冒険者
警戒するべき存在は今のところ魔王と召喚された2人の英雄だ。ほかに警戒するべき存在はいるのかどうかエルシュアに尋ねる。
「召喚された英雄のほかに強い者はいるか?魔界でもいいし、王国でも、その周辺国でもいい」
この周囲の大地で一番大きい国が王国だ。次にスベルス帝国が大きい。軍事力的には魔界が強く、王国は次に軍事力を所持している。今は魔界vs周辺国という状況なので力の差的に大きくは無いのかもしれない。ーーただ、魔族と人間ではそもそものアドバンテージの大きさが違うのだ。
「伝説上ではありますが、竜王や魔神がそれに匹敵するかもしれませんね。私は見たことないのですが」
「なるほど、ひとまずはその英雄に気をつけておけばいいのだな」
まあ彼らが本当に俺と同じくらい強いかは分からないがな。これはエルシュアの基準での評価であり、まだエルシュアには俺の本気を見せていない。あの程度で俺の全力と思われていたら心外だ。
まあ警戒する必要があるやつらは分かった。次に考えるべきはオレがこれから何をしていくかだ。
俺は別に世界を支配したいわけではないし、貴族になって裕福な暮らしがしたいわけでもない。いや、裕福な暮らしにまったく憧れないわけではないが……。それよりも、この未知の世界を冒険したいという欲望の方が大きかった。
「冒険者のような職業は存在するのか?」
「ええ、基本的にどの国でもある職業です。森などのモンスター退治や、護衛、採取などの様々な仕事があり、ダンジョン調査もしたりします。ここら辺ですと、王国が一番冒険者への待遇がいいですね。やはり魔界の戦力を警戒して冒険者を育てていきたいのでしょう」
「そうか………よし、エルシュア」
「はい、マスター」
「これからの我々は冒険者になるぞ」
「どのような意図があるのですか?」
意図……意図かぁ。ただ単純に俺がやりたいだけなんだよなぁ。魔界と周辺国の戦争とかどうでもいいし、どっちかが一方時に負けそうならそんときは手を貸せばいい。冒険者としてやりたいことは沢山ある。だが漆黒騎士として「ただやりたい」というだけでいいのだろうか。仮にもエルシュアのマスターとなったのだ。ここは威厳のある方が従属もしやすいか。
「まずは王国最強の冒険者の地位を確立する。その後は……そうだな、勢力を拡大する。今は私とお前だけの戦力だ。まあ私1人だけでも十分なのだが、数があった方が何かといいだろう。私は1人しかいない、何かをするにしても人手は必要だ。あと、今我々には身分証明できるものが何もない。冒険者になることで身分を登録できるだろう。勢力を拡大するためにも、冒険者のコミュニティがあったほうがいいし、効率的だとは思わないか?」
「なるほど。素晴らしい判断ですマスター」
「ありがとう。ではさっそく王国の冒険者になりに行くとしよう。場所はわかるか?」
「はい、案内いたします」
「ここは少し王国の首都からは遠い。転移門を使う」
「了解しました」
エルシュアは深々と頭を下げる。
いやぁ、それにしても血の契約の劔の能力はすごいなぁ。ほんとになんの違和感もなく従者になっている。ゲームでは基本モンスター相手に使うものだったからなぁ、この世界の住人に通用するか分からなかったんだよ。もしこのスキルが通用しなかったら、使用回数制限のある激レアアイテムを使わなければならなかった。
「それと、幻術を使っておけよ。魔族だとバレたら面倒だからな」
「了解しました」
あっ!そういえば王城を抜け出してそのままだったな。一応、報告でもしとくか。「見つけた魔族は殺しておいた」ってな。俺が直接行くのは面倒だし、使い魔にでも行かせるか。
「転移門」
王国の首都についたら使い魔を放とう。
そう考えながら、エルシュアと共に黒い空間の歪みの中へ入っていった。
◇◇
「ほお、ここが王国の首都ねぇ」
首都は賑わいに満ちていた。王国騎士や、いかつい鎧を着た冒険者などはもちろん、エルフや獣人などの亜人種などもいる。
俺はてっきり人間ばかりいると思っていたがな。案外種族間の仲は悪く無いのかもな。
「冒険者ギルドはこっちです、マスター」
俺はエルシュアに導かれるまま、冒険者ギルドへと向かう。その途中、中位召喚魔法を発動させ、3メートルくらいの大きさの巨大なコウモリ、デーモンバッドを召喚した。
こんな街中でモンスターを召喚したら大騒ぎになること間違いなしなのだが、今の俺たちはエルシュアの魔法により、気配が消えている。そのため、エルシュア以上に強いやつか、幻術などを見破るのが得意なやつがいない限り気づかれることはない。
「いけ、デーモンバッド」
デーモンバッドは主人の命令を聞き入れ、バサバサと音を立てて飛ぶのではなく、霧となり静かに消えていった。
召喚したデーモンバッドはレベル40だし、そこらへんの騎士や冒険者には負けやしない。エルシュアレベルには勝てないが、無理に強いモンスターを召喚して王城にいるやつらをビビらせるのもアレだろう。
「着きました、この建物が冒険者ギルドです」
「ここが冒険者ギルドか。思ったより大きいな」
目の前にあったのは、木でできた大きな建物だった。入り口は大きく、その上についている看板には大きく『冒険者ギルド』と書かれていた。
「王都の首都の冒険者ギルドが特別大きいんです。同じ王都でも、違う都市の冒険者ギルドはこれほどではないですよ」
「そうなのか。ではさっそく登録しにいくとしようか」
「了解しました」
目の前の大きな扉を勢いよく開けた。扉に付けられていた鈴がチリンチリンと鳴る。
ギルドの中に先ほどまで聞こえていた賑やかでうるさくもある声が消えた。異質な存在がギルドに入り込んだのがわかったのだろうか。
酒を飲み騒いでいた冒険者達も、まるで酔いでも冷めたかのように静まった。
ギルドの中にいた40人ほどの冒険者達は、黒いオーラを纏った漆黒騎士の存在を異質と感じた。
そのままエルシュアを傍らに連れ、カツカツと鎧を鳴らしながら真っ直ぐ歩く。
冒険者達は無意識的に道を開ける。そしてそのまま受付だと思われる窓口に向かった。
今冒険者達の目線は全て漆黒騎士に向けられている。隣にいる美しい少女にも目が行きそうになるのだが、どうしても漆黒騎士から目線をそらせない。
油断すると首が飛ばされるビジョンが見える。
……魔力などは感知されないようにしている。たぶんこの鎧にあるスキル「暗黒のオーラ」が原因なんだろうな。ゲームでは暗黒のオーラはある程度のレベル差があると一定確率で相手を行動不能状態にするスキルだった。それが今はなんかよく分からん不気味なオーラが常に鎧から漏れているみたいな感じだ。レベル差があるやつらはどうやら行動不能にはならないが、ビビって動けなくなるらしい。
相手のレベルが1〜20くらいだと。レベルの差がありすぎて行動不能状態にはならないらしく、王城にいたやつらがプレッシャーを感じなかったのはそれが原因だろう。あそこにレベルが高いやつはエルシュア以外ほとんどいなかった。ここにいる冒険者達は中途半端にレベルがある分、プレッシャーを感じているのだろう。
エルシュアがオーラの効果を受けなかったのは状態異常に少しでも耐性があるからだ。まあさすがは魔人と言ったところか。
でもなぁ、これ鎧のスキルだからなぁ。外すことできないんだよなぁ。警戒されるのは悪くないが、されすぎるのも困る。冒険者になって情報のパイプを広げるのが目的なのに、ここまで警戒されては会話なんてさせてもらえないだろう。
「はぁ、癒しのオーラ」
状態異常を和らげる効果のあるオーラを出す指輪をはめた。これにより、たぶん暗黒のオーラでほかの冒険者がビビることは無いだろう。
なんかキラキラしてる指輪だからはめたくなかったんだよ。くそ………だっせぇな。
まあこれからこの指輪ははめたままにするとしよう、会話すら成り立たないからな。
急にプレッシャーを感じなくなったことから、冒険者たちは「ハァハァ」と息を荒げる。中には足の震えが止まらず崩れ落ちる者もいた。
プレッシャーの無くなった今でも、冒険者達は漆黒騎士から目を離すことはできなかった。
「冒険者になりたいんだが、ここで大丈夫だろうか」
受付にいた女性は、引きつった笑顔を浮かべている。プレッシャーは感じていなくとも、冒険者達の様子を見ればこの漆黒騎士がどれほどヤバいやつなのか長年受付の仕事をしているこの女性は分かっていた。
「だ、大丈夫です。………この紙に必要事項を記入してください。そうすれば登録完了です」
案外簡単だな、冒険者になるのは。
などと思いながら渡されたら紙を見る。
んー、なんか変な感じに日本語に訳されてるな。まあ召喚されたときにこの世界の文字や言語が自動に日本語に訳されるシステムになっているのだろう。問題はない、、、読むのはな。そう、読めるが書けない。文字は自動的にこの世界の文字にはならない。
「エルシュア、代わりに書け」
「了解しました」
エルシュアは、紙を受け取ると、スラスラと必要事項を記入していく。
エルシュアを手下にしておいてよかったな。思った以上に使える。
「マスターの名前と年齢はどうしましょうか」
「そうだな、名前はダーク・ナイト、年齢は25でいい」
「了解しました。………書き終わりました、マスター」
「ご苦労」
しっかり記入された紙を受け取り、エルシュアのものと共にそのまま受付の女性に渡した。
「……はい、大丈夫です。ではあなた方はFランク冒険者から始まります。ランクは討伐したモンスターや達成したクエストの難易度などからポイントが加算され、一定値を超えるとランクが上がっていきます。ランクはF、E、D、C、B、A、S、SSの順に上がっていくので、是非SSランクを目指して頑張ってください。こちらはFランクを示すカードです。クエストを受けるときや、倒したモンスターの報酬を受け取るときなど、様々な時に必要になるので、無くさないようお気をつけください」
「了解した。では私達はいくとしよう。エルシュア」
「…お気をつけて」
エルシュアは無言で俺の後ろをついてくる。
冒険者達は無言のまま、俺は冒険者ギルドを出た。
はぁ、ここはなんか喧嘩ふっかけてくるやつとかいるパターンだと思ったんだけどなぁ。なんだあれ、弱すぎだろ。暗黒のオーラにあてられて動けないとか、マジかよ。暗黒のオーラなんて正直、弱いモンスター避けで便利程度のものでしかなかったんだがな。
「な、なんだったんだあの黒い鎧を着たやつは」
冒険者ギルドの中で、ある冒険者がポツリと冷や汗をかきながら呟いた。
そのあと、まるで少し前の出来事を忘れたいかのように冒険者達は無理矢理喉にに酒を流し込み、騒ぎ始めた。
◇
冒険者ギルドを出た後、拠点となる宿を探すため街を歩くことにした。
街の賑わいはすごいものだった。街並みは中世ヨーロッパのようなもので、今歩いている大きな道にはたくさんの店が並んでいる。まるで市場みたいだ。
並んでいる店に置いてあるものはどれも見たことないものばかりで興味がそそられる。
そんなことを考えながら、これからの冒険者としての活動をエルシュアと相談する。
今、モンスターを召喚するわけでもないので気配を消す魔法はかけていない。よって明らかに冒険者の度を超えた豪華なフルプレートアームを着る漆黒騎士を街の人々は怪奇の目を送る。
いちいち気にするのも馬鹿らしいので、街の人々の目線は無視することにした。
「ここらで1番大きくて、難易度の高いダンジョンはどこにある?」
「そうですね、ここから東に行った先にある『常闇の洞窟』だと思われます。何階層あるかはまだ不明ですが、最近勇者が25階層のボスモンスターを倒したらしいですよ」
「勇者ねぇ……25階層のボスモンスターのレベルはどれくらいだ?」
「50レベルくらいですね」
「低いな……まあ、それ以上の階層のボスモンスターは倒されていないことだから期待しておこう」
この世界のダンジョンは、5階層ごとにボスモンスターがいる。もちろん階層を進むごとに敵は強くなっていき、倒されたボスモンスターは一定期間経つと復活する。ダンジョンは遠い昔に神々が創ったものと言われているが、詳しいことは分かっていないらしい。
もちろんトレジャーボックスもあるので、モンスターの相手をあまりせず、トレジャーボックスだけを求めるトレジャーハンターなんてのもいるらしい。
ダンジョン攻略はゲームでも楽しかったなぁ。漆黒の騎士団を率いて最高難易度のダンジョンを攻略して制覇した時の達成感は素晴らしかった。
最終階層にいた邪神はとても厄介だったが、簡単に倒せるようならなんの面白みもないからな。
邪神の『かけられているバフを全て搔き消す』スキルが発動された時はビビったな。邪神のレベルは300だったか……今となってはいい思い出だな。
過去の思い出を思い出しながら、未知なるダンジョンへの期待を膨らませる。
そしてふと、俺の前に召喚されたと言われている勇者について興味が少し湧いてきた。
「エルシュア、勇者の召喚はスパイとしてメイドをやっている時に見ているんだろう?どんな感じのやつらだった?」
「男女のペアで、両方17歳ぐらいの若さでした。男の方はとても正義感が強そうな感じで、女の方はそんな正義感の強そうな男を制御していましたね。両方異世界の住人だからなのか高い魔法適正や固有スキルを持っていました」
幼馴染と異世界転移かぁぁぁぁぁぁぁぁ。
なんというか王道だなぁ!おい。正義感が強そうね……要するに王の話を簡単に信じてほいほいいいように使われているんだろ。いったいどんなマヌケな顔してるのか一度見てみたいわ。
勇者の王道的異世界転移に嫉妬していたが、すぐにスキル「冷静」が発動され、感情が安定する。
ーーなんで俺はガキなんかに嫉妬していたんだ。
思い返すだけで恥ずかしい。
店を適当に見ながら宿探しをしていると、発動していた索敵魔法に、ほかの者よりも強い反応が引っかかった。こいつら、エルシュアよりは低いレベルだな。
反応は3つあり、こちらに向かって歩いてきている。
ちょっと強い冒険者かな?と思ってスルーすることにする。こちらは無駄に目立つ装備をしているが、無理に絡んでこないだろう。
そして、その3人組とすれ違った。
若い3人だった。男が1人、女が2人。男は剣士で、黒髪の女の方が魔法使い、金髪の女が治癒師か聖職者とか回復系だろう。
若いのに頑張ってるなぁ。
と、ぼーと見ていたら、金髪の女がこちらを振り向いた。
「な、ななななななななんでこんなところに魔族がいるんですか!」
金髪の女がキョドッて騒ぎ始める。
エルシュアは、振り向きその騒ぎ始めた女と、残りの2人を見た。
「マスター、この黒髪の男と女は勇者です」
「……こいつらが。それにしてもお前の幻術は破られたのか?」
「いいえ、破られてはいません。おそらく、眼がいいんでしょう。……どうやら精霊の眼の持ち主のようです」
「よくこいつらが召喚されたとき正体がバレなかったな」
「この女は召喚された場所にはいませんでした、新しい仲間なんでしょう」
精霊の眼、たしか魔眼の一種だったな。精霊の見ている世界を見ることができる眼。そのため幻術が効かず、魔力の流れを見ることができる……か。
勇者達はどうやら慌ててこっちに向かってきた。魔族がいるなんて知れたら大騒ぎになるとでも思ったのか、金髪の女は口を塞がれている。あまり騒ぎになる前に口を塞いだので、パニックにはならなかった。
向かってきた男の方の勇者は……イケメンだった。
そして女の勇者の方は、絶世の美女というわけではないが、可愛い部類に入る。
こんな感じのやつらが主人公の小説を何個か読んだことがあるな。クソつまらなかったけど。
「俺は勇者だ。話を聞かせてもらおうか……魔族!」
男の勇者は、腰にある刀に手を置くと、俺に向かって話し始めた。
金髪の女は「違う!」と言いたそうに口をもごもごしている。あまりの必死さに、女の勇者が金髪の女の口を塞いでいた手を退けた。
「違います!裕也さん!魔族はあの女の方です!」
「なに⁉︎じゃあこの黒い鎧を着た不気味な奴は……」
「……どうやら人間のようです」
ほお、この鎧の中身が視えるのか。本当にいい眼だな。
「じゃあ、この黒い鎧のやつは魔族の手下ってことね…」
女の勇者の方も、手に持っていた杖を構える。
はぁ、武器なんて構えるから結局騒ぎになっているじゃないか。そもそも失礼なやつらだな、主従関係は逆だ。
「マスター、殺していいですか?」
おお、殺気立ってやがるよこいつ。
エルシュアは幾度も重ねた爆破魔法を放とうとしていた。これをここで放つのはマズイ。
エルシュアはどうやら俺の従者になったことで前よりも強くなっているようだ。たしか血の契約の劔の効果に主人の力に応じて従者の力を上げるってあったな。
「はぁ……『動くな』」
ため息をつきながら呟くと、男の勇者も、女の勇者も、金髪の女も、エルシュアも。
ーー動くことはできなくなった。
何かが忙しいほど違うことをやりたくなりますよね。