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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ドッペルゲンガーを愛した男

 満月の神々しい光が地に降り注ぐ、とある日の夜。

 彼は人通りの少ない地下道で、手にナイフを持ち、息を潜めて獲物を待っていた。

 彼の顔はこの上なく美しい。

 まるで作り込まれたような無駄のない線を描く輪郭、吸い込まれそうな大きくつぶらな瞳。

 風にたゆたう黄金こがねに輝く長い髪。

 その絵画から出てきたような風貌の彼の趣味は殺人である。


 彼は自分の趣味のことを『美の粛清』と呼んでいる。

 自分より醜い者の存在を彼は許すことができないのだ。

 そう、決して許すことができない。


 つい先日も地下道を通った女を殺した。

 すれ違いざまに的確にナイフで心臓を一刺し、断末魔の声を上げようとする女の口を抑えると、さらに首筋を掻き切った。

 彼は屍となった女の顔を覗き込んで嘆く。

 『なんと醜い顔だ。粛清をせねば』と。

 カバンに入れた目の荒い鬼おろしを取り出すと目を見開いて死に絶えた女の顔面にひたっとくっつける。

 力を込め、木にヤスリをかけるように、磨き上げるように女の顔を削っていく。


 その瞬間は彼にとって至福の時だった。

 興奮に次ぐ興奮。

 快楽に次ぐ快楽。

 周囲のことは見えなくなり、ハッと気づいた時には女の頬の肉はなくなり、白く硬い頬骨が姿を覗かせていた。

 反対の頬も同様に手を加えていく。

 彼の手には鮮血とあら粒の肉片が、肌色を隠すようにこびりついている。

 両頬を削り終えると『今宵もいいことをした』と彼は言い、子供が玩具に飽きたように女の屍を予め開けておいた近くのマンホールに突き落とした。


 そして今日こそは自分の美にかなうものはいるのか。

 手にしたナイフを満月の月明かりに照らし、にっとりと笑みを浮かべる。

 

 数分経った時、獲物はゆっくり地下道にむかって歩いてきた。

 その男の顔はまるで作り込まれたような無駄のない線を描く輪郭、吸い込まれそうな大きくつぶらな瞳。

 風にたゆたう黄金こがねに輝く長い髪。

 絵画から出てきたような風貌の男だった。


 彼はその顔を見て絶句する。

 世の中にこんな美しい者がいたのかと。

 そして一瞬で恋に落ちた。

 出会って一秒間ごとに強さを増す彼への思いを止めることができない。

 

 男の前に立つと彼は喉から自然と言葉が出た。

 「好きだ」

 と彼は言った。

 「好きだ」

 と男も言った。


 そこから二人の奇妙な共同生活は始まった。

 しかし幸せは長くは続かなかった。


 彼は男の美しさを語る姿、性格が許せなくなってきたのだ。

 よく見れば自分程ではない顔。そしてひねくれた心。

 『なんと醜い顔と心だ。粛清をせねば』と久しぶりにナイフを手にして男に飛びかかった。

 振り上げたナイフを男の心臓へと容赦なく突き刺す。

 湯のように湧き出る鮮血を気にもせず、刃で心臓をえぐる。

 悲鳴を上げる間もなく口を開けたまま息絶えた男。

 

 彼はナイフを引き抜き、そのまま男の顔へと運ぶ。

 頬に刃を突き立てるとリンゴの皮を剥くように肉を削いでいく。

 やっぱりこれだ。

 久しぶりに至福の時を満喫すると『今宵もいいことをした』と彼は言い、手とナイフについた汚穢おえを落としに洗面所に向かった。


 そこで彼は見る。

 鏡に映る醜い顔を。

 そして刺す。

 自らの胸を。


 男は朦朧とする意識の中で自分の顔に一筋の傷をつけて絶命した。


 数日後、異臭騒ぎを受け立ち入った管理人により二人の死体は発見された。

 現場検証に来た刑事の手には雑誌が握られている。

 刑事は手に持った雑誌を誤って床に落とすと偶然開いたページに興味を抱いた。

 そこにはまるで作り込まれたような無駄のない線を描く輪郭、吸い込まれそうな大きくつぶらな瞳。

 風にたゆたう黄金こがねに輝く長い髪。

 絵画から出てきたような風貌の男が写っていた。


 『自分の人生に美の粛清を。爽やか整形外科』整形外科の広告だった。

 刑事は思った。

 なんと美しい顔だ。

 私も美の粛清をしなければと。

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