕方なくなのではないのかと。
なんのしがらみもなくなってしまったら、この関係は一瞬で終わってしまうのではないのかと。
それでも、さらに月日を重ねていく内に、それでもいいと思いが、生まれ始めて。
義務でも役目でもなんでも、傍にいてくれるのならそれでいい、と。
「あ、あれ…」
気づいたら涙が出ていた。
義務でも役目でもなんでも、なんて詭弁だ。
私は、本当に傍にいてほしいんだ。
でも私は、この気持ちの名前を知らない。
「リンゴたんは、ツバサくんのことが好きなのですねー?」
まぁちゃんが私の顔を覗き込む。
そう言われて、びっくりした。
「そ、そんなことないよ。そんなんじゃないよ」
「だったら、嫌いなのです?」
「えっと、そういうことでもないんだけれど…」
煮え切らない私の返事に、まぁちゃんは首を傾げた。
「ねぇ、リンゴたん?」
私の涙を、やわらかい手で拭きながら、まぁちゃんは言う。




