最悪のパルトネ ☆
5
郵便局の二階は明かりという明かりもなく、頼りといえば小窓から僅かに差し込む日光のみ。
天井も低いし蒸し暑い。その上、木の箱やボロボロの布袋が転がっていて狭苦しくもあった。けれども、掃除が行き届いていないというわけではなく、どの箱も埃はかぶっていない。
先程の青年が掃除をしているのだろうか。几帳面な性格に見えたし恐らくそうだろう。
「あ、いけないいけない! 五分で戻らなきゃなんだ」
メルルーサはできるだけ素早く着替え、コンパクトミラーで自分の恰好を確認してみるなり眉を歪める。
「うわぁ、全然似合ってない……」
紺色のシャツに青い短パン。首には赤いスカーフを巻き、黒い鍔の赤帽子をかぶるという郵便局の制服スタイル。
まだあどけなさの残るメルルーサに、かっちりとした服は似合わなかった。
「デザインはまあまあなんだけどなぁ。いつかこういう服が似合うようになりたいよ」
そんなことを呟きつつメルルーサが階段を下りて戻ると、ちょうど荷物を抱えて出てきた仏頂面の青年が一言呟く。
「似合わないな」
「わざわざ言わなくてもいいじゃん……性格悪すぎ」
「何か言ったか?」
「なにも!」
そこへ二人分の足音が寄ってきた。
「あ、トリー。その子が新しい仲間だね」
青年に比べるとかなり温和な印象の声。
書類棚の後ろから出てきたのは、二十代前半と思われる小太りな男性だった。
その隣には男性と同い年くらいの女性もおり、メルルーサに向かって微笑むと軽く一礼をした。メルルーサもつられるようにして頭を下げる。その女性はふわふわウェーブ髪に垂れ目でおっとりとした雰囲気だったため、メルルーサは優しそうな人だなと思った。
小太りの男性はメルルーサを見るなり記憶の奥底を探るような顔になって言う。
「えっと、確か君はオルヴェリさん家の」
「はい! メルルーサ・オルヴェリです! メルって呼んでください」
「そうそう、メルルーサちゃんだったね。あ、ちょっと待ってね。今舟の掃除をしていたから手を洗ってそっち行くね」
小太りの男性はにこりと目を細めて、女性とともに一度隣の部屋に入る。そしてすぐにメルルーサの前まで戻ってきた。
「やあ、メルちゃん。僕はこの西ネイコ郵便局の所長、ターポン・バイロンベイだよ。よろしくね」
「よろしくです!」
ターポンから差し出された手をメルルーサは握る。ターポンの手は一見ふっくらしていそうだったが、触ってみれば意外にもごつごつした硬い手だった。働き者の証拠である。
メルルーサは次に女性の方と握手をする。彼女の手も皮が硬かったが、女の子らしくすべすべしていた。
「私はターポンのパルトネのイラ・イファティー。分からないことは何でも聞いてね。よろしく~、メルちゃん」
「よろしくです。あ、じゃあさっそく。その、パルトネって何でしたっけ?」
メルルーサの咄嗟の問いに対し、先程の青年が口を挟む。
「そんなことも知らないのか。学校で習う常識だろ」
「むぅ……勉強は苦手なの」
メルルーサはムスッと頬を膨らませた。
「もうトリーったら、新人さんにそんな意地悪なこと言っちゃダメだよ?」
イラはそのように青年を優しく叱ると、メルルーサの質問に答えてくれる。
「えーっとね、どのお仕事に就く人も基本的に二人一組で行動するの。それがパルトネ」
そこへ補足するようにしてターポンが言う。
「いつも二人で一緒になるから、強い信頼関係で結ばれ、もはや家族同然みたいな関係になるんだ」
「へぇ、なんかいいですね。パルトネですか~」
パルトネというものに対する期待が高まるメルルーサ。
しかし、数秒後に彼女は絶望の淵に落とされる。
「じゃあわたしのパルトネって誰なんですか?」
メルルーサの問いにターポンとイラの顔が岩のように固まる。
「あ……」「えっとね……」
何とも答えづらそうだ。
その表情を見れば、さすがのメルルーサでも気付く。
「まさか……?」
引きつった顔でメルルーサが振り向く。
「そのまさかだ」
さっきまで不愛想な表情しか見せなかった青年が意地の悪い笑みを浮かべて自己紹介する。
「ようこそ、西ネイコ郵便局へ。お前のパルトネのトリトン・ラグナだ」
「そんなぁあああああああ」
拒絶の意を込めた少女の叫びが西ネイコ郵便局に響き渡った。