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GENE6-12.And you don't seem to understand...

予想外の声に心臓を撃ち抜かれた。

なんで。どうして。意味がわからない。

その可愛らしい娘は、既視感のある金髪のおさげ。

小柄な少女に詰め込まれた、大人の彼女の息が止まる。



 シックで暗い青のワンピースを身にまとい、幼女は渋い顔をして、一歩一歩と踏みしめて進む。歩幅が小さく淡々と、黒い靴を鳴らしていた。

 

 そこは永遠と伸びる客室迷路。

 背後を気怠げに着いていくのは、体長が二メートルある黒い犬。

 

 彼は一見メアの保護者のように見えるが、メアには監視役に思えた。誰よりも抜け目はなく、優しくもない人間であることを、誰よりも深くメアは知っていた。


 迷宮はジグザグに屈曲した一本道だった。時折、突き当たりを曲がる。不明瞭な間隔で並ぶごみ箱は黒い金属質である。壁は純白だが薄暗く、掛けられているのは抽象絵画ばかりだった。

 同じ客室番号を三回通過したので、どうやら気づかない間に周回していたことに、メア達は気付いた。


 メアはため息をついて、「このどれかが宝物への扉ってわけね」と1301号室の扉を開ける。無地の壁が広がり、不均一な斑模様のシミが点在していた。ドアの木枠が壁についているだけで、メアは怒りでドアを蹴り上げる。重厚な木製の板は真っ二つに割れてしまった。


 この建築物は「例のあの人(ラン)」が製作に絡んでいる。先程まで談笑していた陽気な彼女は、メア達が途方に暮れていると高笑いしてるに違いない。


「絶対。リサって師匠に似たわよね。師弟揃ってロクでもない。全く! 全くよ! 信じられない! もう疲れたー! レイ、アンタ、代わりに探しといてよ。仮にも犬の姿をしてるなら、探し出せるでしょ? 宝の臭いとかあるでしょう?」


 彼は見てくれは犬である。ただ中身は年を取った壮年の男性で、無理難題に反応すると面倒だと正直思った。足を止めて振り返ったメアを通り越し、その先をペタリペタリと足音をたてて進む。仕方ないと、一度振り返って無関心に返答した。


「ばう」

「はあ!? そんな便利なの持ってるわけないでしょ。それに私はアンタらの荷物持ちじゃないの。持ちたい物しか持たない主義なの――丸くなったわけないでしょ! それにあんたこそ丸くなったでしょ! あんたに一番言われたくないわ!」


 彼等は決して気の合う仲ではない。しかし、唯一の共通点があった。血気盛んなところである。メアは舌打ちをして睨み付け、レイは牙をむき出しにして喉元を鳴らす。


「いいわよねー、可愛い娘達の前で犬のフリするだけの仕事なんて。人間に戻りなさいよ。それじゃあ何を言ってるのか半分くらいしかわかんないのよ」

「……あ?」

「なに? 喋れるじゃない! ねぇ、子犬ちゃん? ほらほら。もっともっとよ。へー、やる? 良いわよ、アンタがやる気なら散歩してあげるわ。芸だって仕込んであげるわよ?」


 両手を後ろに組んだ彼女はお淑やかな外見である。いつでもかかってきなさいと目で威嚇した。殺気が視線に含まれていて、まるで隠す気がなかった。


 メアは手前にあったゴミ箱を蹴り飛ばすと、突き当りまでバウンドして転がっていった。何も入ってなかった空洞の筒は、中で音が反響して、金属音お廊下いっぱいに撒き散らす。


 流し目でその光景を見て、メアの視線は次第に冷めていった。


「……やめとくわ。そんなことしてる場合じゃなかった……」

「がう」

「わかってるわよー。見つけなかったらどんなことになるかわかったもんじゃない! あー! あー!!」


 メアは髪をかき乱して叫び声をあげ、廊下に身を投げ出してゴロゴロと転がり出した。

 レイは剥き出しにしていた牙を収めて、通路の先へと足を進める。振り替えると、一通りヒステリーを終えたメアは、寝っ転がった体勢で天井を注視していた。頭上に虚ろげな照明が輝いていた。


 そのまま口を半開きにして首をかしげたメアは、数秒間の沈黙の後に、唐突に驚きの声をあげた。

 

「ええ、そう! そうよ! 私知ってるわ! 知ってる人知ってた――むふふふっ」

「……?」


 振り返ったレイも小首をかしげる。彼はまだ理解していないようで、それをメアはわき見して、さらに得意げに笑い続けた。

 メアは右手で地面を掴み、片手で逆立ちし一回転して、身体を起こして立ち上がった。

 そして、左の掌に右のこぶしを突っ込んだ。「ええと、どこかな。使うって思ってなかったから、ちょっと待ってなさい」と体内の中をまさぐる。

 十秒ほど自身の収納スペースと格闘し、はっと眉を上げ、見つかった目的の物を勢いよく引っ張り出した。


「ああ。あったあった」


 吐き出したのは骸骨のように痩せこけた男であった。人型の物体を取り出して、乱暴に壁に叩きつける。車に轢き潰された蛙のように床に転げ落ちた。

 彼はこの砦の現在の主、博士と呼ばれる使徒の男である――とメアは認識していた。目を白黒させた彼の止まっていた時間が動き出し、酸素を求めるように息を吸い込む。


「――げほっ!!」

「ねぇねぇ、おじ様。私知りたいことあるの」

「なんだ!? なんだ一体!? このっ!?」

「いいから。いいから話を聞きなさい」


 彼はまだ現状を掴めていない。鼻先まで顔を少女に近付けられて、跳ねるように逃げ出した。異性に慣れていたわけではなく、幼い姿から発せられる気配が尋常なものではなかったからだ。助けを求めるように周囲を見渡した。


「あら? あらあら? あなたの愛玩合成獣(ペット)ならもうないわよ。ねぇ? レイ」


 一目散に駆けだして、骸骨男は首元の黒棺(モルテクス)を握りしめる。彼は己の生命力を注ぎ込むと、手元が輝くけれど何も起きはしなかった。

「なんで! なんでこないんだ!!」と慌てふためく彼の先に、レイは影を回り込ませて、真っ黒な粘液上の膜を展開した。鼠一匹通す隙間はない。自分たちの背後にも同様に張り、直方体の密室が完成した。


「なに? 呼び出してるの? 言ったじゃない。全部。ぜーんぶ食べちゃったの。私じゃないよ、こいつよ、こいつ! あんなゲテモノ私が食べるわけないじゃない」


 黒い犬の体表から蟷螂の鎌が一振り突き出た。床に刃先を突き立てて、ぬめりと人頭が転げ落ちた。「コロスコロス」と骸骨男を瞳だけ動かし鋭利な視線を突きつける。そして、沸騰直前の湯のように、背中から大量の頭が噴き出して、不可思議なシルエットが生み出されていく。


「――ひぃ」


 メアは機密情報を吐かせるまで手を決して出させないでねと、レイに目で指示を送る。行き止まりである黒のカーテンに寄りかかり、尻もちをついて困惑する骸骨男を見て、上唇をぺろりと舐めた。吐き出す声は猫撫声。子供の喉から出していると思うには信じられないほどの甘さである。


「―—ともかくそんなことはどうでもいいの。心底どうでもいいの。本当に、本当にどうでもいいの。聞きたいことは一つだけ。ねぇ、遺物ってどこ? どこにあるの? ねぇ、教えてよ」

「教えるもんか! 教えるわけがない!!」


 メアを囲うように大中小の四角形の結界が現れた。忍び寄る大量の怪物達も立方体に、身体の一部が囚われる。四点で区切られた空間の内側は、白と黒の攪乱記号で乱されて、一秒足らずにその記号の砂嵐は止んでしまう。


 メアは咄嗟に避けたが、右腕は切り取られ、肉片がバラバラとなって飛び散った。レイの身体から生成された怪物達のパレードも、身体が四角形に切り取られ、その内側の肉塊が数センチ幅のサイコロ状にカットされてしまった。


 回避行動の後、メアは腕を庇う素振りも見せずに突進した。

 吐息が掛るまで顔を近づけ、体内に収納していた注射器を左手に取り出して、彼の首筋に毒針を刺すと、堰を切ったように男の瞳がまどろんだ。


「ふがっ!?」


 分断されたメアの肉片は緑色のゲル状となって、切り落とされた彼女の肩口に集まっていった。意志を持った細胞の一つ一つが集結し、白磁器のような白い肌になる、切り刻まれた衣服は元に戻らず、左だけノースリーブのワンピースになってしまった。


「気にしないわ。痛みはそれほど感じないの……大丈夫。話したくなくてもきっと話すわ」


 メアは残忍な笑みを浮かべた。とびっきり甘いスイーツを前にした少女の表情であうる。声に出して笑いそうになって、口を固く結んで我慢する。「そんな焦らないの」と、細い指先で彼の顎を撫でた。


 レイはばうっと吠える。腕組みしながらメアは悩むが、いいから待てと普段の顔に一瞬戻る。


 犬の背中から、そして影から、次々に食べた合成獣(キメラ)達が生み出されていく、レイに形状と精神を取り込まれた怪物達である。みな待ちきれずに歯を擦り付けて足踏みをしていた。身体の一部を切り取られたものも、修復が終わり早く喰わせろと歯ぎしりをした。背筋を凍らせる音が廊下に響き、収まりきらないほどに合成獣(キメラ)達は増殖する。


「食べなくてよかった。本当に。本当に――うふふふっ。あはははっ!」


 メアは遂に耐えきれずに、大声で笑い出してしまった。



******



「なに先走ってるんだ。こいつは子供の頃からこうだ」

「やっぱり……昔からですか? それなら昔からアイゼンさんが悪いです」

「なぜだ」

「なんとなくですよー。でもリルさんの行動の目的って分かりやすいです。アイゼンさんは本当に悪い人ですね」


 意味がわかっていないままに、レイはそうだなと適当に返事をする。


 アイゼンはテッサを見下ろした。気を失ったリルを背負って、当てもないまま彼等は廊下をさまよっている。接敵し、敵に逃げられ、気を失ってしまった。ここまでの失態は彼女にとって珍しい。


「よし。こっちだな」

「アイゼンさん。さっきから疑問なんですけど、出口がわかるんですか?」

「ん? 面白そうな方向は臭いで分かるんだ」

「……なんだかリルさんの悩みがちょっとだけわかった気がします。あれ? アイゼンさんってそういう能力でしたっけ? それとも遺物ですか? その首に下げている黒棺(モルテクス)ですか? アイゼンさんが能力以外を使ってるの見たことないんですけど」

「違う。こう、なんとなくだ」


 本来であるならばリルが突っ込む役であった。しかし彼女の意識は覚醒していない。テッサはまるで獣じゃないかと思うだけにした。


「そんなんじゃ、怒られますよ。便利なものたくさんもらったんでしょ!? 私だってほしいのにー。狡いですよー」

「そうか? お前は強いじゃないか。猫かぶってなくていいんだぞ」

「あははー……かぶってないですよー。そりゃ、ほめてくれるのはうれしいです。強くなりたいとは思ってます」

「それはそうだな。誰だってそうだ」


 曲がり角を曲がると、カウンターのある大きなバーが見えた。屈曲した一本道がようやく途切れ、客室が続く廊下以外の光景が現われる。長方形の光景の先は、薄気味悪い白い壁紙が途切れ、広大なパーティホールが垣間見える。可愛らしい少女の騒ぎ声が、メアの耳元まで届いてきた。


「早すぎよ。早すぎ。ただ言葉攻めしただけじゃない。こんなに早く手に入るなんて達成感も何もないわー! ないわよー!」


 ホールの状況が次第に露わになってきた。骨ばった男が中央で膝立ちになり、愕然として虚ろな目をして、口先が動いているが彼の声は全く聞き取れない。見つめる先には真っ黒な金庫が、あんぐりと口を開けて、横倒しになっている。大人一人が膝を抱えれば入りきりそうなサイズであった。光は差込まず中の様子が見えない。金庫の中から少女の声が聞えて、絶対に収まりきらない大きさの多頭犬が飛び出した。


「ああ、ちょっと待ちなさい! 勝手に出てこないでよ!!」と再度、少女の声。


 大量の犬の頭が骸骨男に食い付いた。

 瞬く間に白衣の残骸が散らばって、見るに堪えない彼の一部がこぼれ落ちる。我先にと落ちた肉片を食べようと、蟻のように怪物達も金庫から飛び出した。テッサは思わず息を呑む。


 山のように積み重なる怪物達をテッサ達は見覚えがある。窓から覗き見た彼らの姿は所々血に塗れ、赤黒く光を反射していた。しかし、今の彼らは全て白黒のモノクロの色合いである。


「あーもう! レイ、アンタも抑えなさいよ。まぁ、用済みだからどうでもいいんだけど」

「――貴方、どこかで?」


 最後に金庫から出たのは金髪の少女である。テッサは思わず問いかけてしまった。


「えっ?」


 離れた距離にいたテッサにもわかるほど、少女の瞳孔が収縮した。声も出ない彼女にテッサは首をかしげて、「こんばんは? 迷子?」と語りかけてみた。どこか見知った、その小さな女の子は無表情のまま数歩後ずさんだ。


「ちょ! ちょっと待って!」


 テッサの声を掻き消すように、黒煙の大爆発がホール一杯に生じた。

 瞬く間にテッサの視界は黒で埋め尽くされてしまった。可愛いらしい子だったのにと残念な気持ちが一瞬沸いたが、すぐに別の強烈な視線に上書きされる。背中を肉厚な舌で舐められたような恐怖の後に、視界の黒が消え去った。


 立ち尽くしていた少女は消えて、代わりに大の男が立っていた。

 それを見て、アイゼンは狂気ともいえる笑い声をあげる。一生分の笑い声を数秒に詰め込んだかのような、歓喜の感情を振りまいた。


「あ、アイゼンさん!?」

「ははっ! あはははははっ!! そうだ!! そうだそうだそうだ!! 待ってたぞ。なぁ、お前もそうなんだろう!? 久しぶりだな!!」


 彼は顔を鷲掴みにして、指の隙間から直視する。肩を打ち振るわせて、息が自然と乱れていく。大男の喜び方は、久しぶりの友人に会えたようだった。遠めに見ても明確にわかるほど口角が上がり、笑い声こそしないが彼も喜びの感情を抑え切れてはいなかった。

 蠢いているモノクロの合成獣達も呼応して、昆虫の鎌や口がギチギチと擦り合わせ、アイゼンの姿を見つけて喜んでいる様である。餌を食べ終わった多頭犬は明確な敵意を向けていた。


「テッサは離れてなさい。巻き込まれるよ!」

「リルさん!? 目が覚めたんですか!!?」

「うん、ちょっと頭痛いけど」

「そんなリルさんこそ離れててください。私だって戦えます」

「そう? そんなに言うならわかったから。勝手にしなさい」


 リルはテッサからアイゼンに視線を移す。対面している怪物は、人の形をしているが、口元からは獣の呻き声が漏れていた。


「あれは。あれはね。見つけてほしくはなかったな……先輩!」

「知ってる。わかってる」

「あーもう!」


 両手に黒剣を形成し、歓喜するアイゼンは返事をするがおそらくは聞こえていない。リルは止めたかった。ただ目にしてしまうともう止めることはできないだろう。パーティ会場での三対多数の対決が開始した。大男が両の手を左右に振ると、部屋いっぱいに待機していた化物の群れが襲い掛かる。黒々した力の奔流が押し迫る。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「怪物少年と化物少女が“幸せ”を探す物語」ncode.syosetu.com/n5369co/

の北澤ゆうり先生(@09sheeP__15WoLf)よりイラストをいただきました。いつも大変有難うございます。おかげさまで執筆速度アップです!!(それでも遅筆ですが。。)


******


どうせなら直接っ! ああ、すいません。無視してください。皆様、お久しぶりです。こんばんは、スーです。

今回説明するのは、ミスター博士(ドク)の能力。


「|憂鬱な切取線〈ジグソー〉」


指定した範囲内の物体を、ばらばらにしてつなぎ合わせる能力です。細密な作業も可能。変態さんな彼の能力です。まあ、うちの子達がそれ以上に変態だったので、まるで意味はなかったですけれど。。

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