勇者
「う、動けない」
男の勇者はただ事実を口にした。
彼の体は震えていない。震えることすら許されていない。脳は働き、呼吸もできるし喋ることもできる。ただし、体は動かない。
「エルシュア、人よけの魔法を使え」
「り、了解しました。マスター、お許しください。先ほどは感情的になってしまいました」
「いい、失敗は誰にでもある。それに部下の失敗ぐらい許容するのが上に立つものとしての態度というものだ」
「寛大な御心に感謝いたします」
エルシュアは冷静になった後、すぐさま人よけの魔法を使い騒ぎに集まってきていた人々を散らした。
言霊でエルシュアの動きを止めていたが、今はもう解いてある。
「さて、君たち。先ほどは失礼なことを言ってくれたな。私は君たち2人と同じ異世界転移者なのだが」
「異世界転移者だと⁉︎たしかに、俺たちのあとにもう一度召喚の儀式が行われたと聞いていたが」
「けど、おかしいじゃない。なんで私たちよりあとに召喚されたやつが、たった一言で私たちの動きを止めることができるのよ」
おうおう、ガキが調子に乗った言葉遣いしやがって。習わなかったのか?敬語ってやつを。さすがの俺も苛立ってしまう。
「貴方達、誰に対しその生意気な言葉を使っているの?」
エルシュアは彼らに対し声を上げる。
素晴らしい部下だ。元の世界での部下を思い出す。あんな社会のゴミなんかより、こんな可愛い少女が部下の方が100倍いいな。
「そうだなエルシュア、君が正しい。お前ら『敬語を使え』」
「は、はい」
女の勇者は無意識的に敬語を使う。
彼女は今、話す時に敬語を使ってしまう。
言霊は本来使い魔などに命令を送るときなどに使うものなのだが、レベル差がありすぎると魔力の込められた言葉が耳から鼓膜にはいり、最終的には脳まで届く。そしてその相手の行動を縛り付ける。
レベルが低いと魔法耐性も低いので、抵抗する手段が無いのだ。魔法で防ぐことは可能だが、言葉というものはどこにでもあるもので、意識で防ごうとするならばほぼ不可能に近い。
レベルの差はそれほどに大きな力の差を生むのだ。
「そう警戒するな。私が君たちを殺そうと思ったら2秒で終わっている。それに、君たちは俺と同じ召喚された者同士だ、情けくらいかけてやる。話は変わるが、君たちは地球というの惑星から来た、日本人だな?」
「な、なぜわかるのですか⁉︎もしかしてあなたも日本人なのですか?」
「いや、、違う。ただ知っていただけだ」
対人戦で大事なのは情報だ。
相手になるべく情報を与えないようにして、逆に自らは相手から情報を引き出す。ゲームではそれがセオリーだった。
だから俺は嘘を言う。味方でないやつにわざわざ真実を話す必要は無い。嘘とは魔法同様に便利なものなのだ。
「あなたは何者なんですか?」
「私は召喚された知名度の低い英雄の端くれだ。漆黒騎士とでも呼んでくれ。君たちの名前を教えてくれるか?」
「お、俺は高木裕也です」
「私は、、、水木那由です」
「わ、わわわわ私はエーミル・ルーデで、です!」
「覚えておこう」
俺はエーミルに近づき、目を見る。
綺麗なエメラルドグリーンの瞳は、漆黒の兜の中身を視ることはできたのだろうか。
「精霊の眼、私が見たことがないスキルだ。ーーよし、片目を貰っても構わないな?」
「な、ななななななな、え、えー⁉︎」
「冗談だ」
エーミルは顔面蒼白になり、動くなと命令されていなかったら崩れ落ちていただろう。
能力探査を使い、勇者たちを視る。
高木裕也のレベルは55、水木那由のレベルは54、エーミルのレベルは48か。たしか召喚されたのは6ヶ月前くらいか。勇者は補正でレベルを上るのが早いにのにもかかわらず、こいつらは6ヶ月何をやっていたのだろうとか。
スキルも大したものはないな。興味があるのは精霊の眼くらいか。攻撃系のスキルもあるようだが、まあ所詮勇者程度のものしかない。
こいつらが「古の神々の神槍」レベルのスキルを持っていたなら手下に置いたのだがな。
まあ頑張って魔王退治でもしてほしい。
「高木裕也くん、特別に君にチャンスをあげよう!」
「ち、チャンス……ですか?」
「ああ、簡単なゲームさ。今から君の拘束を解く、そのあと私に1ダメージでも与えられたら君の勝ちさ。もし勝ったらコレをあげよう」
アイテムボックスから竜神王の剣をとりだす。
伝説級武器であり、攻撃力も最高クラス。使い手を選ばないオールラウンダー。これなら彼でも扱うことができるだろう。それに、こんな派手な剣は俺が持っていてもどうせ使わない。もしも俺に1ダメージでも与えられる力とセンスがあるなら、同じ日本人のよしみで渡しても構わない。
「な、なんですか、、その剣は。とてつもない力を感じる。今俺の使っている剣がオモチャみたいだ」
「欲しいだろ?コレさえあれば魔王にも勝てるかもな。あと特別に君が負けてもデメリットは無しだ。どうだ、やるか?」
「やります、やらせてください」
返答を聞いたあと、彼の拘束を解いた。
急に体が自由になったことに戸惑っていたが、すぐさま高木裕也は戦闘態勢に入った。
剣を抜き構える。異世界にやってきて、そこまで日にちは経っていないが、彼の構えはなかなか様になっていた。
俺は自らに制限をかけた。魔法を使わず、剣も使わない。素手と動体視力のみで戦う。
これは彼を気遣ってのことではない、自らの体の感覚をさらに研ぎ澄ませるためだ。
これはゲームではない。体の感覚がある。技が必ず当たるわけではなく、相手のレベルが低くとも体の動かし方が極められていたら、レベルの差はいくらか縮まる。ならば俺も自らの体の動かし方を極めるべきだ。ステータスや魔法、スキルに頼ったゴリゴリの力押しはモンスターのみに有効だ。敵はプログラムされた動きではない、こちらの動きを見て緻密に次の動きをする。今の相手がその手練れでないことは明らかだが、いくらかマシな訓練になるはずだ。
「いきます!」
大きく踏み込み、高木裕也は剣を振るう。それをスレスレのところで体をずらして避けた。
「雷撃」
高木裕也はそのまま至近距離で中位魔法を放った。バチバチと音を鳴らしながら雷撃は漆黒騎士へと向かった。コンマ数秒で漆黒騎士に当たる。
ーーはずだった。
漆黒騎士は驚異的な動体視力でその雷撃を体をそらし、避けた。
高木裕也は信じられないと驚いたが、すぐさま態勢を立て直すため、後ろへ飛び、距離をとった。
「なるほど、この体の動体視力は素晴らしい。今の魔法の速さレベルなら、スローに見える。言うまでもないが、身体能力も素晴らしい。今の交戦中に彼を125回は殺せた」
漆黒騎士は首を左右に動かし、『ゴキゴキ』と音を鳴らした。まるで、ウォーミングアップが終わったかのように。
「く、くそ!今の攻撃、効かないとは思っていたけどまさか避けられるなんて……」
一方、高木裕也は焦っていた。彼はこのような窮地に立ったことが無かったのだ。焦りに焦って冷静な判断ができていない。だから次の交戦の準備ができずにいた。
「ではこちらからいくぞ」
高木裕也は身構える。どこからきてもいいように。と思っているが思考回路はもうぐちゃぐちゃだった。なんとか焦りを表に出さないようにしているが、もう恐怖が彼の心を支配していた。
瞬きした瞬間、漆黒騎士の姿が消える。
「消え…」
「た」と言おうとした刹那、腹に大きな衝撃を感じた。吹き飛ばされなかったものの、腹を抑え激痛を我慢する。
次は肩に衝撃を受けた。次は足、次は腰。どんどん攻撃のスピードが早まっていく。10秒後には攻撃のインターバルがもうほとんどなくなっていた。永遠と思えるほどの時間、全方向からの衝撃を受け続ける。
防御しようと腕を上げて顔の近くに持ってきても、関係なく顔もダメージを受ける。いや、ダメージとは間違いである。彼はダメージはほとんど受けていない。
実は漆黒騎士はあるアイテムを使っていた。自らの攻撃力を1にするアイテムを。いわゆる呪われた道具だ。これにより、今漆黒騎士の攻撃は衝撃をうけるものの、HPを減らさない。本来なら最初の一撃で体がバラバラに吹き飛んでいた。
「あが、、、、、がが、がががが」
高木裕也の体に痛みだけが続く。しかしHPは減らない。高木裕也は気が遠くなりそうだった。実際はまだ1分も経っていない。
「頑張れ!裕也!」
水木那由が、神に祈るように叫んだ。目には涙がある。
へいへい、あれか?覚醒しちゃうのか?ヒロインの涙ながらの声援で新たな力を手に入れちゃうのか?
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!こんなところで終われるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
高木裕也は、叫びながら立ち上がった。体の周りには黄色いオーラが放たれている。見るからに先ほどとは違う。おそらくステータスが1.5か2倍程度になっている。
一旦、様子を見るために漆黒騎士は距離をとった。
おー、マジで新たな力手に入れちゃったよ。さっすが異世界召喚ものの主人公だな。感心感心。だいたいこのパターンだとこの覚醒した力で敵を倒すんだけどなぁ。まあ、相手が悪い。
「くらえ!!渾身の一撃!」
全身から放たれていたオーラが、剣に集中する。そして、それを振り放った。大きな衝撃波が漆黒騎士を襲う。まるでソニックウェーブだ。
衝撃波は地面を削り、空気を切り裂く。
……いや、遅い。遅すぎるだろその攻撃。マジで当たるわけないだろ。まださっきの剣撃→雷撃のほうがマシだ。まあ俺なら剣撃→雷撃→広範囲遠距離魔法をするな。雷撃を避けられた場合、広範囲遠距離魔法があると見せることによって遠距離での戦闘の選択肢を削ることができる。そのあと剣撃→雷撃→剣撃→雷撃と隙のない攻撃をすれば戦闘の組み立てとしては上出来だ。ようするに、彼は人間との戦闘経験がほとんどないのだろう。
高木裕也の文字通り渾身の一撃を体をそらし避ける。
そしてそのまま高木裕也を蹴り飛ばした。
「ぐはっ」
5メートルぐらい吹き飛ばされたあと、高木裕也は動けずにいた。
……さっきの攻撃のデメリットか。一定時間の硬直ってところか。めちゃくちゃ使いにくい技だな。
ま、ここら辺で終わりにするか。
腕を上げ、指を一本立てる。
「地獄の雷撃」
上位魔法ー地獄の雷撃。俺と相性良い闇属性の魔法で、威力はだいたいこの高木裕也のHPゲージを三回ゼロにする程度。あまりこの魔法は威力は高くない。この魔法の利便性は、デバフをかけることができるところだ。5つあるデバフがランダムでかかる。5つ全部かかる時もあるし、1つもかからない時もある。
まあ今回この魔法は「当てる」つもりはないので、このデバフを見ることはないのだが。
漆黒の雷は、指から放たれ、まるで黒い龍のようにうねうね曲がりながら、高木裕也へと向かった。
高木裕也に当たるかと思われたその雷撃は、スレスレのところで曲がり、地面に落ちた。雷撃は地面を潜り、威力は衰えない。そのままどこまで地中深くに進んでいったのかは、漆黒騎士ですら分からない。
「は、はは……。まいりました」
引きつった笑いをしながら、勇者高木裕也は負けを認めた。