叶えたい夢
3
「だからね、ロゼ。仕事を決める人と直接会って話をしたり、どれだけその仕事に就きたいか文章を書いたりすれば、わたしだって文句は言わないよ。でもね――」
「はいはい、もうそれは何度も聞いたから」
西の海に太陽が沈む頃。海面は燃えるようなオレンジに染まっていた。
島の方からは五回鐘の音が聞こえてくる。もうじき日が暮れることを告げる鐘である。
卒業式を終え学校を後にしたメルルーサとローズアイランドは、島から伸びる木造の桟橋を歩いていた。
桟橋は葉脈のように走り、たくさんの木造ニッパルーフ(ヤシの葉屋根)の建物へと通じている。
西ネイコ島は面積が小さく、およそ三百人の人口すべてが陸地に暮らすことは不可能。そのため、ほとんどの住人が海上の家で生活をしているのである。
「ところでメル、外交人でも貿易商でもないなら何の仕事になったのよ?」
「えっと……あれ、何だっけ?」
「忘れちゃったのね……」
これにはローズアイランドも苦笑。
メルルーサは先生から貰った紙をポケットから取り出した。
四つ折りにされたそれを開き、与えられた仕事の名前を確認する。
「あ、郵便局員だ。確か第三希望に書いたの」
「メルが郵便局? どうして郵便局員にしたのよ?」
メルルーサが手紙を書いたり、送ったりしているところを誰も見たことがない。郵便局とは縁が遠そうな彼女がそれを第三希望に選んだというのが意外だったのだ。
しかし、ローズアイランドの疑問をよそに、メルルーサは別のことを考えていた。
自分がなぜ郵便局という地位や名誉もない職、それも今まであまり触れ合ったこともない職を選んだのか。
その時、メルルーサの脳裏に先程先生が言った言葉が蘇ってきた。
――夢を持ち続ける限り、きっといつかあなたの役に立つ日が来ます
「そうだ、まだ落ち込んでる場合じゃないんだ……!」
「ん? メル?」
急に立ち止まり、紙を見つめたままぼそりと呟くメルルーサの顔をローズアイランドが覗き込んだ。
メルルーサは突然笑顔になり、そのわけを話し始める。
「実は職場見学の時にね、局員の人が言ってたんだ。この仕事は色々な地域の色々な人に手紙を届ける仕事です、って」
それは一年ほど前に行った職場見学の時の話。メルルーサがやけに熱心に郵便局の職員へ質問を投げかけている姿をローズアイランドは思い出した。
メルルーサは局長になればどんな遠くの配達先でも開拓できると期待しているのである。
その期待を裏切らせるようなことになるかもしれないと思いつつもローズアイランドはあえて言う。
「だからって大陸に行けるわけじゃないと思うけど?」
「でもこうも教えてくれた――この辺りの郵便局のトップである局長になれば、新しい配達場所を登録できるかもしれない」
「それでも大陸は難しいんじゃないかしら」
「だけど大陸に近い島への配達ができるかもしれない。そうじゃなくても、大陸とゆかりのある島への配達ができるかもしれないよ。だからわたしはこの仕事にしたんだ」
そんなこと本当にできるか分からない。けれどもメルルーサには根拠もない自信がみなぎっていた。夢を持ち続ければ、きっといつか、と。
本当に彼女ならばそれくらいのことを成し遂げてしまいそうだ。そう思ったローズアイランドは、思わず笑顔になって彼女の頭を撫でた。
「さすがはメル、すごいポジティブね」
「ポジティブなことがわたしの取り柄だもん」
「ふふ、メルのそういうところ好きよ」
「へへへ~、そんなこと言われたら照れちゃうって」
仔猫が甘えるような仕草で目を細め、とろけるような笑みを浮かべるメルルーサ。
ローズアイランドはそんな彼女の背中をぽんと優しく押す。
「なら頑張んなさい。目指すは局長でしょ?」
「うん! もちろん頑張るよ! ロゼも頑張ってね」
「ええ、お互いね!」
二人は互いにエールを送り合うと、さよならの挨拶をして桟橋の分岐で二手に別れた。