みんなの顔の島長さん
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「えーっと、まずはミジガ島長だね」
トリトンから渡された巻物型のメモを手に、メルルーサは桟橋の上を歩いていた。
そのメモには、今日配達する人のリストが書かれている。ご丁寧に、上から順番に配達すれば効率がいいというように並べられているらしい。
「トリトン……性格悪いと思ったけど案外いい人なのかも」
さっきの仕事は失敗してしまったが、特に怒ることもなく、それどころかメルルーサのためにこんなものまで用意してくれた。きっと彼女が手紙を仕分けている間に、カウンターで作ってくれていたのだろう。第一印象とは打って変わって実は面倒見のいい人なのかもしれない。
「いや、でもちょっと待って」
メルルーサが立ち止まると、巻物がしゅるりと広がり、その端が桟橋に落ちた。
開かれた巻物には、びっしりと島の者の名前が綴られている。
一人で配るにはちょっとどころではなく大変な量である。
「やっぱり悪魔だあの人……」
メルルーサは真っ青になり、手をわなわなと震えさせた。
しかし、こんなことでへこたれてやるもんかとメモをたたみ、気合を入れ直す。
ゆっくりやっていては日が暮れてしまう。彼女はやや早足で桟橋を駆けていった。
最初の配達先はミジガ島長。
それぞれの島に必ず一人はいる、その島を治める長である。
「ミジガ島長~」
島長が住む建物、島長館は桟橋から島に渡ってすぐ、砂浜に面したところにあった。学校ほどではないが、他の家に比べれば大きい。乾燥させたヤシの葉を被せた三角屋根に木造の壁。正面の扉の前には、巨人サイズの怪しげな面が掲げられていた。
「あ、いた」
ミジガは入り口前の階段に腰掛け、海を眺めていた。
曲がった腰のせいで立ってもメルルーサより小さく、杖を突いてゆっくりとした動き方をするものだからどことなくカメに似た老人だ。髪や眉毛、髭は真っ白な雲のようである。
ふとメルルーサは、どこからかアクリという弦楽器の柔らかな音色が聞こえてくることに気が付いた。どうやら部屋の中で、ミジガのために蓄音機を動かしている人がいるようである。
蓄音機は大陸から運ばれてきた珍しいもので、この辺りではミジガ島長以外に持っている人を知らない。昔からよく彼のもとに通っては、蓄音機が奏でる音色に聴き入っていたことを彼女は思い出した。
「おっとと、お仕事しなきゃ」
今は仕事だ。首を振って一度大陸のことを頭から離し、再度呼びかける。
「ミジガ島長~!」
「むにゃむにゃ……おやおや、ジュメイラさん家のお嬢さんだったかな?」
ミジガが座ったままメルルーサを見上げて訊ねた。
彼女は首を横に振っていつもよりゆっくりな口調で答える。
「違うよ、ジュメイラさんはわたしのお友達のお家。わたしはメルルーサ・オルヴェリ」
「ああ、メルちゃんかえ。大きくなったねぇ」
「えへへ……実は数日前にも会ったんだけど」
ミジガは、そうかそうか、と顎の下に突いた杖をにぎにぎして眉を揺らす。
「それでジュメイラさん」
メルルーサはその場でこけそうになった。
「だからわたしはメルルーサ・オルヴェリだって」
「ああ、メルちゃんかえ。大きくなったねぇ」
「うん、このやり取りたった今やったばかり」
メルルーサは苦笑しつつそう言うと、ミジガは謝りながら何回か頷いた。
「そうか、そうか。それはすまなかったねぇ。それでメルちゃん」
「うん。なぁに?」
「何か用があって来たんじゃないかの?」
「ああそうだった!」
メルルーサは肩掛け鞄の中をがさごそと漁り、手紙を取り出した。
「はいこれ」
ミジガは細くなった目を凝らしてそれを見つめる。
「これは手紙かの」
「うん、わたし新しく郵便局員になったの」
ミジガは髭の中で笑い、二回頷いた。
「そうかそうか、それじゃあよろしく頼むのぉ」
「うん、よろしく! じゃあ次の配達があるから行くね」
メルルーサが手を振ってその場を後にしようとすると、ミジガも手を振り返しながら言う。
「気を付けてなぁ、ジュメイラさん」
「オルヴェリだよ!」