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10話

 その日の帰り道、私とツバサくんは一緒に家路を歩いていた。


 閉館後も業務が続くから、先に私の家へ帰っていてくださいと、お願いして鍵を渡そうとしたけれど断られ、ツバサくんは私の仕事が終わるまで時間をつぶしてくれていた。

 身体が小さいだけで、図書館で本を読んでいる姿だったり、隣を歩いている際のちょっとした立ち居振る舞いひとつ取っても、やはり子どもには見えない。

 昨日からずっと、不思議な感覚が続いている。

 見た目5歳児の紳士と30歳のいい年した大人が一緒にいる。


 ん?

 良く考えたらこれって、傍から見たら親子なの?

 そう思ったらガッカリしてしまった。

 いや、落ち込むな、自分!

 まだ人生、先は長い!


 小さくガッツポーズをした私を見て、ツバサくんは首を傾げる。


「リンゴ? 聞いてるか?」


「えっ、あ、はい! すみません!」


 全然話を聞いていなかった。

 なんの話をしていたのだろう。

 コホン、と咳払いをしてツバサくんは話を始めた。


「この本はずっと、主を探していた。この絵本の主人公になる人間だ」


 そうしてツバサくんは絵本の最初のページをめくった。

 そこには、綺麗な女の人の絵が描かれていた。

 妖精だろうか。羽が生えている。


「これがリンゴ、お前だ」


「私?!」


 引きの絵で描かれているため、顔を認識することはできないが、綺麗な絵の中に一人、女の人が佇んでいる。

 なんとなく下を向いているこの人は、寂しそうに見えた。

 でも確かに、昨日私が初めて図書館で見つけた時には、たしかに全ページ白紙だった。


「あらためて言う。本はリンゴを選んだ。リンゴは本に選ばれた。だから俺は、お前を幸せにする」


 昨日から何度も繰り返されるその言葉を、私は信じていいのか分からずにいた。

 幸せって、そんな義務感で与えられて、なれるものなのだろうか。

 そもそも、自分自身が、なにをもって幸せと思うのかもよく、わからないのに。


「ツバサくん、聞いてもいい?」


「なんだ?」


「ツバサくんの幸せって、なんなの?」


 ふと思った。

 私を幸せにすると言ったけれど、それで私に縛られているツバサくんは、きっと幸せではないよね。


「ツバサくんは、私が幸せになって、自由の身になったら、幸せになれるの?」


 もしそうだとしたら、それはきっと寂しい。

 そうだとしたら、本当にただの義務なのだ。仕事なのだ。

 そんなことに巻き込むのは、なんて残酷なことなのだろう。

 

 ツバサくんは顎に手を当て、少し考え込むような仕草をした後、首を横に振った。


「少し、違うかもしれない」


 予想とは違う言葉が返ってきて、私は首を傾げる。


「お前と一緒に、幸せってなんなのかを、俺も探しているのかもしれないな」


 その言葉はなんとなく、嘘を言っているようには見えなくて、本音を言っているように見えた。

 だから心配するな、とツバサくんは笑う。


 その笑った顔を見て、私もふとつられて笑ってしまった。

 ツバサくんがきちんと笑うのを見るのは、昨日から考えて初めてで、こっちまで嬉しくなった。


 その時、ツバサくんの持っていた絵本が淡く光る。


「え、それ…」


 私が絵本を指差したことで同じく光る絵本に気づいたツバサくんは、少し驚いた顔をしていた。


「リンゴ、今幸せだったのか?」


「へ?」


 分からない、と首を振る顔をする私に、ツバサくんはため息を吐く。


「無自覚かよ…お前はよく分からない」


 まぁいい、帰るぞ。と言ってツバサくんは顔を背けると、そのまま歩き出してしまった。

 どうやら、説明する気はないみたい。


 幼児の歩幅なんてたかがしれてるけど、私は小走りでツバサくんの後を追いかけた。

 ツバサくんが夕焼けと同じくらい頬を染めていることに、その時の私は気づかずにいた。

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