手紙とにらめっこ
6
「最悪……よりによってこんな人と……」
メルルーサは口の中で愚痴りながら、西ネイコ郵便局内でうなだれていた。
彼女のパルトネがトリトンだと分かり、これからの毎日が憂鬱でしかなかったからである。
まだ会って一時間にもならないが、メルルーサははっきり言ってトリトンのことが嫌いだった。
けれども、一通り自己紹介を終えた後、ターポンとイラはまるで逃げるようにして別の島へ手紙を届けに行ってしまった。助け舟はない。自分でこの暗礁を乗り越えるしかないのである。
それに、メルルーサには大陸に行くため、局長になって配達場所を増やすという目標があった。その達成のために、こんなことで仕事を辞めていられない。
「そんなところでサボってないでこっちこい」
トリトンに呼ばれ、メルルーサは強い信念を胸に彼のところへ向かった。
「それじゃあ、これから最初の仕事を教えるぞ。これは舟で他の島へ配達に行く前の訓練だと思え」
トリトンは淡々とした声で言って、テーブルの上に置かれた手紙の小山を指差した。
「まずはそれを配達区域ごとに仕分けろ。全部この近辺の島宛てだから簡単なはずだ。分からないことがあったら何でも訊け。俺はカウンターで仕事してるからな」
「あ、でも待って。わたし配達区域分からないよ」
「そうか、そうだったな」
トリトンはテーブルの引き出しを開け、その中から一枚の紙を取り出した。茶色くて所々崩れかけている。もう何年も使っているようだ。
「配達区域についてはこれを確認しろ」
そう言ってトリトンから紙を手渡された。
破れないように慎重に開いてみると、西ネイコ島の地図が描かれていた。島や桟橋を四分割して色分けしたもののようだが、色あせていて見づらい。
「じゃあ頑張れよ」
メルルーサが地図とにらめっこをしている間に、トリトンはカウンターの方へと行ってしまった。
「やっぱり冷たい人……」
けれども、懸命に取り組めばその態度も変わるかもしれない。ひとまずはこの地図を相手に一人で頑張ってみよう。メルルーサは両拳をぎゅっと握り、口の中で「よし!」と呟いて気合を入れた。
◆◇◆◇◆
二十分後。
「どうだ、どこまで仕分けできた?」
トリトンは細かい事務作業を終え、後ろで作業をするメルルーサに歩み寄る。
しかし、そこにはテーブルの前であたふたとするメルルーサの背中があった。
「メルルーサ?」
「わっびっくりした!」
今度は語気を強めて名を呼ぶと、ひどく驚かれてしまった。どうやら集中しきっていたようである。
「仕分け終わったか?」
「えっと、それが……」
「なんだこれは……?」
トリトンはテーブルの上の惨状を見て唖然とした。
それもそのはず、テーブルの上には、巻貝の甲羅のように手紙が並べられていたからである。芸術的ではあるが、どう見ても効率的ではない。
「まずは全部綺麗に並べようと思って、そしたらこんな有様に……」
「どこに労力を費やしてるんだお前は……」
居心地が悪そうに苦笑するメルルーサと頭を抱えるトリトン。
「あとちょっと待って、すぐに終わらせるから」
彼女が再度真剣な顔で机に向かおうとするが、トリトンは呆れた顔で首を横に振った。
「いやもういい。仕分けは俺がやるから、お前はこの手紙を配達してこい。全部西ネイコ島内の配達だ。今日は配達量少ないし、これくらいはできるだろ?」
「……う、うん、やってみる。やるよ!」
トリトンに手紙の入った肩掛け鞄を差し出され、メルルーサは受け取った。
任された仕事を達成できなかったことを悔やみつつも、次へ切り替えようとする。
その姿勢だけは認めてやらないこともないと思い、トリトンは作業に取り掛かった。
「行ってきまーす!」
メルルーサは自らを鼓舞するようにあえて大きい声を出す。
そして鞄を肩に掛けて、西ネイコ島内の配達に繰り出したのだった。